授かりし者 4
「おっまたせ!待った?」
と、ぽんっと肩に手を軽く叩きながら呑気な口調で話しかけてきた結は
悪びれた風もなく「にししっ」と笑っていた。
「遅っい!今何時だと思ってるんだ!?」
「ええと、、。」
「2時だ!2時!!何度、帰ろうと思ったことか!
そして、なぜ電話に出ない!?遅れるなら遅れると一言連絡をくれればいいものを」
「いや~、携帯家に忘れてきちゃったみたいで!ゴメッ!」
と言い、両手を顔の前で合わせお辞儀をするお決まりの姿勢をとった。
「なら終業式が終わったあとどこに行っていた!?教室にはいなかったよな!?」
「ちょっと女の子の事情で、、。詳しく聞きたい?」
意地悪気に上目使いを向けてきた。
そう言われ、僕は頬が熱くなるのを感じながら
「・・・っう!!もう、いいっ!早く行って片づけるぞ!腹も減ったし!」
と、顔を背けながら言うのが、精一杯だった。
結は屈託のない笑顔で右手を空に掲げ
「おおー!!」
と、言い僕のあとをついてきた。
僕と結は小さい頃よくお互いの家に遊びにいっていたので両家の家族とも
親しく接してもらっている。
中学生になってからは学校が別ということもあり疎遠になっていたが偶然にも
同じ高校に進学した僕たちは、また互いの家に通うようになっていた。
結の家は歴史ある家柄らしく、君乃手家の敷地などまるで庭とでも呼べるほどの
土地を有しており町でも有名な大地主だ。
そこに生まれた結はもっぱらお姫様とでも呼ぶべき存在なのかもしれないが、
本人が一番、否定していた。
大仰な門をくぐるとそこには手入れの行き届いた日本庭園が待ちかまえ、1メートルは
あろうかという立派な錦鯉が両手の指では数えきれないほどの数で悠々と泳ぐ池まである。
果ては鹿おどしの澄んだ音が一定のリズムを刻みながらより一層、静寂を際立たせていた。
その奥に佇んでいる家屋はもはや、家と呼ぶには相応しくない大きさであり、城か屋敷と
呼んだほうが当てはまる荘厳な建物が僕たちの前に立ちはだかっていた。
「相変わらず凄い庭だよな~。いつ来ても手入れは完璧だし。ほんと憧れるよ。」
僕が感嘆の声をあげていると結は、
「別にただ広いだけだよ。維持するだけでも結構お金かかってるみたいだし。
私はもっと、こじんまりした家のほうが好きだな。秀輔の家みたいな。」
「どうせうちはこじんまりした家ですよ。」
皮肉まじりに言うと、
「あっ、違うの!そういう意味じゃなくて、その・・・。
あったかいの!!」
「あったかい?うちが?」
「うん。庭にはみんなの洗濯物が干してあって小さな畑もあってそこで採れた
野菜が食卓に並んで、置きっぱなしになった自転車とかもあって、、、。
どこを見ても、ここで生活してます!って語りかけてくるような、そんな
風景が目に浮かぶの!!」
「・・・。」
「けれどうちは専用の庭師さんが毎日手入れしてくれてるおかげで
枯れ葉1枚も落ちていないような状態が毎日続いているし、家の中だって
家政婦さんが掃除してくれているから散らかっていることなんて1度もない。」
「もちろん綺麗なんだけれど私がこの敷地内でリラックスできる場所なんてどこにもないの。
いつも完璧すぎて、なんだか窮屈、、。」
「そういうもんなのかね?僕には分からないけど。
自慢できるような立派な庭だと思うけどな。
まぁ、うちみたいな場所でよければいつでも来て休んでいけばいいさ。
口うるさい、婆ちゃんがいるけどね!」
「ふふっ、いいの~?そんなこと言って?また、お婆さんに怒られるんじゃない?」
「もう耳にタコができるくらい怒られたからね。今更怒られても変わらないさ。」
「なら、またお邪魔しちゃおっかな!
秀輔のお婆さんの作るごはんおいしいんだよね~」
「来るときにいってくれれば、すぐ作ると思うよ。
いつも食べきれないくらい作りすぎて結局、僕が食べることになるけど。」
「ふふっ、うん!楽しみにしてる!」
「で?今日はどこでやればいいの?」
「今日はもう決まってるんだ!ついてきて!」
そう言って、結は制服姿のまま走り出し、僕はそれを追った。