4.困惑と旅立ち
一つ目、城の改装増築には許可を取ること。
二つ目、冒険者の持つ不思議な力を見せること。
シオンが冒険者たちにとって破格な条件で城への居住を許したのにはいくつかの思惑があった。
まず、シオンは新しいものを見るのが好きであった。それは技術であったり風景であったり、なんにでもいえることであったが、特に冒険者たちの力には興味を惹かれていた。その力を間近で見て、可能であれば自分にも取り入れることを想定していたのだ。
そして、管理者たちの中でも唯一この世界を楽しんでいた。他の管理者たちが一定の場所に留まって世界を監視していたのに対し、シオンは眷属まで作って俗世に降り立ち生活をしていた。他の管理者たちからは怪訝な目で見られることが多かったがそれでも自身が最も楽しめることを追求していた。そんな楽観主義で大胆不敵な一面を持っているのだ。
最後に、この城はシオンのために作られたものであったが、その敷地はあまりにも広すぎた。重要だといえる部分はシオンが眠っていた大広間とそこから続くシオンの部屋。加えて入口から大広間まで続くトラップだらけの道中くらいであり、そこ以外は使われていない空き部屋となっていた。そのため人が増えて勝手に掃除やら装飾をしてもらえるのは都合がよかった。
――――シオンは大きなため息を吐く。
(まさか千九百年も眠っていたなんて…… みんなはどうしてるかな……)
大広間の二階の最奥。シオンは自分の部屋の中で考えに耽っていた。
休眠していた時間があまりにも長すぎたのだ。
冒険者たちからは周辺の土地や国についての情報を聞き出していた。
かつてこの城周辺は何もない平原だったのだが、現在は幻惑の森と呼ばれ独自の生態系が築かれていること。かつてはここら一帯はどこの国にも属していない中立地帯であったのだが、現在はエルドマグナ王国という人間の国に属しているということ。
特に、この大陸全域で最も多く生息しているのが人間であるということに驚いていた。
休眠前の時代では種族は人口が多い順にエルフ、獣人、ドワーフ、ハイエルフ、竜人、などが主であった。人間といえば力が弱く魔法も使えない弱小種族であり、生存競争にいつも負けていたというイメージであった。しかし、今の時代ではその偏見を塗り替えなければならない。人間は今や最も勢力が強く、全体数も多い。
生体AIによる文明の進化がシオンの想像よりもはるかに進んでいることが見て取れた。
(とりあえずエルドマグナ王国の首都であるというエルミナスに向かってみようかな…… もしかしたらオーレリアンがいるかもしれない)
シオンはかつて自分を見送った家族たちを思い返す。中でもオーレリアンは、付近の国で魔法の研究をするという話をしていた。であれば魔法大国とも呼べるエルドマグナ王国にいる可能性は少なくはない。
最も、眷属化の影響によりかつてシオンを見送った四人が生存していることはわかっていた。
シオンの眷属になると寿命による死はなくなるため、殺されるか自死する以外での死因がなくなる。そのため寿命が比較的短い猫の獣人であったシャマールも現代で生存していた。
物思いに耽っていると、扉をノックする音が聞こえた。
許可をして部屋の中に入らせる。その人物は疲れた雰囲気のシアンだった。
冒険者のリーダー五人組は同盟の契約を結んだ後すぐに城にいるモンスターを討伐しているというギルドメンバーの増援に向かったのだが、ようやく掃討を終えたようであった。
「城の改築計画の相談に来たよ。中庭部分にメンバーたちの居住区を作って各々建築してもらおうかと思ってるんだ。そして城の外の敷地内には農業や酪農を行うために開墾しようかと思っている。どうかな?」
「いいよ。城外部の敷地については好きにしていい。ただ城に傷はつけないようにね」
「わかった。ありがとう」
城の改築計画についての話は少しの間続いた。
この城には大きな中庭がついている。城の入口の大きな門を潜るとまず巨大な中庭があり、そこをしばらく進んでいくと本当の城の入口が見えてくるのだ。その間、中庭の周囲は壁と城の窓に囲まれており、閉塞感があるが、天井は抜けているため太陽光はしっかりと入る。
中庭には多少のデメリットはあるものの、防衛面や利便性に限ってはうってつけだといえる。
加えて、冒険者たちのリーダー五人にはそれぞれ大広間から繋がる十部屋のうち五部屋を与えていた。
各部屋はすでにそれぞれの個性が溢れる内装となっており、冒険者の改装の速さは目を張るものがあった。
シオンの部屋はというと、塵や埃については表面を拒絶の権能で覆っていたためすぐに払いのけることができたが、家具全般は古めかしい感覚が拭えない。よく言えばビンテージ。悪く言えばかわいげがない。自分の部屋についても改装を依頼しようかと悩むシオンなのであった。
改築の話のついでにシアンに相談をする。
「エルミナスっていう町に行きたいと思ってるんだけど、どの道のりが一番いいかな?」
「……そうだね。ここから北の街道へ出て、東へ。ダストヘイブン、ハーフウェイブロウを越えて、テイルライトを目指すといい。そこからなら、首都行きの魔法式列車が出ているから」
シアンが地図を広げてその上を指でなぞりながら説明する。
その道のりはシアンがこの城へ来るまでに辿った道のりでもあった。
「わかった。その道のりで行ってみるよ。それと…… 服って余ってないかな?」
「あるけど…… サイズが合わないね。メンバーのほうにも聞いてくるよ」
数時間にわたりシーツに身をくるんだままのシオンは、ようやく服を着る意識を持った。シオンは寒さや暑さを感じない身体であり、怪我を負っても治そうと思えば身体が変形して治ってしまうため、シオンにとって衣類というのはそこまで重要なものではないのだ。
しかしその実、ひらひらしていたり、リボンなどの装飾がついていたり、といった衣服が好きという女子らしい一面も併せ持っていた。
しばらく待った後にまた扉がノックされる。
「……これ、メンバーから集めてきた中で一番サイズが合いそうなものだよ。百五十センチくらいだろ?」
シアンが持ってきたのは、少しくすんだ白色のワンピースに黒いローブだった。
着替えを始めるシオンに対して、後ろを向いて待機するシアン。
サイズは思いのほかぴったりで、よく似合っていた。
シオン本人も服を来た自分を見て「ふむ……悪くないね」と頬を緩ませる。
二人は部屋を出ると、大広間へ移動する。
大広間の前方。大きな丸机には冒険者のリーダーたちが集まっていた。城の簡易的な図面を机に出して何やら改装の相談をしているようだった。
そこにシオンは自由奔放に割り込む。
「じゃあ私は外出してくるね」
「お待ちを。この鳥にシオン殿を覚えさせていただきたい」
シオンを呼び止めたのはボイドボーンだ。
すっかりと心を折られてシオンに対して畏怖の念すら覚えていた。
取り出した鳥は一見ただの黒い鳥だが、その鳥は相手のあらゆる特徴を記憶し、大陸中であればとこでも見つけ出す鋭い感覚を持っているのだという。
「何か連絡があった場合にはこの鳥を飛ばします。返答もこの鳥に持たせていただければと」
「わかった。覚えておくよ」
早速冒険者の不思議な力を見たシオンは興味深々でその鳥を観察する。データの所在がこの世界と違うということ以外は普通の鳥であった。
不思議な鳥だと思いつつシオンは大広間を後にする。
中庭にたどり着くと数多くの冒険者があちらこちらでせわしなく作業をしていた。
家を建てるもの、飲食物を売っているもの、複数人で集まって会話をしているもの、アイテムの挙動を確認しているもの、その喧噪がシオンにとっては心地よく感じた。
そんな中庭と通り抜け、城から出ると、そこでは地面を耕す冒険者たちがいた。外側では農業や酪農を行うという話を思い出し、農作業をしている冒険者を横目に城の敷地外に向かって歩みを進める。
そしてついに城の敷地外へと出ると、そこには幻想的にも見える大森林が広がっていた。




