5億年ボタンRTA(バグあり)
かつての友人、故甘夏が適当に書いた小説を多少ブラッシュアップしてみました。
面白半分に読んでいただけたら幸いです。
「5億年ボタン。その時間というしがらみから逃れんとする挑戦者が、再びそのパンドラの箱を開けようとしています…!」
実況は、厳かに始まりを告げる。
かつてネット掲示板で話題になり、それがサイバー空間にて再現された体験型ゲーム"5億年ボタン"。
このゲームはもともと、余っていたスーパーコンピューターを活用して、データの収集と実験を兼ねて金持ちが道楽半分に始めたものだった。
しかし、時間と共にシステムに多数の欠陥が見つかっていき、このゲームの目的はいつしか「如何に欠陥を突いて早く出てくるか」へと変わってしまった。そして、エンジニアと走者たちの終わりなき、仁義なき争いが幕を開けたのである。
実況と解説の二人は続ける。
「先日のV1.48アップデートにて、オーバーフロー処理にいくつかの対策が設けられてしまったから、単にラグを起こすだけでは脱出できなくなり、現世界記録の塗り替えは不可能かと思われました。」
「しかし今回それを覆す新走法を開発した、世界ランキング4位の西条蒼太・山田モモのコンビが早速再び世界記録に挑戦するそうです!」
このゲームは、人間の意識をデジタル化し、電脳空間にてスーパーコンピューターを使いおよそ数分で5億年分の演算を行うことで、5億年ボタンを再現している。
表向きは有名ネタの再現だが、本当の目的は人間の意識を借りて大量の演算を加えることで生成AI用のデータを収集することである。
だから“5億年”とはいうが、実は人によって100年だったり1億年だったり500億年だったり、結構バラついていたりする。
「さて、両名準備が整ったようです。」
二人はボタンに手をかざす。
そして実況者はありったけの空気を吸い込む。
「…さあ今始まりました!」
「二人同時にボタンを押すことで、同じ空間にスポーンさせられる隠し仕様ですね!」
「この仕様を利用することで、処理が二重に行われてラグを起こしやすくなるってことです!
空間がロードされた時点でタイマースタート、空間から吐き出されたらタイマーストップです。」
蒼太は舌を噛み切って血を吐き出す。
モモはその傍らで瞑想に入る。
「これは何をしているんでしょうか?」
「蒼太氏はわざと失血を起こすことで死亡処理を呼び出しています。これで蒼太氏は死亡と蘇生を一瞬の間に何度も繰り返していると処理され、一方モモ氏は瞑想をすることで悟りを開く、すなわち人間の身でアドミン権限を取得する処理を呼び出す条件を満たしています。
蒼太氏が死ぬたびに世界の人口が半分になり、生き返るたびに世界の人口が倍になるので、外界では十年に一度ほどしか起こらない「膨大な変化」のスクリプトイベント処理が行われ、そのタイミングで超低確率で発生する“悟りを開く”イベントを引き当てるまでの持久戦です。」
「これは完全に運任せなのでしょうか?」
「いえ、この二人だからこそかなり確率が上がっています。走者両名は現実において幼馴染かつ非常に親密な恋人、すなわち「赤の他人」ではなく「大切な人」として処理されます。「大きな変化」に加えて「大切な人の死」のバフが重ね掛けされていくので、少なくとも162回目までには引き当てることができます。」
「なるほど、このゲームを複数名で走破しているのがランキング100位以内だとこの二人だけなのを見ると、かなりの訓練を積んだんでしょうね…」
「このゲームは走破したあとにその周回の記憶が消されてしまうので、訓練はできません。完全に事前のイメージトレーニングと計算が頼りです。」
「そうなんですか!?(そういや元ネタもそうだったな…)」
蒼太の目からハイライトが一瞬消え、そして再びその目に光が宿った瞬間、モモは世界の全てを理解し、そしてそれを蒼太に耳打ちした。
「おっと!?死亡処理一回目にてモモ氏がアドミン権限を取得することに成功した!?確率が上がったとはいえ初回での成功確率は100万分の1ほど!これは世界記録を一気に塗り替えるチャンスだ!」
蒼太もまた、モモからの教授で世界の全てを悟る。
そして二人は空間に調和し、奇跡を起こす。
「突然ラg…が…っせいした!?」
「こr…“…nの…邂…n”と“きゅ…sh…生”が…に起こって…るからで…ね。そしてこの二つによって先ほどとんでもないラグが発生したことで、いま世界の基礎設定が破損したはずです!」
「昔はケツワープを数十日間繰り返すことで地面を貫通して奈落に落ちることでの脱出が可能でしたが、そのバグも修整されて久しいですね!」
「さあ両名同時にコマンドラインを使用して…」
su-
usermod -aG sudo subject_sorta_saijo
「これh…」
sudo rm -rf / no-preserve-root
二人は、突然機械の前で意識を取り戻す。
実況はそれを見るやいなや、タイマーのボタンを押す。
「さあ世界から両名が吐き出され今現世に叩き出されたこのタイミングでタイマーストップ!記録は…」
「ドウダッ!」
「4時間24分48秒26!」
「世界記録を1分半も塗り替えた…!」
「V1.48の“人数増加でクラッシュするバグを修整する”アップデートパッチを逆手に取った素晴らしい戦略でした!」
解説は興奮気味に
「昔から有名な緊急脱出策として、少し時間は掛かりますが性行為を行い妊娠によって世界内の人数を増加させてクラッシュを招くものがありましたね。そのバグを修整する際に、現世にもあった“人数変化による世界状況の変化”を逆手に取り、悟りを開いてアドミン権限を取得しファイル全削除による仮想環境の強制終了。これまででは巻き込みによる死亡の危険性もあり、タイム短縮にもならなかったため注目されてこなかった手法を、極めて上手に使いこなしましたね。」
「そもそもこんなの思いつく時点で凄い…」
二人は少し感傷に浸った後、締め括る。
「さぁ、この記録を塗り替える者は現れるのか!」
「前回はこのコンビの数日後にジョン=ハドソン氏が記録を更新しましたから、今後の動向も見逃せませんね!」
「さあそれではまたどこかでお会いする日まで!」
「ごきげんよう〜!」
こうして、プレイヤーは再び仁義なき争いに勝利を収めた。
そしてまた、エンジニアはこれに抵抗するだろう。
世界一イカれた、世界一平和な戦争は、果てしなく続いていくのである。




