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君のホラー

作者: みれと えみ

去年の夏も暑かったですね。私は夏好きなタイプ。今年は遊びまくろう。。。

「まだピンクが好きなの?」イトコのミラに尋ねた。本人は、母親の書斎で荷解きをしていた。本だらけ、DVDだらけ、漫画だらけの母のアトリエ兼書斎を興味津々で眺めながら、だっせえ巨大なリュックを広げていた。


「うん、でも黒もいいと思ってる。大輝にいは? ていうか阿佐ヶ谷って何があるん?」


なんでもあるわ田舎モン、って言いたかったけど、やめた。僕の思う『なんでもある』とミラの思う『なんでもある』には、おそらく多大な乖離があるだろうと思った。なんとなく。


「お前さ、映画館って好き?」阿佐ヶ谷にはリトルシアターが2つある。


「ホラーとかファンタジーなら映画は好き。ポップコーンも好き」


「ホラーってどんなホラー?」


うううん、とミラは唸った。2階から僕らのいる3階へ向かって、母さんの『おやつできたよー!』の声が聞こえてきた。


「すぐいくわあああ!」と僕。


「はああああい!」とミラ。僕は、今年高校生になって、バイトしたり恋愛したり始めると母さんの日々言ってることの現実味が理解できてきて、最近母さんに歯向かうという選択肢を僕は捨てた。




自分の想いが全てだからね。


やりたいと思ったら、やりな。




母さんが、僕が物心ついた時から言っている言葉だった。自分の想いが定まらない時は、心底迷子になり、やりたいと思っても動かない自分の未成熟さを歯痒く思う日々を経験し始めた。高校生って無力だ。方法がわかんね、金がねえ、知恵も足りん。でも夢ばかり膨らむ。でも母さんは言う。やりたいと思ったらやりな。母さん、やり方がわかんねんだけど。そゆこと、どうやればいいのかとかも、母さんに聞いていいのかな。でもそこまで聞くなんて無力すぎない? 僕。


母さんが用意してくれたおやつは、パンケーキだった。母さんが紅茶を淹れてくれた。女子がいるとやっぱ気をつかうのかな。紅茶の中には輪切りのイチゴと林檎が浮かんでいた。


「ミラちゃん、部屋は大丈夫そう? 夜は何が食べたい?」


「部屋の、漫画、読んでいいですか?」


「いいよ。一番のおすすめはね、『ダイヤモンドの功罪』。流行り物なら『葬送のフリーレン』、古典なら『やけっぱちのマリア』。大輝は? ミラちゃんに薦めるなら何?」


「『メダリスト』じゃね? 小さい女子がたくさん出てくる」


「あー…いいねえ。あんたの方がセンスいいね。メープルシロップ足りてる? 二人とも」


母さんはメープルシロップと生クリームを断らずにミラと僕の皿に乗っけた。ミラは家出してきた身で、欲しいとか下さいとか多分遠慮して言えないだろうし、僕ももっと欲しいみたいな欲求を母さんに言うことには長けてなかった。結果、母さんの相手に一切断らずにもっと食べさせるコンセプトは機能していた。ミラは9月の始業式以来、地元静岡の中学に行けなくなっていた。前兆は何もなく、突然の出来事だったらしい。静岡のじいちゃんから話を聞いて、「じゃウチ来ればいいじゃん」と母さんが提案して、ミラが家に来るまで1週間かからなかったってさっき本人から聞いた。へえ、とだけ返しておいた。んで、今10月最初の土曜日。


「ワシも阿佐ヶ谷に行こうかのう」とじいちゃんからのラインが今朝僕に届いた。まだ返信してないし、母さんにも伝えてなかった。どう返したらいいのか定まらなくて。僕にとってじいちゃんって切り札っていうかラスボスで、畏れ多いし、洗練された回答を送りたかった。僕には僕の及第点があるんだよ。ええ? 僕がカッコつけてる? はあ?


あのさあ。


カッコつけて何が悪いんだよ。


「でもさ母さん、ミラはホラー映画が好きだってさっき言ってたよ、近所のリトルシアターで今ホラーやってたっけ」僕がいうと、ミラは言わないでよ、って恥ずかしそうに言った。唇の端に生クリームがついていた。お前、よかったなあ。何その緩んだアホそうなパンケーキ食う顔。学校行けない方が人生幸せな気がしてきた。


「ホラー?」母さん。


「ホラー」と僕。


「へへ、ホラー」ミラ。


「そんなん映画で見るまでもないよ。」母さんがヘラに残った生クリームをこそげおとして、自分のティーカップに投入した。


「近所を通るじゃん、ホラー。大輝、案外好きでしょ」


「はあ?」俺。近所を通るホラー?


「え、え? ホラーが通るの?」ミラはフルーツティーのマドラーを握りしめて振り回していた。見ていて若干めんどうくさく感じる、女子のなんらかの感情表現。そうゆう時ない? ない? じゃあ、僕がまだ未熟なだけか。


「ミラちゃん、ホラーが好きならね、阿佐ヶ谷にはいくつか出るのよ」


「ゴキュン」ミラの喉が鳴った。


「この家の前をね、たまにね、通るの」


「ホラー」声を出さずに、母さんが口を動かした。




母さん、マジモードやめてよ。そういう目を細めて、誠意を込めて何かを放つのやめてよ。






 僕の家に父さんはいなくて、たまに会うけど銀座とか恵比寿とか、父さんの趣味の店に付き合わされる感じだった。母さんとの間に何があったのかは詳しく知らないけど、父さんに阿佐ヶ谷は合わなかったんだと僕は推測していた。物心ついた時には既に父さんは家にいなかった。寂しいと思ったことは、なくはないけど多くはない。そもそも家族にカウントされてないのかもしれない。学校、母さん、部活の演劇、塾、友達、たまに恋愛。そんなエレメントで生活って満ちていく。たまにしか会わない人のウェイトはわかりやすく下がる。わかる? わかってもらえなくても、別にいいけどさ。


「今、イトコのミラが家にいるよ」父さんに一応ラインしたけど、きっと返信は来ない。ミラはじいちゃんのお気に入りで、父さんはじいちゃんに嫌われてるって、僕は知っていた。


(そう、僕は案外空気読んでる。褒めてもらっていいですよ。)


じいちゃんにはどう返信しよう? あと、女子に風呂の順番ってどう勧めればいいの?


「ミラ、風呂先に入る?」GPTに相談したら、さりげなく話しかければいいって教えてくれた。さりげない、よな? この聞き方。


「ホラーは? 見に行った後にお風呂入った方がお清めにならん?」


わからん、そんなこと。せっかくのホラーさんに綺麗な体で出会ったら?って言ってやりたかったけど、やめた。


「ほん。じゃあ、先に入るわ。使い方、あとで教えるから、タオルの場所とか。どのみちあとで声かける」


「今夜はホラーでないの? 見つけに行こうよ」ミラは僕の勧めた『メダリスト』の1巻を捲りながら、涙目になっていた。うわあ。中学生のイトコが漫画で号泣。でも僕の勧めた漫画で感動したなら、悪い気はしなかった。


「出るかもしれないし、出ないかもしれない」


「出るかもしれないし、出ないかもしれない?」ミラが僕の言葉を反芻した。


じゃあ、玄関先で張るか?


声には出さずに、ミラは頷いた。深めに。




 北野武監督の、『brother』って観たことありますか? 僕は案外好きです。衣装や音楽の派手さのみならず、静かに深まっていく絆みたいなものがすごく良くて。アメリカ西海岸の開放感とはちゃめちゃ感もいいのかもしれない。行ったことない国って夢膨らむ。でもさ、同じ作品を観ている同級生はいなくてさ、なーなー、ねーねー、って僕が話したいことを考えなしに話せる相手って案外僕の世界では少ない。みんなは観た? 北野武の『brother』。…ううん…、聞きたかっただけだよ。他者との共通項って難しいですね。


玄関先に駐車した母さんの車の中にいると、風呂上がりの自分の石鹸の匂いが鼻についた。ついでに、助手席のミラの服に染みついた夕飯の鉄板焼きの香りも。車の革シートの香りが特徴的なせいだ。車内と同じでない匂いが明るみにさらされる。


「で、どんなホラーが通るの? 変質者? お化け?」


ミラは助手席に体を埋めながら、ニンニク臭い吐息を吐いた。母さんの鉄板焼き名物『ニンニク揚げ焼き』。


「どっちでもない。ファンタジーに近い」実は母さんのおやつどきの会話を復習して、阿佐ヶ谷のホラーについて思い当たるものがあった。僕の家の前を通る、阿佐ヶ谷のホラー。


「ファンタジーに近い?」


「ホラーに遠いわけでもない」


「でもファンタジー寄り?」


「お前さ、小銭持ってる?」


「お前ってやめてよ」


ごめんって謝って、僕は自分のポケットを確かめた。財布を自室に置いてきたと気づいた。でも財布があったとしても、中に現金はほとんど入ってなかった。確か、三百円くらい。足りないかもしれないし、そもそもいらないかもしれない。そもそもを重ねていいのなら、そもそもミラを今しがたお前呼ばわりした自分を信じられなかった。緊張してるのか? めんどくさいだけなのか? ニンニク臭いミラが鬱陶しいのか? 全部イエスで全部ノーだった。女子って接する難しい。


「ちょっと財布とってくる」僕は運転席のドアを開けて、車の鍵をミラに託すとドアを閉めた。ミラが窓の向こうで何か言ってた。でも僕には聞こえなかった。


ドアを閉めて、家の方へ戻ろうとすると、背後で気配がした。


ああ、きた。


そう感じた。


静かで、でも華やかな、ピンク色の気配だった。


リン、リン。


控えめな鈴の音が後から付いてきた。


母さんの言う『阿佐ヶ谷のホラー』。




それをホラーだと思ったことは、僕は正直一度もなかった。


先頭に立つのは、細身の男性なのか女性なのかわからない、髪の長い人。


服装は、軍服コスプレみたいだった。


先頭の長髪軍服コスプレが、屋台を扇動していた。


ピンク色のネオンで装飾された屋台だった。


お菓子の屋台。


屋台には詰めるだけ、ネオンのおもちゃと、焼き菓子とキャンディが積まれていた。


アイスボックスも積んであって、カップアイスも売っているらしい。


僕の家の目の前を通って、そのあと飲み屋街近接道路を練り歩く、お菓子屋台。




 絶対にこの屋台Suica使えないよなって。現金だけだよなって。でもいつ焼いたかわからない袋詰めのクッキーに、150円払う人っているんだろうか? 僕は買ったことはない。でも、家の前や近所をお菓子屋台が通ると、静かに眺めてしまうし、目が離せなかった。


 ピンク色の屋台は、僕に会釈すると、一旦屋台を停車させた。(買って欲しいんじゃない、屋台を引くのが重いから、ちょっと休憩。そんな呼吸の伝わってくる鈍くて怠けた、ふう、っていう髪の長い屋台の人だった。)


財布の中身は300円で、財布さえ取りに行けば、心許ないけど何も買えないわけではなかった。でもさ、そもそもさ、そもそも。この屋台は利益追求のために存在しているんだろうか? 幼い頃から見かけるたびに僕は思っていた。母さんに過去聞いたこともあった。僕なりに、薄気味良くない、理解しにくい存在だった。


「母さんは割と好きだけど?」


違うよ、好き嫌いは聞いてなかったんだよ、母さん。あれはなんなの? 説明してもらいたかった。


「もしかしたら、大輝と私にしか見えてないのかもよ?」いやいやいや、そこでマルチーズ散歩させてたおじさんもポカンとお菓子屋台を見てたよ、母さん。


回想はここで終了、僕は出現した菓子屋台を前に、家に戻るのをやめた。


車に残したミラが気になって、ドアミラー越しに確認した。


確認して驚いた。


 嘘だろ。


 ミラは笑っていた。口を開いて、酔ったみたいなうっとりした顔して、お菓子屋台を見つめていた。




お菓子屋台のお兄さん(お姉さんではない気がするんだ、少なくとも今夜屋台を引いている人は)は、再度僕に会釈して、屋台を引き始めた。ピンクの残像が空気中で揺れた。揺れた。そして軌跡を残した。ピンク色。


 僕は運転席のドアを開けて、運転席に戻った。


「感想は?」


ミラはぼうっとした表情で、引き続き口を開けていた。


 僕も幼い頃、初めてお菓子屋台を見た時に似たような顔をしてたんだろうか。それともお菓子をねだったんだっけ。お菓子屋台は毎晩見れる日常的な存在ではなかった。たまに、忘れた頃に、タイミングがいいと見かける小さな非日常だった。


「あれ何?」


僕も昔母さんに同じように聞いたよ。割と好きって答えしかもらえなかった。


「あれは…」


僕はなんて答えよう。そっか、と思いついてスマホを取り出した。


 翌朝の阿佐ヶ谷は、夏が戻ってきたみたいに暑くて湿度が高かった。ミラが言った。


「じいちゃんのせいじゃね?」そう、今朝からじいちゃんが阿佐ヶ谷に来てくれていた。




「じいちゃんが来たせいで、今日阿佐ヶ谷暑いんじゃね?」


ミラがじいちゃんに絡むと、じいちゃんは高らかに笑った。


「やっぱりー?」ワシ、困っちゃう〜、と続けたじいちゃんに、僕が、僕こそが、困ったよ。女子の孫にはそんなタッチなの? 僕に接する時と違う。全然違った。


 昨夜お菓子屋台を見かけた後に、車の中で、僕はじいちゃんの「ワシも阿佐ヶ谷に行こうかのう」のラインに返信を送ったんだ。


「明日にでも来て。賑やかな方がいい気がします」


じいちゃんは愛車の軽トラで静岡から飛んできた。うちのインターホンをじいちゃんが鳴らしたの、今朝。日曜朝7時。


 ミラはじいちゃんを交えての朝食の場で、昨夜見たお菓子屋台の話を始めた。


「え、もう見れたの? どのくらい車内で張り込みしたの?」母さんが驚いていた。そんなに頻繁に現れる屋台じゃないから、当然の反応だと思った。母さんに話しかけられたミラはじいちゃんと話すのに夢中だったから、僕が母さんに答えた。


「多分、15分も待ってない。すぐ来たんだよ。いつも見かける時間より早いかも」


「へえ、珍しい」母さんは目玉焼きを頬張った。


「なんか、なんというか、呼ばれたのかな」


「そゆこというと本気のホラーになるから。やめてよ」僕は母さんにできる限りの小声で言った。ミラはじいちゃんに、お菓子屋台の様子を細かく熱弁していた。たいそうお菓子屋台が気に入ったらしい、口ぶりが興奮していた。


「ピンクのネオンでね、キラキラしてたの。ネオンがね、チカチカ動いててね」


「良かったのう、ピンク色はミラちゃんの好きな色じゃろう?」じいちゃんが自分のプレートに盛られた桃のうちの1切れを、ミラの皿に載せた。なんだよ、それ。いいなあ。女子ってこんなに甘えさせてもらえるものなの?


「ピンクのネオン?」僕は驚いた声を出してみせた。僕なりのホラーだった。


「お前には、え? ピンクに見えたの? ピンクに? 昨日のあれ」僕は続けた。勿論、僕にだってピンクに見えてた。マルチーズがもし昨夜あの場所に居合わせたら、マルチーズにもピンクに見えていたと思うよ。でも僕のプレートにはじいちゃんは桃を分けてくれなかった。じいちゃん自身が、大きな口開けて残りの桃を食べた。しまった、またミラのことをお前って呼んでしまった。どうしたんだ、僕。


「え、違うの?」ミラはフォークを置いた。


「いや、なんでもない」僕はミラのプレートの桃を、手を伸ばしてフォークで刺した。なんとなく。母さんは笑いながら、母さんの桃をミラの皿に移植した。なんなの、この桃交換。


「じいちゃん、ミラにだけお菓子屋台、ピンクに見えてたかもしれん」


「ううん…。そうじゃのう」


「ホラーっぽくなってきたわね」と母さん。


「でも、いいんじゃね?」とじいちゃん。桃を頬張る僕。


「いいんじゃね?」母さん。


「ミラ、ピンク色好きなんだろ」僕の言葉を遮るように、じいちゃんが続けた。


「じゃあ、ミラちゃん専用のホラーってことじゃな」


「また今夜も見れるかな?」


その晩、お菓子屋台は現れなかった。代わりに、翌日は4人で近所の映画館に行った。ミラがこの後、学校に行けるようになったかは、教えない。


(おしまい)

いとことの思い出はありますか?私のいとこは不良のお兄さんが多くて、要らぬ知識を増やしていただきました。女性の力でも、鎖骨は折れる、とか。喧嘩で役立つのだそうです。くだらねー。

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