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第2章 えっちで可愛いキャラを

最初は、ほんの軽いやり取りだった。


ある晩、仕事を終えた遼が、いつものようにパソコンを立ち上げ、SNSの通知を確認すると、ひとつのリプライが目に留まった。


「AIイラスト、いつもすごく可愛いですね」


アイコンは、小さな猫耳のついた女の子のイラスト。ユーザー名は @ne_ne_727——プロフィールには、「AIイラストを見るのが好き」などが書かれていた。


「ありがとうございます。趣味でやってるだけですけど……^^」


遼は軽く返信を返した。フォロワーの中では珍しく丁寧で、どこか柔らかい言葉づかいの人だな、という印象だった。


「ファンタジー系、特に好きです。小悪魔っぽい子とか」


そんなリプが返ってきたのは、そのわずか数分後だった。


ああ、やっぱり好みが似てるかも。遼は少し笑って、日課のようにイラストを1枚アップした。淡い水色の髪に、虹色の目をした妖精の少女。特に狙ったわけでもなかったが、その投稿にもすぐに“いいね”がついた。送り主は、やはり @ne_ne_727——ねね、だった。


そうして数日、軽い会話のラリーが続いたある夜、彼女から一通のDMが届いた。


「もしよければ……えっちで可愛い小悪魔キャラ、描いてみてもらえませんか?」


一瞬、遼の手が止まった。


“えっちで可愛い”。


文字だけを見れば、それは警戒心を抱かせるには十分なフレーズだった。だが、同時に送られてきたメッセージが、その緊張をふっと緩めた。


「下品なのじゃなくて、あくまで可愛くて、ちょっとだけドキッとするような……

そんなのが好きで。

遼さんのセンスなら、きっと素敵に描いてくれる気がして……^^」


その言葉に、遼の心がわずかに揺れた。彼の中にあった“描くこと”への純粋な気持ちが、誰かの好みに届くかもしれない、という高揚感に包まれた。


「わかりました。ちょっと挑戦してみますね」


そう返したのは、返事を急いだからというよりも、自分でもどこかでその世界を見てみたかったからだった。


数時間後——いや、実際には途中で何度も悩み、作り直し、プロンプトの微調整を繰り返し、ようやく満足のいく1枚ができあがった。


それは、黒い小さな羽と悪戯っぽい尻尾を持った、小悪魔風の少女。

赤い瞳に、片目を閉じた挑発的なウィンク。

唇にはほんのり微笑み。

フリル付きのミニスカートは短めながら、決して下品ではなく、“見せないことで魅せる”絶妙なバランス。


——彼女が言っていた、“えっちで可愛い”。


まさに、そういう雰囲気だった。


画像を送った後の反応は、予想以上に早かった。


「えっ、可愛い!!めっちゃ好みです!

こういうの!こういうのが見たかったんです!」


その言葉に、遼の胸が不意に熱くなった。


イラストを褒められることはあった。でもそれは、いいねの数やリツイートの量、もしくは機械的な言葉のやりとりでしかなかった。


でも、ねねのその言葉には、“心からの反応”が詰まっていた。彼の作品に対して、誰かが「好きだ」と本音を伝えてくれた。

それだけで、自分の存在が少しだけこの世界に刻まれた気がした。


そこから、ふたりのやりとりは急に密度を増していく。


「次は、表情にもう少しだけいたずらっぽさを入れてもらえたら嬉しいかも」


「髪をもう少し長くして、ふわっとした感じってできます?」


「もっとくびれを強調した体型……って、できたりします?」


——まるで、一緒にひとつのキャラを育てているようだった。


ねねのリクエストは、具体的で、でも決して強引ではなく、遼の創作意欲を絶妙にくすぐってくるものだった。

年齢も性別も、顔も声もわからない。

だが、その匿名の画面の向こうに確かに「感性」が存在していることが、彼にとって何より嬉しかった。


何よりも——


「なんか変なこと言っちゃったかも……ごめんなさい。

気にしないでくださいね。^^」


そう言ってくれる“ねね”の言葉が、遼の心の奥に、優しくしみ込んでいった。


孤独で静かな夜。

暗くなったモニターの前、誰とも話さずに過ごすことが当たり前だった日々。

その中で、名も顔も知らない誰かとのやりとりが、こんなにもあたたかく、自分の人生に色を与えるとは——。


遼はまだ、この感情の名前を知らなかった。

でも、確かに、誰かと“つながっている”という感覚があった。


その夜、彼は次のイラストの構図を考えながら、何度もねねのメッセージを読み返していた。

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