「フウカ様。ご安心ください。私に悪意はございません」
私はゆっくりと剣を抜き、先ほどまで信頼していた人物へと切先を向ける。
「どういうつもりですか?セバスさん」
私は見た。見てしまった。
イルゼンさんを先頭にみんなが進んでいく最中、セバスさんが突然壁の窪みに手を伸ばしたのを。
その瞬間足元に転移の魔法陣が作動したのを。
ダンジョンには時たま、ワープトラップと呼ばれるものがある。
何を基準に動作するのかは未だ不明。
突然足元に転移魔法が作動して、ダンジョン内のどこかに飛ばされるというものだ。
だか明らかにおかしい。
先ほど言った通り、このトラップは発動条件がわかっていないのだ。
だが今明らかにセバスさんは、自分の意思で足元にトラップを発動させた。
つまりセバスさんは少なくともこのトラップの原理をわかっているということだ。
そしてわざわざ発動させ、前の四人をどこかに飛ばした。
「セバスさん。何が目的なのですか?
早くみんなと合流させてください。冗談ではすみませんよ?」
剣を握る手に力が入る。
私はこの人を信じたい。
この人は尊敬するタケ隊長の父親同然の人だから。
だか明らかに今の行為はみんなを罠に嵌めたとしか思えない。
怒る私の目線を受け止めるように、セバスさんは目を合わせながら問いに答えた。
「フウカ様。ご安心ください。私に悪意はございません」
「じゃあなんでみんなを罠に嵌めたんですか?」
「少し言い方に語弊を感じますが、理由は二つ。
まずアルトバス様とタケには目的であるとある人物に会ってもらいます。
あの二人だけで会ってもらわないといけないので、私たちはついていけません。
そしてイルゼン様とミール様ですが...この二人には少し修行をしてもらいます。
あの二人が飛んだ先にはまだ二人では対処できないような脅威があります。
そこで私とフウカ様で迎えにいくまで生き延びてもらいます。
それぐらいできないと今後が大変ですので。
そして……フウカ様は私とあるものを見にきてもらいます。
正直危険ですし、辛いです。
ですが貴方には来てもらわないといけない。
そして知ってもらわないといけない。とある事実を……」
「事実?何の話ですか?」
その問いに少し辛そうな表情でセバスさんは答えた。
「……行方不明である貴方のお師匠。アヤメ様についてです」
その名前に、思わず構えた切先がブレる。
なぜセバスさんがそのことを知っている。
師匠についてはこの人どころか親衛隊の皆さんにすら話したことはない。
アヤメ様はあの『救世の英雄譚』に出てくる女剣士その人であり……孤児だった私を拾って育ててくれた母のような存在だ。
ずっと一緒に暮らしていたのに...2年前に突然失踪した。
その師匠の行方を探すために、私は兵士を目指したのだ。
「な、なぜ私の師匠を知っているのですか?」
「着いてきたら自ずとわかりますよ。
ほら、のんびりしていると本当にイルゼン様とミール様が死んでしまいますよ?」
私は一度剣を構えたまま答える。
「わかりました。行きましょう。ただこのまま連れて行ってください」
「ふふ、ええ構いません。
ただフウカ様、あのように油断していてはダメですよ?」
悔しいが言葉の通りだ。
まだ一階層、特に危ないことはないだろうと油断していた。
だからこそセバスさんのこの凶行を止められなかった。
歯を食いしばりながら、私は先を歩くセバスさんに着いて歩いた。
――――――――――――――――――――――――
不味い、非常に不味い。
「ミール!左頼む」
「はい!」
迫り来るスケルトンを倒しながら、俺は思考する。
ダンジョンウルフ撃退後、俺たちの床に青い光がまた足元に発生した。
「あぶねぇ!」
思わず俺は王子と隊長を魔法陣の外に追い出した。
その結果俺とミールだけがさらに違う層へと飛ばされてしまった。
……やばいよなぁ。まずいよなぁ。
護衛対象である陛下と一緒に残してきたのが、よりにもよってあの隊長である。
戦闘訓練ではゴブリンにボコボコにされ、野営の見張り時にはジャイアントボアに逃げ回ってた隊長だ。
あの階層にいたダンジョンウルフに勝てるはずが無い。
…………でもなんでだろう。
ボコボコにされたあと何故か一緒にゴブリンと肉を食ってたし、逃げ回った後ジャイアントボアの背中に乗って森を走り回っていたあの隊長なら……もしかしたら大丈夫かもしれない。
ダンジョンウルフとも仲良くなって、ボールでも投げて遊んでるかもしれない。
ダメだ。ピンチすぎて思考まで現実逃避し始めた。しっかり集中しろ!
どんどん迫り来るスケルトンを倒していく。
こんなに雪崩のようにくると言うことは、おそらくモンスターハウスに当たったのだろう。
あまりにも転送運が無さすぎる。
それに…………
「おいミール!大丈夫か!」
「…………」
「ミール!!」
「あ!ごめん!大丈夫!まだやれる!」
ミールがそろそろ限界だ。
元々魔法使いはどうしてもダンジョンなどの閉所が苦手な存在だ。
魔法とは威力の高いものほど、派手な破壊力をしていることが基本だ。
何故なら大きな魔力を小さい範囲で使うことは、非常に難しいからだ。
だがダンジョンなどの閉所でそんな高威力の魔法を使うと、最悪生き埋めである。
つまり魔法使いにとってダンジョンはものすごく神経を使う。
さらにミールはダンジョンに入る前から明らかに様子がおかしかった。
隊長から深層にはミールを降ろさないようにと言われていたのに……いや今後悔しても仕方ない。
それにあのワープトラップ。あまりにも不可解だ。
ダンジョンでは時たま現れると言われているワープトラップを2連続で足元に引くなんておかしい。
あり得ないとはいえないが、俺の勘が違和感を訴えている。
まさかセバスさんが起動した?
この起動の仕組みがわからないとされているワープトラップを?
…………いや今はいい。とりあえずこの不調の味方を抱えて、隊長たちと合流を急がないと!
「ハハハ……!」
久々の苦境に笑えてきた。だが乗り越えよう。
隊長にまだ酒を奢ってもらってないからな!
俺は剣を握る手に力を込めて、近づくスケルトンたちの地響きに身構える。
――――――――――――――――――――――――
拝啓、院長様。子供達。
少し遅くなりましたが、私武上信也。
そろそろそちらに行きますね⭐︎
現在の状況。
前門から先ほどのよりさらに大きな狼が、子分を4頭くらい連れて迫ってきております。
あれあれだよね?ボス個体みたいなやつだよね?
それに対してこちらはホーミタイト王国の第一王子ことアルトバス・ホーミタイト様と、ピアノが特技の元孤児院職員が1人。
詰んだかな?詰んだよね?……GG。
いやまだほんの少し希望はある!
「王子……あの狼に勝てます?」
「2対5はかなり厳しいと言わざるおえないな」
すみません。2対5じゃなくて1対5です。
辛うじて幸運なことといえば、ミールの魔法がまだ生きていること。
つまり緊急用に持っていた松明の光だけで、周りがしっかりくっきり見えているのだ。
…………まあ、だからってこの状況がどうにかなるとは思えないが。
「ところでタケよ。お前は魔物相手が不得手というが……どの程度不得手なのだ?」
「ゴブリン1匹にボコボコにされます」
「……………………そうか」
あ、絶望しました?王子。
「では、華々しく散るとするか」
王子は覚悟を決めたようだ。
だが残念だったな王子!人間死の危険に瀕すると、普段以上に五感が冴えるらしい!
俺は後方から近づく足音に気がついた。
振り向くと、確かに人影が近づいてきているのがわかる!
剣を持つ王子の手を引き、俺は全速力で後方へと逃げた。
ヘルプミー!そこの人!!