【後半戦 3】 ほしかったもの
無我夢中で走って、カラオケ屋に駆けこんだ。
結構な人数がいたから、何部屋かに分れてるか、それともパーティルームか……俺はまずパーティルームに向かおうとして、入り口の横にあるドリンクバーに石川がいるのに気がついて声をかける。
「石川! お前、山口達と一緒だったよな? 部屋どこ?」
俺は少し息を切らせて、はぁはぁ言いながら聞いた。
「おう、香川も来たのか? 部屋はすぐそこの一〇三だよ」
石川の言葉が言い終わらないうちに駆けだし、一〇三号室のドアを開けた。ドアを開けると、すぐ側に千葉花音が座っていて、隣に座った山口に笑いかけていた。
俺は知らず、眉間にしわが寄る。ドアを開けたまま立ってると、千葉花音がこちらに気づき振り向いた。
「なんで……?」
「おまえこそ、なにやってんだよ?」
俺は、いらついた声で聞く。
「クリスマスパーティー……」
千葉花音は、ビックリしてこっちを見上げたままぽそっと答える。
「はっ? なんで、自分の誕生日祝わないで、クリスマスなんて祝ってんだよ!?」
その言葉に、千葉花音がびくっと体を震わせる。
「えっ、花音、今日誕生日だったの!?」
近くに座ってた宮城さんが驚いた声をあげる。
やっぱり、秘密にしてたんだな。なんで秘密になんかしてるんだよ。言って、祝ってもらえばいいのに。
ため息をつき、千葉花音を見る。
「なっ、なに?」
そう言って縮こまる千葉花音に近づき、腕をぐいっと掴んでカラオケルームの外に連れ出した。
カラオケ屋を出てもひたすら歩き続ける。勢いで引っ張ってきてしまったが、祝ってやるなんて、素直に言えるかよ……
「まっ、待って!」
その声に振り返ると、千葉花音が転びそうになりながら必死に走っていた。なんで走ってるんだ? そう思って、歩幅の違いに気づいて立ち止まる。急に立ち止まったからか、俺の背中にドンっと千葉花音がぶつかった。
「どうして……」
そう千葉花音が呟いたのが聞こえて、俺は振り向いた。
「はっ?」
なにが、どうしてなんだ? 俺が疑問に思ってると、千葉花音がすごい剣幕で言い返してきた。
「はいっ? 「はっ?」ってなに? なんで、こんなとこに引っ張って来たのよ!」
そう言うと同時に、くしゅっとくしゃみをした千葉花音。彼女を見ると、制服の上にコートもセーターも着てなくて、ぶるぶると体を震わせていた。俺が勢いで引っ張り出したからコートも着てなくて、千葉花音の寒そうな格好に気づく。
「悪い……」
そう言って、自分が着ていたコートを脱いで千葉花音の肩にかけてやった。それから、そっと彼女の手のひらを握り、プランタンの屋内に向かって歩き出した。
※
初めて触る千葉花音の手は、柔らかく、暖かかった。プランタンの中に入って暖かくなっても、千葉花音に触れたそこだけが異常に熱く感じられた。
しばらく歩いてると、千葉花音が話しかけてきた。
「ねえ、どうして来たの?」
そう聞かれて、俺は少し冷静になろうと深呼吸した。せっかく来たのに、またさっきのような言いあいになってはだめだと思った。
「ねえ!」
そう思ったのに、千葉花音に大きな声で言われて、俺は勢いよく振り返って言っていた。
「お前、バカ? なんで自分の誕生日祝わないでクリスマスなんて祝ってんだよ? どうして他のヤツに誕生日だって言わないんだよ?」
「なっ、ばかって何よ!? ……どうして、私の誕生日知ってるの!?」
「あっ? そんなの中学の時に言ってただろ……」
俺は言って、千葉花音から目をそらして頭を掻いた。
そんなの、好きな子の誕生日くらい覚えてて当たり前だろ……
そう考えて今度こそ怒鳴らず「祝ってやる」って言おうと思い、千葉花音を見ると眉間のしわを深くして俺を見上げていた。その顔を見て、無意識にいらっとする。
「おまえ、その顔やめろよな。不細工がもっと不細工になるだろ、だから彼氏もできないんだろ?」
どうしてだろう。彼女のこの顔をみるといらいらして、思ってもないことを言ってしまう……ばかは俺の方だな、と自分にあきれる。
「はっ? 何それ? 今関係ないし。ってか、そーゆうあんたこそ、奈良さんはどうしたのよ? 彼女、ほうっといていい訳!?」
その言葉にまたいらいらする。
彼女じゃねーし。なんで、千葉花音まで奈良を彼女と勘違いしてんだよ。
イラついた感情のまま言う。
「はっ? なに他の女の話持ち出してるんだよっ」
「他の女って、彼女でしょ?」
「おまえにカンケーねえし……」
いや、ここはちゃんと、奈良は彼女じゃないって説明するべきか?
でも、だからなに? って言われたら、困るし……
「あー、そうですか! 私だって、別に興味ないし! じゃ、あ、ね!」
そんなことの言い合いになって、千葉花音はぷいっと向きを変えて歩き出そうとした。
待って!
俺は、そう思って千葉花音の腕を掴んで引き止める。
「なに?」
千葉花音はうんざりした顔で俺を見た。
俺はいいかげん、ちゃんと自分の気持ちを素直に言わないといけないと思った。でも上手く言葉がでてこなくて……ただ、彼女が行ってしまうことを避けようと腕を握った手に力を入れる。
「イタッ。もう、なんなの!」
顔をしかめて言った花音が俺を見上げて目があった。俺は勇気を振り絞って言った。
「祝ってやるよ、誕生日」
「えっ?」
千葉花音が聞き返す。
「だから! 俺が、花音の誕生日祝ってやるよ!」
言った!
俺はぎゅっと拳を握る。
花音は顔がどんどん赤くなって、口をわなわなと震わしながら言った。
「なっ、何言ってるの? 意味分かんないし。ってか、あんたに祝ってほしいなんて言ってないじゃん!」
そう言った花音にかちんときて、でもその顔が可愛くて。
「はっ? ほんとにかわいくないな、おまえ」
花音の腕を強く引いて、胸の中に抱きしめていた。
「花音……」
胸の中に彼女の存在を感じて、胸がきゅっと締め付けられて……もう自分の気持ちを言わずにはいられなかった。
「俺は花音が好きだ、つきあってくれ――」
そう言った時。
「花音! いた!!」
花音の友達の長野さんが俺達のところにやってきた。
「悠ちゃん!」
そう言って花音は俺の胸の中から離れて、がばっと長野さんに抱きついた。
「困るんだよね、勝手に花音連れ出されちゃー。で、要件は済んだの?」
長野さんが、鋭い眼差しで俺を見て言った。
「それは……」
俺は口ごもるしかなかった。やっと自分の気持ちを伝えられたのに邪魔されるようなタイミングで現れた長野さんに苛立つ。そんな俺に、長野さんが意味深な笑みで近づき。
『邪魔したか?』
耳元でそう図星を指されて、かっと頭に血が上る。俺が花音を好きだと言う気持ち、長野さんに気づかれてる……
「あっ、そうそう。これから花音の誕生日祝いするから、香川君も来たいなら来てもいいけど? 誕生日のこと教えてくれた礼に来てもいいよ」
そう言って、くすっと長野さんが笑った。
※
プランタンの噴水広場。
「花音ちゃん、お誕生日おめでとう!!」
「メリークリスマス! カンパーイ!」
そう口ぐちに言って、手に持ったペットボトルを上げて近くの人のペットボトルと当てる。
長野さんの来たいなら来てもいいという言葉に従うのは気が進まなかったが、まだ花音とちゃんと話したいことがあったから、仕方なくついて行った。明日からは合宿がある。今日中にちゃんと花音の気持ちを聞いておきたかった。
噴水広場に着くと、山口達と合流する。
「さっきはびっくりしたよ。誕生日だーとか言って、香川が急に花音ちゃん引っ張っていっちゃって。鞄もコートも置いて連れて行っちゃうから、宮城達が必死に花音ちゃん探しに行くしさ」
「悪かった……」
俺は素直に謝った。確かに、急に連れ出して、宮城さんと長野さんに心配をかけさせてしまったのは悪かったと思っている。ちらっと横を見ると、宮城さんに抱きついてる花音が見えて、くすっと笑った。
※
「おい、香川君、彼女はどうしたんだ?」
山口と話してる時、長野さんに急に呼ばれて振り返ると、にやにやした長野さんとおろおろした花音がこっちを見ていた。彼女って言ったよな……俺はいらっとしながら2人に近づいて、あえて花音に話しかけた。
「なに?」
話しかけられてビックリして目を見開いてる花音の横で、長野さんはくすくすと笑って成り行きを楽しんでるようだ。俺はそんな長野さんには話しかけたくなくて、もう一度花音に聞いた。
「花音、なに?」
俺にそう言われて、花音はおどおどと長野さんをつついた。
「えっ? ああ。香川君、彼女はどうしたの? って花音が聞いてるよ」
俺はそう言った長野さんをちらっと見て、花音に視線を戻す。長野さんがわざわざ花音に話しを振るのは、俺と花音に話させようという意図があるからだと思った。その真意に一人気づいていない花音。
「えっ、私? 悠ちゃん!?」
そう言って花音は、長野さんと俺の顔を交互に見比べて、びくっと体を震わせてから口を開いた。
「えっと、奈良さんはどうしたの? 先に帰ったの?」
俺はその言葉に、ギロッと花音を睨む。
「奈良とはわかれた、ってさっき言っただろ」
完全に彼女と勘違いしている花音に、奈良は彼女じゃないと言って説明するのが面倒で、てっとり早く彼女じゃないと伝えるために、あえて「わかれた」と言う。
「そっか……」
そう言って一人納得したように頷いてる花音。
無言で手を振りながら去っていく長野さんを横目に俺は言った。
「でっ?」
「えっ?」
そんな俺に対して、花音はぽかんと首をかしげて、長野さんがいないことに気づいてキョロキョロと辺りを見回す。
俺は話の先を促すように言う。
「さっき俺が言ったことの……返事だよ」
「えっと、何のこと?」
かわいく首をかしげて見上げる花音に、いらっとする。まさか、さっきの俺の告白……聞いてなかったのか!? そう言おうとした時。
噴水広場のイルミネーションがキラキラと順番に光り出し、最後にクリスマスツリーの飾りも光り、てっぺんに付いたオレンジ色の星が輝いた。
花音がイルミネーションにみとれ呟いた。
「わぁ……きれい……」
俺はそんな花音にみとれ、それからクリスマスツリーに視線をそらして……そっと隣に並んだ花音の手を握った。
握った瞬間、びくっと花音の手が震える。それから花音が俺を振り仰いでるのが気配で感じられたが、どんな顔をして俺を見ているのか、怖くて振り向けなかった。
きっと数分の間だった思うけど、すごく長く感じた時間の後。俺が掴んだ手を花音が握り返し、ぼそっと呟いた。
「好き……」
俺はその言葉が信じられなくて、がばっと花音を振り返った。
花音を見た俺の顔はどんなだったのか――
俺を見るなり花音が、くすっと笑ったのだ!
いままで、一度も、俺に向けられることのなかった笑顔が、俺に向けられたのだ。俺は一度地面に視線を落として、恐る恐る花音の顔を見た。
くすっ。
やっぱり花音は笑ってて、それから、ぱっと俺が掴んだ手を離すと長野さん達がいるところへ駆けていった。
香川のほしかった「笑顔」がやっと手に入りました。