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第8章「心の距離、声の温度」

画面を越えて、まっすぐに伝えた自分の「顔」と「言葉」。

そこにはもう、嘘も遠慮もなかった。


次に踏み出す一歩を、心の中でそっと描きながら、

ねねは、眠りにつくまで何度も、遼の写真を見返した。


日曜日の朝。

札幌の空はどこか頼りなく、灰色の雲がゆっくりと流れていた。窓から入る光は薄く、まだ夏には遠い冷たい風が、ねねの部屋に静かに入り込む。


「遼さん……起きてるかな……」


ねねはベッドの上、毛布にくるまりながらスマホを握っていた。

画面には、遼が昨夜送ってくれた自撮り写真。穏やかな目元と、少し照れたような笑顔。そして、写り込んだ部屋の背景には、本棚とモニター、AIイラストのポスターが整然と並んでいた。


“これが、あの遼さんなんだ……”


SNSで知り合って、長い時間をかけて築いてきたやり取りの相手。その存在が、画面の中で急に“リアル”になった。

声も、匂いも知らない。でも、彼の部屋を見て、彼の表情を見て、そこに“確かに生きてる誰か”を感じるようになっていた。


「もっと、話したいな……」


その想いが、朝の静寂の中でひときわ大きくなっていく。


一方、福岡の街にも同じように、ゆっくりと朝が訪れていた。

遼は、コーヒーメーカーの前で腕を組んでいた。

昨夜、ねねから送られてきた写真──可愛い表情で、少しだけ不安げに笑う彼女の姿が、ずっと頭から離れなかった。


「……本当に、可愛い子だな……」


だがその想いと同時に、胸の奥に静かに膨らむ葛藤があった。

年齢差。地理的距離。そして、SNSという匿名の世界。

もし、現実の世界で出会っていたなら、果たして自分は彼女の視界に入れたのか。

言えなかったことが、まだある。


──声を聞いたら、どう思うだろうか。

──しわがれた中年男の声に、幻滅するんじゃないか?


そんな弱気な自問が、朝の静寂の中で何度も繰り返された。


ピロン。


スマホが小さく鳴る。

ねねからだった。


ねね:「おはようございます☀ 昨日、遼さんが送ってくれた写真、いっぱい見返しちゃいました。

なんか、やっぱり……優しそうで、安心しました^^」


遼は、思わず吹き出してしまった。

そんな風に、素直に言ってくれる彼女の言葉が、どれだけ救いになったことか。


遼:「おはよう。写真、そんなに見返してくれたの?笑

……ちょっと照れるな。でも、嬉しい。ありがとう」


ねね:「うちね、ふと思ったんですけど……

声、聞いてみたいって思っちゃいました」


その一文に、遼の指が止まった。

ついに来たか、とも思った。だが、予想していたよりも早かった。

音声通話。今まで、DMだけだった関係が、いきなり“声”という距離に近づこうとしている。


だが、ねねは続けてこう言った。


ねね:「でも無理には言わないです^^

遼さんが、もし嫌じゃなかったら……

うち、ちょっとだけ、遼さんの声を知りたいって思ってます。

声って、その人の雰囲気とか、もっと感じられる気がして」


遼は、静かに息を吐いた。

どれだけ自分が、自分の“声”にコンプレックスを持っていたか──ねねには伝えていない。

だが、この一文にあった「知りたい」という気持ちが、自分を拒絶しているものではなく、もっと自然で、純粋な好奇心から来ていることが伝わってきた。


そして、ふと彼は気づく。

──彼女のほうが、ずっと勇気を出してきてくれていた。


写真だって、下着姿を見せるというリスクもあった。

年齢のことも、性別のことも、全部乗り越えてここまできたのは、ねねのまっすぐな想いがあったからだ。


自分も、もう一歩、踏み出す時かもしれない。


遼:「……少しだけ、待ってくれる?

今日、夜に少しだけでも話そうか。

緊張するけど……俺も、君の声が聞いてみたいと思ってた」


送信ボタンを押すまで、心臓がドクンと大きな音を立てていた。

スマホの画面を閉じた後も、その余韻は残り続けていた。


夜。

それは、特別な時間だった。


ディスコードの通話ボタンを押す前に、何度も息を整え、心の準備をする。

ねねも同じように、ベッドに座って、髪を整えて、イヤホンをつけながら「変な声じゃないといいな……」と呟いていた。


そして──


ピロン。


接続の音。


「……こんばんは」


「……あ、こんばんは、遼さん……」


最初の数秒は、沈黙と、息の音だけ。

でも、それはどこか優しい、穏やかな沈黙だった。


「……遼さんの声、思ってたより、落ち着いてて、好きかも」


「……君の声も、すごく可愛いね。思わず笑っちゃったよ」


そのやり取りが、まるで心をほどいていくように。

彼らの間の距離は、静かに、しかし確かに、縮まっていった。


「もっと話したい」

その言葉を胸の中にしまいながら──


二人は、夜が更けるまで、声で繋がったまま、他愛もない話を交わし続けた。

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