授かりし者 7
「御馳走様でした。」
空になった透明な器をテーブルに置くと先にお腹がいっぱいになり食べ終えた結が
嬉々として僕に尋ねてきた。
「どう?美味しかった?ねぇ?」
「ん。ん~、まぁ、、美味しかったよ。」
その言葉を聞くや否や、
「やっりぃ!!初めて秀輔から美味しい頂きましたぁ!」
と、満面の笑顔と握りしめた拳を突き出したり、上下したりとガタガタと騒いでいた。
「別にそんなに大袈裟にすることでもないだろ?それに素麺くらいなら
僕でも美味しく作れるよ。」
実際、お昼はとっくに過ぎて一般的な家庭ならもうすぐ夕飯の準備に取り掛かるであろう時間まで
待たされれば大抵のものは美味しく頂ける。
もっとも、それを目の前ではしゃいでいる結に言うほどのことでもないので僕は口にはしなかった。
「わかってないなぁ~、秀輔は。麺を茹でる時間と氷水でしっかり締めることが
素麺の美味しさを更に引き出すコツなのに・・・。
そして麺つゆの濃さも私の黄金比があるからこそ美味しく食べることができたんだよ?」
まるで試行錯誤を繰り返し、幾度と失敗した挙句にたどり着いた至高の一品であるかのように
熱弁する結だが僕は作っているところもしっかり見ていたので真に受けることはなく、
「これ、市販の麺つゆだけど。割合も裏面に書いてあるし。」
「・・っ!いいの!とにかく美味しくできたんだから!あと、、
はいっ!これ!借りてた漫画。ありがと!面白かったよ!」
といい、麺つゆの件を強引に押し切り紙袋に入った漫画を手渡してきた。
「たしかに。
それじゃ、ご飯も食べて漫画も返ってきたことだし僕はそろそろ帰ろうかな。」
「んっ!今日はありがとね。またよろしく!
そうだ!帰り道、山猫に食べられないように気を付けてね~
にしし。」
まるで、小学生がいたずらをして引っ掛かるさまを見届けるような不敵な笑みを浮かべながら
僕に言ってきた。
「山猫?なにそれ?」
「え!?知らないの?学校でその噂でもちきりだったじゃ~ん。
なんでも、夕暮れを過ぎても家に帰らなかった子供を狙って鋭い牙で骨まで食べられちゃうらしいよ~
そして山猫に出会った人は全員戻ってこなかったみたい・・。
うぅ~、コワっ!」
「全員食べられちゃってんなら、なんで目撃情報が出回ってんの?
それに戻ってこなかった子供って誰?この小さな田舎町でそんな行方不明者がでたら
次の日には町全員が知ってるよ。
大方、子供が早く帰ってくるように大人たちが作った噂話でしょ?
そんなの小学生でも信じないよ。」
「それはそうなんだけどね・・。でも実際、山猫を見たって人が後を絶たないの。
大人子供問わずにね・・。
もちろん、見た人は無事に帰ってきてるんだけどひどく怯えてたみたい。」
「鹿か熊とかと見間違えたんじゃない?僕は熊と出会ったほうが山猫より
よっぽど恐ろしいけどね。」
「もちろん、私だって信じてないよ。ただ、ちょっと気になるっていうか・・。
なんとなく嫌な予感がするというか・・。」
先ほどとは打って変わって、おとなしくなった結を見ているとなんだか茶化す気も起きず
僕は真面目に話を聞くことにした。
「・・。分かった。一応、気には留めておくよ。結の予感はよく当たるしね。
それじゃ、また。今日は御馳走様。」
「うん、こっちこそありがと。気を付けてね。
そうだ!家まで送ろうか?」
俯きかけた結が名案とばかりにパッと顔をあげ、ガタガタと椅子を鳴らせながら立ち上がり
真っ直ぐに僕を見つめてきた。
「なんでそうなるんだよ!?大丈夫だって!逆に不安がらせると
余計、怖くなってくるからやめて!!」
「やっぱ、秀輔だって怖いんじゃ~ん。なんなら泊まってく?
お婆さんには私から電話しておくよ?
にしし。」
といい、結はからかいながら携帯を取り出した。
「はいはい、この話はもうおしまい!それに夏休みに入ってすぐ
女の子の家に泊まったりなんかしたら別の意味で恐いから!」
といい残し、僕は漫画の入った紙袋を持ち玄関を出、入ってきた時には見えなかった
大仰な門の内側を通り過ぎ、桜小路家をあとにした。
ちらりと振り返ると、まだ玄関先に立っている結の姿が遠くから見えた。