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おれの予言         :約3000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/02/08

 ――来たよ!

 ――しっ、静かに。

 ――マジなのかな……。


「ん?」


 おれは思わずぽつりと声を漏らした。朝、オフィスに足を踏み入れたその瞬間だった。ざわついていたはずのフロアが潮が引くように静まり返り、同僚たちが一斉にこちらを見たかと思うと、ひそひそと声を潜め始めたのだ。

 一瞬、何かのサプライズがあるのかと思った。だが悲しいかな、おれはただの平社員。昇進の気配もなければ、表彰されるほどの功績もない。誕生日でもないし、異動の内示が出る時期でもない。いったいなんだろうか。それとも、ただの気のせいか。あるいは……いや……。


「な、なあ……」


 考え込んでいると、周囲から背中を小突かれるようにして、一人の男が押し出されてきた。田口だ。陽気な男で、普段は軽口ばかり叩くくせに、今は妙に肩をすぼめ、おずおずとした足取りでおれに近寄ってきた。


「来週……なんだよな?」


「来週?」


「あ、ああ……。来週、起きるんだろ……?」


「え……何が?」


「だ、だ、大災害が……!」


「え? なんの話だよ」


 田口は唇を小刻みに震わせ、異様なほど目を見開いていた。冗談にしては真に迫っている。演技だとしたら大したものだが、どう見てもそんな余裕はない。本気で怯えている顔だった。だが、おれにはまるで心当たりがなかった。

 おれが首を傾げると、田口はふーっ、ふーっと息を吐き、胸をトントンと叩いて引きつった笑みを浮かべた。


「わ、わかった……順番に話す……。お前、前に言ったよな。今年大災害が起きるって……」


「今年? そんなこと言ったかな……」


「言ったんだよ」


「目、怖。……あ、ああ、言った言った!」


 おれは思い出した。


「ノストラダムスだのマヤ文明だの、そういう予言がだいたい十三年周期くらいで流行るから、今年あたりにまた便乗して騒ぐ連中が出てくるんじゃないか、って話だろ?」


「そ、そうそう……。それからお前、何年か前に『今週、地震が起きる』って予言して、て、て、的中させたことがあっただろ……」


「え、そんなのあったかな……」


「あったんだよ。会社が揺れてさ。お前、得意げな顔してたから、ムカついてよく覚えてる」


「ムカつかれてたのか……いや、正直よく覚えてないけど、地震なんてしょっちゅうあるだろう」


 おれは笑って肩をすくめた。


「でも、お前は何度も当ててきたんだよ」


「何度もって、そんなに言ってたかな……」


「とぼけるなよ。他のみんなも言ってるぞ。三木さんも、野中も大木も」


「いや……たぶん誰かの話と混ざってるんだろ。ははは、会社で予言って」


 おれは冗談めかして笑ったが、田口の表情は一切崩れなかった。


「少なくとも、俺には予言したことがあっただろ?」


「いや……ああ、夢の話な。地震が起きる夢を見て、妙にリアルで焦ったとか、そういう雑談だろ。ははは、今思うとなんか恥ずかしいな」


「だから、とぼけるなよ……」


「ん?」


「とぼけてんじゃねえよ!」


「うっ!?」


 突然、田口がおれの胸ぐらを掴んで押してきた。腰がデスクにぶつかり、鈍い衝撃が走った。


「な、何すんだよ……」


「ら、ら、ら、来週、大災害が起きるんだろ……?」


 唇が触れそうなほどの距離で、田口は呻くように言った。唾が飛び、ほのかに柑橘系の香りが鼻をついた。


「お、起きないって!」


「嘘つくなよお……天皇陛下だって今、海外に行ってるじゃないか……避難してるんだろ……?」


「いや、普通に公務だろ……。それに総理大臣は日本にいるじゃないか」


「あんなの、死んでも替えが利くだろ」


「言いすぎだ」


「なあ、なんで正直に話してくれないんだよお……。俺ら同期だろ? よく一緒に飲みに行ったり、くだらない話も散々してきたじゃんか……」


 田口は胸ぐらを掴んだまま、頭を肩に押し当て、縋りついてきた。


「なのに……なのによお……さっきからへらへらしやがって……」


「だから、夢の話だって……。いい加減、離せよ」」


 おれは田口を押しのけた。田口は二、三歩後ずさりし、よろめきながらも踏みとどまった。ぎらりと目を光らせて、おれを睨みつける。


「お前……いつもそうだよな……そうやって……」


 ぶつぶつ呟きながら、田口はゆらりゆらりと揺れ始めた。

 いったいどうしたんだ、こいつ。周りの連中も引くだろう……。

 おれは乱れた襟元を直しながら周囲を見渡した。途端、首筋に冷たいものを押し当てられたような寒気が走った。他の社員たちがじっとこちらを見つめていたのだ。しかも何人かはゆっくりと、まるでゾンビのような動きでこちらへ歩み寄ってきていた。


「ねえ……本当に大災害が起きるの?」

「本当なんだろ?」

「なんでごまかすんだよ……」


 皆が口々に田口と同じ言葉を浴びせてきた。それで、誰も田口を止めに入らなかった理由がわかった。どういう経緯かは知らないが、この場にいる全員が、おれを『予言者』だと本気で信じ込んでいるらしい。

 いや確かに、あくまで都市伝説レベルの話だが、今年何かが起きるという噂はおれの耳にも入っていた。馬鹿だとは言いたくないが、そういう話を信じてしまう人間が一定数いるのは事実だし、仕方のないことでもある。

 しかし、いい大人がそろいもそろって、ここまでオカルトに呑まれるとは……。


「大丈夫だ。そんなのはデマだよ、デマ」


 おれは一度深く息を吸い、できるだけ冷静な声で言った。


「そもそも、占い師も予言者もみんなインチキなんだ。ほら、ノストラダムスの予言もマヤ文明の予言も、結局外れたじゃないか」


「いや、実は解釈が違っただけで、予言の日はまだ来てないらしい……」

「じゃあ、来週がそうってこと……?」

「人類は滅びる……はは、ははは!」

「この前、地震あったよな。あれって前兆じゃないのか……?」

「帰りに米とトイレットペーパー買わないと……!」

「外国人観光客も旅行を取りやめてるらしいぞ。これはマジであるな」

「やっぱり予言は本当なんだ!」


 誰もまるで聞く耳を持たない。空気はみるみるうちに淀んでいき、理性は剥がれ落ちていく。もはや暴徒寸前の有様だった。上司までもがおれに詰め寄り、唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。その顔には恐怖と無力感、そしてそれを押し隠すための怒りが張りついていた。


「もし外したら、お前責任とれよ!」

「ぶち殺すからな!」

「いやああああ!」

「はははははは!」

「き、きいいいいいいいいい!」


 皆、額に汗をにじませ、目を潤ませ、叫び、笑い、泣き、正気はどんどん崩れ落ちていく。理性も秩序も失われ、そこに残るのは恐怖――




「……なるほど、そうなるのか」


 おれはベッドの上で身を起こし、暗い天井を見上げながらぽつりと呟いた。胸の奥から重いため息が自然と漏れ出た。

 ……どうやら、彼らも潜在的に感じ取っているらしい。“何かが起きる”ことを。

 それはノストラダムスやマヤ文明――これまで何も起きなかったとされてきた数々の“予言”が、彼らの危機意識を高めているのだろう。

 おれはベッドを降り、クローゼットを開けると、コスチュームを引っぱり出した。

 手早く着替え、窓を開けて誰も見ていないことを確認する。

 そして、そのまま部屋を飛び出し、一気に遥か上空へと舞い上がった。

 さて……今回も止めてやるとするか。

 ……しかし、予知夢で見た同僚たちのあの様子。何も起きなかった場合、それはそれでおれの社内評価がまた下がるだろう。当分、平社員が続くな……。

 だが、それも仕方ない。

 おれは――スーパーマンなのだから。





 ――これも、まさか夢? To Be Continued…?――

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