「『救世の英雄譚』と言う物語を知っているか?」
「ふむ、いい酒だ」
グラスに口をつけた王子の一言目である。
「そうですよね!コト村の酒場で仕入れてきたんですよ!陛下と呑んでみたくて!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいものだな。
我もこうしてお前たちと腹を割って話してみたいと思っていたんだ」
おー王子も同じ気持ちでしたか!
ならどんどん話聞いちゃおっと!
「そう言ってもらえると親衛隊冥利に尽きるってもんですよ!
ところで失礼だったらアレなんですけど、王子っておいくつなんですか?」
「我は今年で22の代だな」
ということはイルゼンと同い年か一個下なのか。
うちのメンバーは
セバスさん>>>>越えられない壁>>>>俺>>>イルゼン=王子>ミール>フウカ
って感じの年齢差なのか。
セバスさんは離れすぎてて気にならないが、俺はなんか浮いてるなぁ。
「そういうタケは今年で30だったか?」
「おお!よくご存知で!と言っても色々あって昔の記憶はあんまりないんですけどね」
「ん?そうなのか?」
「はい!何かの事故にあったところをセバスさんに助けてもらったらしいんですけど……その影響か以前の記憶がかなり曖昧で」
もちろん嘘である。
と言うのも異世界転移なるものが万人に受け入れてもらえるわけがないので、セバスさんと考えたカバーストーリーである。
本当は異世界人であると言うのを知っているのはセバスさんただ一人だけ。
「そうだったのか……だから時たま突拍子もないことを言うのか」
「え?そんな変なこと言ってます?」
「ああ、だって常識的なことを知らないことが多々あるじゃないか」
「あー、まあそうなんだと思います。自覚はあんまないんすけどね」
そう答える俺に、王子は優しい笑みを浮かべる。
「もし何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれていいんだぞ?
こう見えて我は器用な方だからな」
「ありがとうございます!
そういえば陛下は医術にも精通してましたもんね」
「ああ。医術に剣術、馬術や弓術に魔術。大体のことは人並みにできるぞ?」
すげぇ、なにそれ天才ってやつ?
隣で聞いていたフウカも驚いた表情をしている。
「すごいっすね!そこまで色々できたらあんまり困ることないんじゃないですか?」
「いやいや、そうでもない。
逆にその道を極めたものたちには通じんからな。
例えば魔術ならミール、剣術ならフウカやセバス、戦闘全般でイルゼンに勝てるはずがない。
そう言った極めたものたちをみていると、少し羨ましく感じる」
成程、器用貧乏になりやすいってことか。
俺は器用貧乏な人、十分すごいと思うけどな。むしろそう言う人こそ、組織では重宝されるし。
「俺は特技なんてほとんどないんで、王子の才能は素晴らしいと思いますよ?」
「世辞はいい。ほとんどないと言ってもなにか一個くらいはあるんじゃないか?」
「えー……ピアノは得意です!」
「ハハハ!そうかそうか!我も弾けはするが、得意とまではいかなかったな」
「兵士としてはなんの役にも立たないっすけどね」
「そんなことはないんじゃないか?……まあ兵士の業務にそこまで詳しくないからわからんが」
カランと音を鳴らす王子のコップ。
ちょうどお酒がなくなったのだろう。すかさずそのコップへ酒を注ぐ。
「おお、すまんな」
「いえいえ、そう言えば軽いツマミとしてジャーキーならありますよ?」
「ふむ、では少し頂こうか」
俺は荷物からジャーキーを出して、焚き火で少し炙った後王子へと手渡す。
「どうぞです!」
「ふむ……炙ると香ばしくていいな」
「でしょ?ジャーキーはこれが一番っすよ!
……ところでもう一個聞いてもいいっすか?」
なんだ?と問いかける王子に、俺は一ヶ月ずっと思っていた疑問をぶつける。
「王子ってどうして今回の旅を始めようと思ったんですか?」
その質問に少し驚いた様子を見せた後、王子はゆっくりと口を開いた。
「『救世の英雄譚』と言う物語を知っているか?」
――――――――――――――――――――――――
『救世の英雄譚』
ホーミタイト王国で最もメジャーな冒険譚だ。
俺も来て一年経ったくらいの時に、セバスさんから教えてもらった。
物語の内容は以下の通り。
かつてこの国には魔王と呼ばれる存在がいた。
魔王は魔物たちを意のままに操ることができた。
そんな魔王の野望はただ一つ。人類の根絶。
そんな魔王の脅威に怯える人類に、希望の光が灯る。
それが勇者パーティ。
勇者は大きな剣を神速で操り、仲間の魔法使いはあらゆる魔術を同時に扱った。
女剣士は絶技であらゆる物を断ち切り、鋼鉄の体を持つ戦士は片手で山をも投げ飛ばす。
そんな四人のパーティが魔王討伐の為に旅に出かける物語だ。
道中は端折るが、最終的に魔王を討伐した勇者は国を建国する。
その国の名前がホーミタイト王国。
そう、この物語はノンフィクションなのだ。
初代国王こそ勇者ペルダン・ホーミタイト王。
このアルトバス・ホーミタイト王子からすると、祖父にあたる人だ。
その物語を今口にしたと言うことは……。
「王子は祖父の勇者に憧れて、この度を始めたんですか?」
「……ああ。まあ元は一人でこっそり出る予定だったのだがな。
父にバレてしまって皆を巻き込んでしまった。
すまなかったな」
いや王族が1人でこっそりは無理でしょそりゃ。
だからって国民全員でやらせ旅もかなり無理があるが……。
「いやいやいやいや!親衛隊のみんな、楽しくさせてもらってますよ!なあ?フウカ!」
俺の言葉にフウカが激しく頭を縦に振る。
ほぼベドバンになってるぞ、フウカ。
「そう言ってくれると助かる。
まあだからか、今回ダンジョンに赴くと聞いて少し興奮していたんだ。
ダンジョンといえば勇者が聖剣を見つけた場所だからな。
聖地と言っても過言ではない」
ほーん?そんな話があったのか。
やっぱダンジョンといえば宝になるのかな?
「そういえば今回はなぜダンジョンに赴くことになったのだ?
セバスからはタケの情報から行くことになったと聞いたが……」
王子のセリフにフウカがビクッとした顔でこっちをみてくる。
おいおいセバスさん。予想以上に俺へ全部ぶん投げやがったな!
まあいい、任せとけって。
言い訳の天才、令和の高田純次とまで言われた俺の実力を見せてやる!
「実は……ダンジョンである宝箱が見つかったんです」
「宝箱?」
「ええ、内容としては金貨だったり装備だったり……様々なそうなんですが、一つどうしても奇怪な点が」
「ふむ、それはなんだ?」
「どうやらその宝箱。開けても開けても同じ場所にもう一度出現するようです」
「…………ふむ、つまり何度でも高価なものがその場で手に入ってしまう……ということか?」
「はい。まだ噂の段階なので、詳しくはわかりませんが……もし本当の場合市場は大荒れになってしまいます。
そこで冒険者協会より、是非我ら王子親衛隊に調べてほしいと話をいただきまして」
「成程。国であれば正しい情報をくれるだろうと言う判断だな?」
「ええ……個人主義の冒険者教会では、ちょろまかしてしまう者がいるかもしれない。そこで宝箱が本物の場合一番被害を受ける国側に依頼してきたと言うわけです」
「成程、それは調べてみないといけないな。
しかしその宝箱の位置はわかっているのか?」
「申し訳ございません。確証はないです。
ですがおそらく……表層であろうと言うことだけわかっております」
「ふむ?根拠は?」
「情報の多さです。
冒険者たちの間でかなり広まっている噂らしくてですね……深層の場合訪れることがまず困難ですので」
「成程、情報が多い=訪れる者が多い表層だろうと言う予想だな?」
「はい、その通りです」
俺の回答に満足したのか、王子はコップの酒を飲み干した。
「それならば明日は気合いを入れて調査しなくてはいけないな」
「ええ、お手数をおかけしますが……よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。王族として、勇者として当然のことだ」
そのまま席を立った王子は、少し水飲んでくると言って水場へと向かった。
「さ、流石ですタケ隊長。そこまですらすらと設定を考えているなんて」
王子が見えなくなった後、そう言ってフウカが誉めてくれた。
「いやー、なんとかなったね!おかしくなかった?大丈夫?」
「大丈夫だと思います!私もそういう宝箱が本当にあるんじゃ?って思いました!」
よかったよかった!フウカのお墨付きを得ることができやした。
ちょうどそのタイミングで、イルゼンが戻ってきた。
「フウカ、交代頼めるか?」
「はい!任せてください!」
そのまま入れ替わりで、イルゼンが俺の隣に座る。
「お疲れ様イルゼン!見張りありがとうね!」
「ああ、そのことは気にするな。任務だしな。
…………それより、だ!」
イルゼンが突然俺にヘッドロックをかけてきた!
「おい隊長!なんで人が見張りしてる時に酒盛りしたんじゃボケ!」
「いや、ちが……」
「違わねーだろうがよ!さっき陛下とすれ違って、タケと呑んだと聞いたぞ!?
王子はいいとして隊長まで呑む必要かあるんか!?お!?」
結構な力でヘッドロックかけてくるイルゼンにストップを入れ、俺は持っていたコップを見せる。
「よく見てイルゼン!俺の水!水だから!
流石にみんなのこと置いて酒は飲まないから!」
そう、俺は自分には酒は注いでいない。
王子にはしっかり酒を入れたが、流石にメンバーほったらかしに護衛対象と酒盛りするほど非常識ではありません!
「…………本当だな。
しょうがない。今回は許してやろう」
ふぅ、セーフ。助かったぜ。
「王子と仲良くなりたいなぁって思っただけなんだよ。
今度酒場でしっかりイルゼンにも酒を奢ってやるからさ」
「お?言ったな?
じゃあダンジョン攻略終わったら奢れよ?」
「はいはい、おじさんに任せなさい!」
そう答えた俺に、イルゼンが顔を寄せて小さな声で話し始める。
「なぁ隊長。今回のダンジョン任務、あんたはどう思ってる?」
この質問はおそらく、セバスさんが突然ダンジョンに行くと言い出した理由を聞いているのだろう。
「そうだな……真意はわからないが、セバスさんのことだ。きっと何か思惑はあるのだろう。
そしてそれが俺たちに害あるものとは思えない」
「…………そうか。
セバスさんのことをよく知ってるのは、王子の次に隊長だ。
だからあんたがそう言うなら一旦信じよう。
ただ、どうもきな臭い感じがしてな……」
「セバスさんが?」
「ああ、単なる勘なんだが……何か面倒なことを考えてる気がする。
もし何かあった時、俺は全力でみんなを守るつもりだが……隊長。あんたも少し気をつけといてくれ」
そう言い切るとイルゼンは姿勢を正し、俺の肩に手を置く。
「それにしても酒を奢ってくれるんだろ?どうせならこの近くにあるクジャ村に行きてえ!
あそこにはいいエールの店があると聞いたからな」
「あー、もしかして大きなエール樽が並んでる酒場のこと?」
「お?しってるのか?隊長。流石だな!」
「ああ、前に一度飲んだよそこで。
あそこのソーセージはクソうまかったぞ?」
「よし決まりだな!陛下!隊長がダンジョン出た後、酒奢ってくださるらしいですよ!
丁度水場から戻ってきた王子が、その言葉を聞いて嬉しそうな表情を見せる。
「ふむ、ではみんなで飲みに行こうではないか」
「お!王子も乗り気っすか!
……そういえばあの店、勇者パーティの一人が愛した酒を置いてましたね」
俺の呟きに王子が目を輝かせる。
「何!?それは見逃せないな」
「お?陛下は『救世の英雄譚』が好きなのですか?確か祖父様でしたものね、勇者様が」
「その通りだ、イルゼン!とても尊敬していたよ
ちなみにタケよ。誰が愛した酒か聞いたか?」
「確か女剣士の……」
「アヤメ殿だな!ふむ、どのようなものか楽しみだ」
そこからイルゼンを含めた3人で談笑した後、俺たちは眠りについた。
…………木陰から覗く気配に気づかずに…………。