芸能界①~入院患者は脚本家
多忙で楽しみの少ない附属病院のナースたちであった。
「ねぇみんな知ってる?担当の患者さんって有名人らしいんだ」
病棟のナースが得意げに休憩室で噂話を盛り上げる。
「この噂はみんな興味津々だと思うけどなあ」
人気のあるトレンディドラマのキー局の放送ディレクター(部長クラス)がなんと附属病院の病棟に入院をした。
「内科病棟の特別室だけどね。放送局関係者らしいの。なんかよくわかんないけど」
有名人らしいの
テレビ局の多忙な激務から過労を蓄積し原因不明な痛みを訴えた。
「というと精密検査入院してるわけね」
患者はテレビ局のディレクターと聞いて喧しい小雀ちゃん耳を傾けた。
「テレビ局からお偉いさんがお見舞いに来たらしいの。私は検温のケアをしながら話を聞かされたんだけど」
花形職業人が来たのよ
話題提供のナースの周りに人だかりができる。
※実際には放送局ディレクターではなくフリーの脚本家さんであった。
業界に疎いナース
「(脚本家の)先生だけどさ」
すでに中年。
2~3回若手女優との離婚暦があり若いじぶんはインテリジェンスが光りかなりモテていた。
白髪が目立ち始めた今はロマンスグレーの紳士風情である。
「附属病院は完全看護の24時間体制でしょう」
看護介護人は万全だからあえて付き添い人は要らない。
ましてや
入居しているのは検査入院の特別個室差額ベッドである。
「なんとね…」
担当ナースは声を潜めた。
個室にひっきりなしに女の影
ナイスミドルな脚本家。
いかようにテレビ局を含む芸能界に力がある書き手でもある。
求心力バリバリの脚本家に"女優の卵"は取り巻きとしてまとわりついていく。
菓子をパクパクしながらナースは続ける。
「そうよ。可愛い女の子がひっきりなしになの」
化粧のキツい輩は患者にいないタイプ
「芸能界が頻繁に病棟に来るのよ」
売れっ子脚本家は多彩な才能の持ち主。
音楽芸能養成スクールの校長を兼任している。
若手女優などシロウトに毛の生えた程度でもテレビや映画に送り込めるパイプを持つ。
「それがね」
手元にあるお菓子とジュースは瞬き間になくなっていく。
新人ナースが売店に走る。
「若い女の子がクランケのお見舞いに来ただけならいいんだけど」
単なる普通のお見舞い客にあらず
患者治療たる病院にしては問題たる議案である。
「なんとか脚本家の先生に気に入ってもらいましょうと」
中年に気に入ってもらいたい一心
「そのぉ~ね。あれこれと…努力をするのよ」
若手女優さんらは派手な格好し中年の気を惹きたく
ケバい女として病棟に現れる。
甲斐甲斐しくも身の回りのお世話をして機嫌を取るのである。
「クランケは短期の検査入院だから。私たち担当ナースもうろちょろは我慢するんだけどね」
特別個室の差額ベッドである。
こっそりとナースの目を盗んで入ってしまえば
何をしても病室の中は把握はできない。
都合よろしく完全防音も手伝っている。
「そりゃあねぇ」
ウンウン
「個室ですからね。長い時間いるとなると」
菓子をパクパク
ゴックン
「男女ですからね。何かしているに決まってるわ」
差額ベッド個室。
シャワーつきお風呂が売りである。
ナースも介護もお菓子をつまむ頻度が高くなって噂話に熱中してる。
ケバい女の子の姿。
それは女優の卵なのよ
「病棟に出入りの女はデビューしているかしら」
可愛いの?
ケバいだけ
だったら
水商売かもね
赤坂とか六本木とか
「女の子はテレビドラマに出演しているわっ」
拠ん所ない噂はたちまち広がっていく。
「トレンディドラマに出演するちょい役の女優さんもいるんだって」
"ちょい役でも肩書きは女優さんらしいもん"
女優という名前は独り歩きをしてしまう。
瞬く間に男性職員に噂が伝わっていく。
「女優さんがいらっしゃる?」
病棟への見学者が増えていく。
娯楽とは程遠い病院の入院病棟。
いずこも人の噂が最高の媚薬であった。
長患いの患者さん。
退屈さから女優がいるよっと附属病院全体に触れ回っては噂話しに花が咲いてしまう。
「人気の脚本家?俺知ってるよ。売れっ子さんだね。入院しているのか」
患者さんの中にテレビドラマに詳しい方もいたのである。
「そりゃあ有名人だよ」
退屈しのぎに脚本家のプロフィールを軽く紹介をしてみせる。
「特別個室の前をうろちょろしたら」
女優にバッタリ
「綺麗なんだろうなあ」
脚本家の大先生でも構わない
「退屈な入院生活に活気が出てくるねアッハハ」
患者仲間は笑いの渦に巻き込まれていく。