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第3話 願い事

 一体、どれくらいの年月が流れたんだろう。


 初めて会った時のマイちゃんは女の子って感じだったけど今はしっかり大人って感じだ。


 毎日、朝早くにお仕事に行って、夜遅くに帰ってくる。

 

 大好きで毎日弾いていた、ピアノにはカバーが掛けられて、いつ弾いたのかもわからない。


 笑う顔は昔と一緒だけどしんどいみたい。


 よく寝る前にボクを抱き締めて泣いちゃうんだ。


 助けてあげたい。


 でも、ボクには。


 ぬいぐるみのボクには黙って抱き締められることしかできない。

 

 とうとう、どんな時も仲の良かったお父さんとお母さんと喧嘩をしちゃって部屋から出なくなった。


 原因はお仕事らしい。


 いっぱい頑張って、頑張って、頑張って来たけど。

 上手くいかなかったんだって。


 優しいお父さんとお母さんは寄り添ってくれたけど。

 それが情けなくて、当たちゃったみたい。


「ゔぅ……ごめんなさい、ごめんなさい」


 今日もお仕事を遅くまでして、自分の部屋でボクを抱き締める。


 謝らないで、大丈夫だよ。

 お父さんもお母さんもちゃんとわかってくれてるよ。


 だから、そんなに泣かないで。


 謝らないで。


 ボクもそばにいるよ?


「私……必要とされていないのかな……」


 必要だよ? ボクにとっても、お父さんやお母さんにとっても。

大切で大好きな人だよ?


「情けないよね……何の為に……何の為に生きているのかな……」


 マイちゃんの涙が一雫ボクに落ちる。


 かなしい。どうしたらこの涙を拭えるんだろう。


 なんで、ボクはマイちゃんを抱き締めてあげられないんだろう。


 胸が張り裂けそうだよ。




 ☆☆☆


 

 

「すぅ……すぅ……」


 マイちゃんの寝息が聞こえる。


 どうやら寝れたみたいだ。


 だけど、このままじゃ……。


「ごめんね……マイ」


「俺もどうにもできず、すまない」


 扉の向こうからお父さんとお母さんのかなしむ会話が聞こえる。


 二人ともマイちゃんのことを思っているのに、マイちゃんもお父さんとお母さんのことを思っているのに。


 好きっていう気持ちがぜんぜん伝わらない。


 そうだ。


 昔、おじいさんとおばあさんがお話してくれたお星様にお願いするのをやってみよう。


 確か、夜空に向かってお願いするんだっけ?

 でも、カーテンが閉められていて夜空は見えないよ。

 どうしよう。


「うぅぅ……んふぅ……」


 あ、マイちゃんの手がカーテンに触れてズレた。


 今なら、このベッドからでも見える。


 よし、願いごとをするぞー!


 夜空に輝くお星様。


 一生に一度のお願いです。


 大好きなマイちゃんとお父さんとお母さんを抱き締める力を下さい。


 みんなが心から笑顔を咲かせるまでで充分です。


 お願いします。


 ボクはお星様に願い事をした。


 すると、そのお願いに応えてくれるようにタイミング良く夜空に星が流れた。




 ☆☆☆




 小鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 どうやら知らない間に……寝てしまったみたい。

 

 あれ? 寝てしまったって……どういうことだろう?

 ぬいぐるみのボクは、寝ないよね……。


 なんとなく、動くはずのない体を起こそうとしてみる。

 

 いつもより体が重い……あれ? 体が重いってどういうこと?


 もう少し力を入れてみる。


 おお! 見える景色が変わった。

 ベッドじゃなくて机とピアノが見えるや。


 自分の体に目を向ける。


 見覚えのある薄ピンク色の丸みを帯びたものがある。


 間違いないボクの体だ。


 今度は手を動かしてみる。


 ニギニギ。


 うん、動く。


 次は足を動かしてみる。


 バタバタ。


 うんうん、ちゃんと動く。


「すぅ……すぅ……」


 隣には寝息を立てているマイちゃんがいる。


「あー」


 うわ! 声も出る!


 って、ことは……?


「やったぁぁぁーーーーーーー! ボクのお願い叶ったぁぁぁーーーーー!」


 喜びが抑え切れず、ベッドから飛び降りて、ひたすら部屋の中を走る。


 めいっぱい腕を振って、足を上げて。


 走るって気持ちいい。


 動けるって楽しい。


「えっ!? なにっ?! 火事?! 地震?!」


 マイちゃんが飛び起きる。


 しまった。マイちゃんが起きちゃった。


 今日はお休みだったよね?


 どうしよう……あ、そうだ! まずは挨拶だ。

 

「マイちゃん、おはよう〜!」


 元気良く、腕をあげる。


 ウィンクのおまけ付き。


 だけど、マイちゃんの反応は今ひとつだ。


 初めて会った時のように、目を見開いている。


 いるけど、首を傾げ、瞼を擦ったり、キョロキョロと周囲の様子を確認している。


 そして、じぃーっと見つめて頷くとお布団に潜った。


「なんだ夢か……」


 むう……夢なんかじゃないのに。


 よく寝れているのは、嬉しいけど。


 夢で片付けられるのはちょっぴりかなしい。


「マイちゃん、起きて! お休みのところごめんだけど……起きて! クーちゃんだよ?」


 ベッドに飛び乗ってマイちゃんの体を揺らす。


 でも、マイちゃんは起きようとはしない。


「そんなわけないでしょ? クーちゃんはぬいぐるみなんだから……寝かしてよ!」


 揺らしたボクをはね退けて、布団を被り直す。


「ぬいぐるみだけど、動けるようになったんだよ? ほら、みてみて!」


 ベッドの上で、跳びはねる。


 ――ぴょーんぴょーん!


「わわっ! ベッドの上で跳ねるってこんな感じなんだ! 見ている景色が上にいったり下にいったりしてるー! 楽しいや」


「だから、寝かしてよ! クーちゃん!……って、えぇぇぇーーーーーーー?! なんで?!」


 ようやく起きて、ボクの存在を認めるマイちゃん。


「ふふっ、気付くのが遅いよー! だから、お星様にお願いして叶ったんだよ! あ、そうだ――」


 ボクは、跳びはねるのを止めてマイちゃんにくっつく。

 そして、一番したかったことをした。


「――マイちゃん、大好き。ボクには君が必要だよ」


 自分の腕でめいっぱい抱き締めるってことを。

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