第十四話 結界という存在
エルフの神官エギル・スカラソンの視点
ローズウッドの地は特別な場所。
幼い頃から何度も聞かされてきた。
純血のエルフながら人族の国で生まれ育った私には故郷と言う想いは薄い。
なぜなら神以外のものに心を動かされた事が無いからだ。
それでも女神に加護されし最後の楽園と呼ばれるローズウッドには興味があった。
出来れば一度足を運んでみたいものだと思う程には。
特に見事な精霊石を目にしてからは、いっそうそれが強まった。
確かにエルフの秘宝と呼んでも差し支えないほど素晴らしい品だ。
有る日の事、ベルンハルト侯爵が神殿を訪ねてきた。
天秤のオークションに出された精霊石を手に入れたいとのこと。
俗物どもめ。
「実はマルグレーテ様が是非に欲しいと申しておりましてな。なにとぞ神殿のご協力を」
欲望が透けて見えた。言葉は丁寧だが、腹の底に見下した意識が見える。世事には興味が薄いとはいえ、この国が揺れている事くらいは知っている。
おおかた王妃の関心をかって有利に事を進めようと思っているのだろう。
世間では秤の神を祀る神殿がスヴェアに属していると勘違いしている輩が多いが、元々あったのは神殿の方で後からスヴェアが出来たのだ。
だからどんなに国が荒れようと、欲にまみれた人族などのやる事に興味を持つ事は無かった。
もっとも荒れる原因に秤の神がからんでいるとあれば無碍にも出来ないのも事実。
王都の喧騒にこの神殿が巻き込まれるのも面倒な事から、これ幸いとローズウッドに行くことに決めたのだ。
秤の神に感謝しながらの馬車の旅は楽なものだ。
盗賊はおろか魔物に会うことも決して無い。
目的地に近づく直前、何かを圧し抜けた気配を感じた。
退屈な風景に飽き飽きとしていた私は、そこで初めてエルフの領地に足を踏み入れた事に気付いたのだ。
「ん? 炎の結界を張っているのか?」
思わず声を出した私は、ローズウッドを守る結界が炎の属性を持っていることに気が付いた。
これは珍しい。決して不可能で無いが、炎の結界を広範囲に張るのは難しいものだからだ。
それこそ神の力を借りなければ、エルフといえども一人二人で張れる代物では無い。
しかもかなり古い術式の様で興味を引かれた。
術式に触れようとして、古き血がざわめいた。なんだ! これは? 渦巻く思いに肌があわ立つ。とたんに溢れんばかりの感情が流れ込んで来た。
慌てて誰の記憶と感情かは分らないが、術者の込めた思いに敬意を込め黙祷をささげる。
川沿いの曲がりくねった道をゆっくりと進む馬車の窓を開けて、やはりこの地には何かがあるのだろうと思った。
だが、期待は失望に変わった。
ローズウッドの当主に会って力が抜けてしまう。
なんだ唯の子供では無いか。しかも純血でも無い。
値付けの事ですらすぐには決められないと言う始末。
これではわざわざ出向くまでも無い、代理の使者でも立てれば良かったと思ったほどだ。
早々に目的を果たして立ち去ろうと決めたところ、王都まで出向きあらためて答えると言う。
勝手にすれば良い。
「ではヨールの祭事──冬を迎える祝宴──までにご返答を」
これ以上の付き合いは無駄と思い客間に引き上げる事にした。
館は歴史を感じさせる素晴らしい場所で、与えられた客間の一室も重厚な趣を感じさせる。
それに何と言ってもこの石鹸の素晴らしさはなんだろう。
泡立ちは極め細やかで香りはバラ。ふむ、正直に言えば香料は苦手だったのだがこれなら問題は無い。
石鹸はエスタの特産品と聞く、バラン共和国から南の国だったか。
見るべきものも無いと思ったが思わぬ収穫を見つけ、王都に帰ったら誰か大手の商会主でも呼び寄せて手に入れることにしようと決めた。
商会主なら商品名が無くても、バラの香りのする石鹸と言えば分かるだろうと思いながら。




