授かりし者 8
「ただいまぁ~」
ガララと玄関の扉を開けると台所から香ってくるお味噌汁の匂いと今晩のおかずであろう
煮物のほのかな香りが先ほど昼ご飯を食べたばかりの鼻とお腹を刺激する。
「おお、いい匂い!今夜は煮物かな?」
君乃手家では八千代が毎日の食事の支度をするので和食をメインとしたおかずが
多いが、家族にも定評がある味に誰も口出しすることはない。
荷物を廊下に置き、匂いにつられて台所へと向かうと
包丁の軽やかなリズムで刻まれる音と、水が勢いよく流れる音も聞こえてきた。
「ただいまぁ~」
と割烹着姿で料理をしている婆ちゃんの後ろ姿に声をかけると振り返り
「おかえりっ」
と、笑顔で応えてくれた。
秀輔はそのまま冷蔵庫へと手を伸ばし家庭抽出用の麦茶をコップに並々注ぎ一気に飲み干した。
「ぷは~~!くぅ~~、たまんねぇ~!!」
「なんだい、オヤジくさいね。
もうすぐご飯できるけど先にお風呂入ってきたら?今日は暑かったから汗かいたでしょうに。」
「う~ん。ちょっと早いけど、そうしよっかな!
それで今晩のおかずはなにかな?ちょっと味見っと。」
お鍋に入っている煮物を手でつまんで一口食べると、
「こらっ!行儀の悪い!ちゃんと晩御飯まで待ちな!」
「だって、うまそうだったからつい。。」
「あったり前だよ!婆ちゃんの作った料理だ。美味しいに決まってるでしょうが!
それより早くお風呂に入らないと柚子葉が帰ってくるよ?」
「それもそうか。柚子が来るとなにかとうるさいからさっさと入っちまおう。」
廊下に置いたままの荷物を持ち、一旦自室に戻って着替えを持ちながら
浴室へと向かった。
ちょうど、その時玄関の開く音と共に柚子葉の張りのある元気な「ただいまー!」と言う声が家中に
響き渡った。
秀輔はギクリと身じろぎ、おかえりという暇もなく慌てて浴室へと向かった。
ゆっくりと風呂を満喫し髪を乾かしながら居間へと向かうと先ほどとは違う
焼き魚の香ばしい匂いがし、風呂に入ったことで空腹になった秀輔にはたまらない香りだった。
そこでは八千代と柚子葉が晩御飯の盛り付けと食卓へと出来上がった料理を運んでいた。
焼きたての焼き魚や煮物、八千代が漬けた漬物にお味噌汁、白い湯気が立ち上る炊き立てのご飯と麦茶が並び更に食欲を掻きたてる。
「あ~あ、兄ちゃんよりはやくお風呂に入ってご飯食べたかったなぁ。
もう少しはやく帰ってくればなぁ~」
「いい湯だったぜ。柚子。そしてこのタイミングで食べる晩御飯。まさに幸せ!日本人でよかった~
いや!婆ちゃんの孫でよかった~」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないで冷めないうちに食べちゃいな!」
三人そろって席に座り、八千代から
「いただきます」
それに続いて秀輔と柚子葉が
「「いただきます」」
と並んだ。