表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

第9章(後編):「会いたい」と気づいた夜に

夜は、静かに深まっていった。

窓の外では虫の声が、規則正しく響いている。ねねの部屋の灯りは落とされ、スマホの画面だけが薄暗い闇の中で光を放っていた。


遼の声は、その光と同じくらい、彼女の心の奥を優しく照らしていた。


「……ねねちゃんって、声、可愛いんだね」


不意にそう言われて、ねねはスマホをぎゅっと胸元に抱いたまま、布団に顔をうずめた。


「や、やだ……やめてください、そういうの……恥ずかしい……!」


「え、でもほんとだよ。ちょっとした笑い方とか、息の抜ける感じとか、優しいのが伝わる」


「……そんな言われ慣れてないから……あ、でも、遼さんの声も……すごく落ち着くっていうか」


言いながら、言葉に詰まる。


声に出すのが、こそばゆい。

言葉にすることで、気持ちが輪郭を持ち始めてしまうのが、少し怖かった。


けれど──


「ねねちゃん」


「はい……?」


「俺さ、最初にDMもらったとき、ほんとは……女の人だと思ってなかったんだ。アイコンもイラストだし、口調もなんか、すごく上手に合わせてくれてたし。男の人かなって、しばらく思ってた」


「……うん、知ってた。なんとなく、気づいてた」


「ごめんな」


「ううん、ぜんぜん」


そうして、しばらく二人は黙った。

でも、その沈黙は、不安ではなかった。むしろ、優しい余白だった。言葉を探す時間が、お互いを近づけていく。


「俺ね、思ってたんだ」


「……?」


「なんで、こんなに、気になるんだろうって。……顔も知らない、声も聞いたことない、性別も年齢も分からないはずの人が、なんでこんなに気になって……何気ない投稿が、返信が、DMのやりとりが、こんなに楽しみなんだろうって」


ねねは小さく息を飲んだ。


「俺、きっと……最初から、君を見てたんだと思う。イラストを通じて、文章を通じて、誰よりも誠実で、誰よりも、誰かを喜ばせたいって思ってるその心を、見てたんだと思う」


「……」


「気がついたら、一日の中で、君の言葉を探してる自分がいた。君が今日、どんな投稿をしたか、誰と絡んでたか、どんな気持ちでいたのか……そんなことばっかり考えてて、俺……バカだなって思った」


「……バカじゃ、ないです」


ねねの声が、小さく震えていた。


「ねねも……同じだったから」


ぽつりと、ねねは呟いた。


「ねねも……、朝起きて一番に、遼さんのアカウントを見に行くし……いいねされたら嬉しいし、DM来てたら、ドキドキするし……その返信、何度も読み返して……」


スマホを持つ手に、少し汗をかいていた。


「……でも、それが『恋』なのかどうか、わからなくて。だって、現実の人間関係と違って、見えてるのはほんの一部だけで、ほんとの自分、どこまで出せてるのかも自信なくて……」


「わかるよ」


遼の声が、ゆっくりと重なった。


「でもさ。見えてるのが“ほんの一部”でも、その一部の中に、“誰かのすべて”が詰まってることもあるんじゃないかって……俺は、思うんだ」


ねねは、その言葉を何度も頭の中で繰り返した。


──“ほんの一部に、すべてが宿る”。


不意に、胸が熱くなった。


「遼さん……」


「ん?」


「……ねね、いま……会いたいって思っちゃった」


静寂の中、その一言がふわりと空気に浮かぶ。


遼は、すぐには返事をしなかった。

でも、スマホ越しに、その息遣いが確かに変わったのを、ねねは聞き逃さなかった。


「……俺も、思ってた」


「え?」


「こんなふうに声を聞いて、名前を呼んで、笑い合えるようになって……ますます、会いたくなった。画面越しじゃなくて、君の表情を、ちゃんと見たいって……心から、そう思った」


何かが、音もなく、胸の奥でほどけていく。


もう「気のせい」でも「勘違い」でもなかった。

これは──恋だ。


知りたいと思うほどに、その人が遠くに感じて、

遠くにいるはずなのに、その人が誰より近くに感じて。

この矛盾が、切なさとなって、今夜の心を満たしていく。


「……会おうか、いつか」


遼の声は、今まででいちばん優しかった。


「無理にとは言わない。怖くなったら、いつでもやめていい。だけど……会って、笑って、普通に、隣にいて……そんな時間を、いつか、君と過ごせたらって」


「……うん」


ねねの目には、涙がにじんでいた。


「ねねも、そう思ってる……ほんとに、思ってる」


その夜。

二人の心は、確かに「想い」を知った。

そしてその想いは、「会いたい」に変わっていく。


まだ不安はある。

年齢差も、距離も、現実の壁もある。


けれど、それ以上に、惹かれ合う心があった。


そして、恋は──始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ