「りゅ、龍王」
我の手を取り、後方へと走り出したタケ。
ダンジョンウルフ相手に背を向けて逃走はあまりにも愚の骨頂。
「馬鹿者!死にたいのか!」
我の叫びに、そのまま走るタケは答える。
「王子!人です!人がいます!」
その言葉に視線を後方へ向けると、確かにローブを被った何者かがこちらに向かって歩いてきていた。
成程、その者に助けを求めるのか。よくぞ気づいた、タケよ!
だが何故だろう、我はその者に近づくにつれ背筋が凍るような感覚を覚える。
その瞬間だった……。
その者は手のひらをこちらに向けると……真っ直ぐに炎を打ち出した。
まずい!
我は即座にタケの手を横に引き、自分諸共真横へ転がり込む。
我らが避けた炎は、後方のダンジョンウルフたちに直撃する。
すると僅かな悲鳴と共に、ダンジョンウルフが燃え尽きた。
あの巨大なダンジョンウルフを一瞬で灰に変えただと?
つまり先ほどの火炎にはそれほどのエネルギーがあったはず……。
だが横をすり抜けた時、そこまでの熱さを感じなかった。
つまりエネルギーに全く無駄な発散が無く、ダンジョンウルフに届いたということだ。
そこまで高等な魔術は聞いたことない……。いや今のは魔術だったのか?
我がまた正面に視線を向けると、すぐ近くまでその者は迫ってきていた。
緊張が走る。
その者が出す威圧感に、息が詰まる。
この者は一体……。
明らかに冒険者じゃない…………。
隣に目を向けると、共に転がったタケがゆっくりと上体を起こしていた。
改めて正面の者に目を向けて、我は重い口を開く。
「何者か存ぜぬが、助かった。感謝する」
我の言葉に、ローブの男はチラリと見える口角を上へとあげた。
「クハハ、我が誰か分からぬか。……ではこれならどうだ?」
その者はゆっくりとローブのフードをとった。
…………我は戦慄した。
浅黒い肌に、赤のグラデーションがかかった白い髪。
その隙間からは真紅の角が伸びでいる。
そして縦に伸びた瞳孔を持つ目。
間違いない……。見たことはないが、名前を知っている。
この特徴を持つ者を……。
救世の英雄譚を知る者で、この者を知らない者はいない……。
かつての勇者が勝てず、封印するのみにとどまった最悪の厄災。
「りゅ、龍王」
そう口から漏れた我の言葉に、龍王はにやけた表情を見せた。
龍王…………。
それはかつて救世の英雄達がまだ旅をしていた時代。
魔物を統べる魔王は明確な脅威であり、人類の敵だった。
だが龍王は一味違う。
かの王は自由気ままに他の生物を殺す。
機嫌が悪ければ殺し、機嫌が良くても殺す。
唯一心を許した魔王の言葉にのみ耳を傾ける。
そんな存在だった龍王を人々は脅威とは呼ばなかった。
『人類最大の厄災』
龍王はあまりの強さに、英雄達も倒すことができなかった。
その為誰も知らない秘境に封印した。
それが救世の英雄譚で語られた龍王という存在だ。
どうする!?
我らが龍王に敵う筈なし……。
最早ここまでか?
いや違う。
少なくとも龍王は我の言葉に返事を返した。
つまり対話できる。対話の意思がある!?
ならば……!
「龍王殿であられたか。
先程は助かった。我の名はアルトバス・ホーミタイト。ホーミタイト王国の第一王子である」
我は言葉に合わせて、右手を差し出す。
友好的に接するのが勝機!
龍王はその仕草の意味を知っていたのだろう。
ニヤけた顔の口角をさらに吊り上げ、我の右手を取る。
「そうかそうか!
ホーミタイト……なぁ。あの勇者の末裔か。
面白い!我とまた戦いにきたのか?」
その言葉と同時に、周囲に緊張した空気が張り詰める。
まずい、怒らせたか?
いや怯むなアルトバス!相手は龍王!
敵う敵わないじゃない!!
お祖父様が命懸けで相対した相手に逃げ腰なぞ恥でしかないぞ!!
そうだ。何が友好的だ!我は勇者の末裔!!
王族は残り高くあれ!
「いや、あくまで助けてもらったお礼を伝えたまでだ。
だがもし其方が、まだ人類に牙を向けるというのであれば……我は其方に刃を向けよう」
我の言葉を聞いた龍王は、少し目を見開いた後……口を大きく開けた。
「クハハハハハハハハハハハ!
そうかそうか!ではこの場で散るのもやむなしというわけだな!」
「王族たるもの……惨めに生き延びるのでは無く、誇りを守って死ぬ!」
…………我は剣を抜く。
――――――――――――――――――――――――
ここはおそらくダンジョンのほぼ最深層なのだろう。
そしてこちらは竜種の一体であろう、見たこともないワイバーンを倒した私とセバスさんは……小さな脇道を歩いていた。
「流石フウカ様。あの地竜を前にあれだけ動けるとは……。恐れ入りました」
「……ほとんどセバスさんが討伐したじゃないですか」
「ふふふ、いえいえ。私ではあの硬い鱗は手に余ります」
以前から強いのは分かっていたが、この人あまりにも強すぎる。
いち執事が身につけるスキルを超えている気がする。
なんだろう……早い。あまりにも太刀筋が速すぎる。
速いが……振り方に違和感を感じる。
使っている剣はレイピアの為、軽く素早いのはわかる。
だがなんていうんだろう。
元々レイピアを使っていた太刀筋じゃない。
突き刺すより切り裂く……または叩き潰すような動かし方だ。
なんでこんなチグハグな戦い方をしているんだろう。
そして……それなのにあまりにも強い。
いや、今この人の強さはいい。それよりこの道だ。
明らかに人が通るために作られた、人造の道。
こんなダンジョンの最奥に?なんのために?
そんな私の疑問は、すぐに回答されることになる。
「ここです、フウカ様」
そう言って到着したのは、ワンルームほどの小さな空間だった。
そこにあるのはたった二つの物……いや者だった。
――――――――――――――――――――――――
「ハァ、ハァ、ハァ……」
肩が上がる。口の中に血の味が滲む。
汗が目に染みる。軽い酸欠で頭が痛い。
「大丈夫か!ミール!」
俺の声に反応して、ミールがサムズアップする。
まだ少し余裕はありそうだが、声はもう出ないらしい。
あれから何時間くらい戦い続けているのだろうか。
一体一体は脅威ではない。だがあまりにも数が多い。
何体ものスケルトンを切りすぎて、剣がもうそろそろダメになりそうだ。
もともとスケルトン相手に剣はあまりいい武器とは言えない。人骨はそれだけ硬いのだ。
何度も切っていると剣がすぐにダメになる。
本当は打撃武器の方がいい。
おそらくフウカだったら何体来ようが、あっさり切り捨てるだろう。そして刃こぼれなんてほぼしないんだろう。
……だが俺の今の腕前じゃ、流石にそうとはいかない。
そしてスケルトンのようないわゆるゾンビ種と呼ばれる魔物は、軒並み魔法耐性が高い。
そして場所は苦手な閉所。なのにこれだけ戦えているミールはやはり天才なのだろう。
だが苦手な者は苦手だ。かなり疲労している。
今こそ一旦波が落ち着いたが、また大群で襲ってくる可能性は高い。それがモンスターハウスだ。
切り抜ける方法は一つ。階段のある部屋を見つけることだ。
だが、そこにはボス個体と呼ばれる強敵がいる。
…………いや、進むなら今のタイミングしかない。
俺が手招きすると、ミールも意図を察したようだ。
重い腰を上げて、立ち上がる。
ゆっくり歩みを進めた俺たちは、案外さっくりと階段の部屋を見つけた。
見つけたのだが……。
「くっそ、まじかよ。
ワイバーンゾンビは聞いてねーぞ」
そこにいたボス個体が、まさかのワイバーンゾンビだった。
ワイバーンゾンビ。
骨だけになったワイバーンという見た目の魔物だ。
本来のワイバーンは空を飛び、火を噴いたり水の吐いたり……そんな戦い方をする生き物だ。
だがワイバーンゾンビは羽を失っていて飛べない。
火炎袋も水袋もないため、ブレスも吹けない。
だがワイバーンの頃からの膂力は現在。
さらに肉を失った為か、速度が通常種よりはるかに速い。
そしてゾンビ種になったが為に、痛みなどで怯んだりもしない。
つまり非常にやりたくない相手だ。
一応ワイバーンならソロで倒せる。経験もある。
だが、それは体力が万全の場合だ。今の疲労状態でやるのは御免被りたい。
でもやるしかない。
「ハハハ、いいねぇ。面白くなってきた」
俺のそんな呟きに、ミールがすごい顔をしている。
俺は逆境に燃えるタイプなんだよ!
さてどう攻略したものか……。考えろ。
火力的にはミールの方が高いが……いや一つやってみたい手がある。試してみるのもいいな。
そんなことを考えていた俺を、ミールが後ろから揺らしてくる。
「なんだよ。集中してるのに……もしかしてスケルトンの群れが来たか?」
「ち、違う!まずいよ!」
「なにがだ?」
「あ、あいつがくるの!」
「はぁ?何が来るってんだ!?」
あまりにもいつもと違うミールの様子に困惑する。
何かにすごい怯えているような……。
「も、もうダメだ!」
泣きそうな声でそう叫んだミールの声と同時に、後ろで轟音が響く。
慌てて振り向くと、先ほどまでそこにいたワイバーンゾンビが消えていた。
そのワイバーンゾンビがいた地面は、ガラスのように焼けて光っていた。
え?何が起きた?
俺が困惑していると、コツンコツンと下へ続く階段から誰かが登ってくる音が聞こえてきた。