本作戦名を『ヤラセ勇者の冒険譚』とする。
「あー、めっちゃ飲まされた。しかしあんなに呑んで俺は平気だけど……エドモンドさん明日大丈夫なのか?」
ラクダであの夫婦……というか奥さんのマキ姉さんに死ぬほど呑まされた後、俺は村の真ん中にある広場のベンチで夜風に当たっていた。
いやーやっぱり飲み会は楽しいもんだね。
アルコール最高!!
……まあ多分マキ姉さんはいいとして、旦那のエドモンドさんは翌日二日酔いでぶっ倒れてるだろうけど。
先ほどまでの楽しい飲み会を思い出しつつ、俺は懐からある一冊の冊子を取り出す。
表紙には極秘と書かれたその冊子を徐に開く。
この冊子は宰相との話し合いの後、セバスさんから
「タケ。貴方ならこれ読むだけで理解できると思います。私は他の人たちに些細を説明しに行きますので」
と投げやりに渡された冊子だ。
たくさんの内容が書かれていて、それを皆さんに読ませるのはあまりに酷。なので要約します。
・今回王子と行う世直しの旅は全て仕組まれたものである。
・国民全員仕掛け人となり、王子に安全で快適な世直しライフを送ってもらう。
・国民は俺ことタケの書くシナリオにそって、演技を行ってもらう。
・この世直しの旅の終わりは未定。
・親衛隊は基本隊長のタケの指示で動くが、セバスが指揮する場合はそちらを優先してもらう。
みたいな内容である。
うん、つっこみたいよね?特に三行目。
なんか知らん間に俺がシナリオ書くことになってるんですが?ワッツ!?
まあどうせ反論してもいいように丸めこめられるだけなよで、大人しく従うんですけどね。
てか国民全員でヤラセ旅ってやることがすごい。
いくら小国でも無理でしょ?みんな生活があるしと思っていたのだが……。
国民達にこの任務が始まる際に伝えた時の反応がこちら
「え?面白そう!王子様に会ってみたいし!」
「またあの王様が変なこと始めたか!あいつはいつも笑わせてくれるな!!」
「国民で演劇か……。プロとして腕がなるな!」
「いや生活がなぁ……え?セバスさんの頼み?ならしょつがないか!」
などなど……。
え?国民達にノリ良すぎない?びっくりしちゃったよ。
てな訳で今のところそこまで不満は出てない。
すごいよね、ホーミタイト王国。
冊子のページを待っていき……そして最後のページ。
本作戦名を『ヤラセ勇者の冒険譚』とする。
と書かれている。
セバスさんも案外作戦名とか考えるタイプなんだなぁ。と、しみじみ。
渋めのイケオジがルンルンで作戦名を冊子に記載しているのを想像して、笑いながら俺は広場から近くの宿へと戻る。
受付の若女将に挨拶しつつ、俺は割り振られた二階の部屋へと戻る。
あー呑んだ呑んだ!
こんなに呑んだのは昨日ぶりだな!
こういう日は明日のことを全部明日の自分に投げて、ベットに飛び込むのが気持ちいいんだよな。
「というわけでオープンザセサミ〜!からのフライングイントゥベッドォ!」
「させねーぞ。隊長」
ベッドに飛び込もうとした俺の首根っこが掴まれ、上体を起こされる。
何だよ気持ちよく寝ようとしてたのに、不満を見せながら振り返るとそこには3人の兵士が。
一人は慌てたように。
一人は呆れたように。
一人はめんどそうに。
執事の格好をした老人は不在のようだ。
「何だお前らか。不法侵入は良くないぞ。
それとももしかして夜這い!」
「あ、えっとごめんなさい!でも夜這いじゃないです!」
首根っこを掴まれた俺に、慌てて謝る少女の名前はフウカ。
ホーミタイト王国警備兵の見習いだったが、今回の世直し旅任務に合わせて正式に入隊となった。
なんか非常に見覚えのある片刃の剣を扱う剣士だ。
あれ……どうみても刀だよね?あるの?この中世ヨーロッパチックな世界観に刀あるの?それとも似てるだけ?
「謝んなくていいからフウカちゃん!こんな遅くまで飲み歩いてる隊長が悪いから」
そう呆れたように怒る女性の名前はミール。
ホーミタイト王国近衛兵の魔法団に所属する子で、若きエースとまで言われた逸材だ。
普段はローブと杖をつけているが、今は気楽な格好をしている。
「明日からの台本が無いからわざわざ取りに来たんだよ。
まさかまだ出来てないのに、酒飲んできました……とか言わねぇよな?隊長」
めんどくさそうに俺の首根っこを掴みながら、そう問い詰めてくる男性の名前はイルゼン。
ホーミタイト王国近衛兵で、特別な肩書などはまだないがもっとも団長に近いと言われている人物。実績的には俺含めた四人の中でもトップだろう。
なんでイルゼンが隊長じゃないの?本当に。
まあ今はその疑問は置いておこう。先に質問に答えないとな。
「台本ね!そういや渡し忘れてたわ! 安心して、ちゃんと出来てるよ!!
ただちょっと手直ししたい部分があるから座ってゆっくりして待ってて!」
間抜けな格好でそう答えると、首根っこ拘束から解放された俺はデスクに向かう。
カバンを開けて、一週間の努力の結晶を取り出す。
毎週仕上げている台本の内容を確認して、違和感がなるべくないように手直しを加えていく。
そんな作業の最中、後ろから気だるそうな声で疑問を投げかけられる。
「それにしてもこんな意味のないこと、いつまで続けるつもりなのかしらね……セバスさんは」
「王の命令だからな。あの人にもわからないだろ」
「やってらんないわ!私こんなことするために近衛兵になったわけじゃないんだけど!」
「ミールさん……折角の任務でそんなこと言ったらダメだめですよ」
「真面目ねぇ〜。今は私たちしか居ないからそんなこと気にしなくていいのよ。
フウカちゃんだってやっと成れた兵士の初めての仕事が、こんな意味のわからないものでガッカリだったんじゃない?」
「わ、わたしは……初めて任務を与えられたのが嬉しい……です」
「かぁー!なんていい子!もはや結婚したい!
お姉さんがこんな馬鹿げた任務からすぐ解放して、もっと素敵な仕事教えてあげるからね!」
「お、お姉さんって……一つしか変わらないですよ、ミールさん」
「一個上でもお姉さんはお姉さんだもん!……この王子親衛隊副隊長に今後も頼りなさい!」
「おい、なんでお前が副隊長なんだよ。実績的にも年齢的にも……あらゆる面で俺が副隊長だろ?」
「そんな剣を振るしか能のないイルゼンパイセンには副隊長なんて頭を使う役職は荷が重いから、仕方なく私が名乗ってあげてるんですぅ!
それに年は3つしか変わらないでしょ?」
「一個上でも年上なんだろ?お姉さん?」
「うわ、なにそのニヤケ顔。セクハラで訴えるよ、おじさん?」
「……」
「……」
「け、喧嘩はダメですよ?」
2人がまた夫婦漫才してますよ。
たしかフウカが18、ミールが19、イルゼンが22だっけな?
みんな若いよねぇ。俺なんて今年で三十路よ?泣きたくなっちゃう。
さてさて、そろそろ夫婦漫才を止めてやらないとフウカがアワアワし出すので……。
「そんなに肩書が欲しいなら、俺の隊長をどっちかにプレゼント……」
「「それは大丈夫」」
「なんでだよ!」
息ぴったりなふたりと、後ろで笑っているフウカに向けて台本を渡す。
「ほい、これが今週分の台本ね。
頼りになるタケ隊長からのありがたい台本だから、しっかり読んどいてね!」
「頼りになるかはさておき助かるよ。隊長」
「アザース、隊長。頼りになるかは知らないけど」
「ちょ、ちょっと2人とも……タケ隊長凄いところはあるよ?その……お酒強いところとか」
フウカさん、微妙なフォローが一番心に刺さります。
そこはいっそ罵倒でもしてくれ。
「しかし隊長もよくやるわねぇ。そろそろ台本書き始めて一ヶ月?私には無理だわ」
「いや〜それほどでも。好きになってもいいのよ?」
俺の発言を無視して、台本を読み始める3人。
いやツッコんでくれないと、ただのイタイおじさんになっちゃうんだけど?
数十分後…………
読み終えたであろう3人が、ほぼ同時に台本を置く。
「今週もお疲れ様です!内容は把握しました」
「今週もありがとな、隊長。ただその……」
「ぶっちゃけこれ初めての台本と内容似てない?」
あー。痛いところ突かれました。
正直自分でもわかっている
だって参考にしたのがその第一冊目の台本だし……。
しょうがないよなぁ。
元々脚本なんてど素人。
しかも元としてる水戸黄門だって、転移前に軽くみたことある程度のほぼ聞き齧った程度の知識だし……。
こんなことなら水戸黄門見ときゃよかったなぁ。
まあ後悔しても仕方ない。
この世界には前の世界と違って、テレビなんてものは無いのだから。
え?何々?
色々固有名詞やら人物やら出てきたけど、結局お前は誰なんだって?
しょうがない。ではプロローグの途中だが……自己紹介をさせてもらおうか!
――――――――――――――――――――――――
まずは軽くおさらい。
俺の名前はタケ。
この中世ヨーロッパチックな世界にある、ホーミタイト王国で王子親衛隊隊長をしている者だ。
だが今までの話の流れでなんとなくわかっていると思うが、俺は異世界転移者である。
元々は現代日本に普通に暮らしていた。
本当の名前は武上信也。
普通に大学まで卒業後、サラリーマンしてたんですが……信頼してた同僚に嵌められてクビに。
その後ホームレスになったところを、とある孤児院の院長さんに拾ってもらって……そのまま孤児院の職員として働くことに。
給料はリーマン時代の1/3まで下がったけど、最高に幸せな毎日だったよ。
だけど……ある事件が起きた。
孤児院が放火された。
犯人の動機は特になし。完全に通り魔的犯行だ。
俺はたまたま買い出しに出掛けていたので、助かったが……。院長と子供達は亡くなった。
そこで絶望した俺は、ビルから飛び降りた。
次に目が覚めると何故か俺は王城で寝ていた。
後で聞いた話なのだが、俺は突然空から降ってきたらしい。
たまたま散歩していたセバスさんに助けられて、俺は王城に運ばれたそうだ。
そんなラピュタみたいなことある?と聞いた時は思ったもんだ。
まあそんなこんなで精神病みMAXな俺をセバスさんが親身になって助けてくれた。
お陰で今では大好きなお酒と共に毎日を楽しく過ごせている。
それが大体2年前。
その後の2年は警備兵として雇ってもらい、のんびり過ごしてましたってわけ。
ちなみにもう一つ話しておこう。
皆さんは異世界転移とか転生とか聞くとこう思うんじゃ無かろうか?
お、俺にもチート能力で無双してハーレムが!
なんて……。
思いますよねぇ!俺も思ったもん!
なんか俺だけレベルアップしたり、スライムになって建国したり……俺だけスマホ持ってたり。
でも残念かなぁ。何もなかったです。
寧ろですよ、この世界に住んでる人たちは基本前の世界の人たちより数倍強いです。
というのも魔物とか魔法があるってのはもちろんなのですが……この世界の人間の運動平均値が、前の世界の人よりはるかに高いんです。
簡単に言うとこの世界の平均的な人で、ウサインボルトより足が速くてマイケルジョーダンより高く飛ぶ。
意味わかんないよね?そんな世界に一般日本人成人男性1人……わかる通り俺はこの世界で多分一番弱いです。赤子にすら下手したら負ける。
てなわけで俺は基本戦闘面は何も出来ません。唯一の特技といえばピアノくらい。
最後に簡潔に言うと、元孤児院職員が異世界転移しましたってわけだ。特技はピアノ。
はい自己紹介終了!読み飛ばさないでくれてありがとね。
――――――――――――――――――――――――
はいはい閑話休題。
ミールに指摘された通り、似てしまっている展開をどう変えようか頭を悩ましている俺の肩に手が置かれた。
「ずいぶん困っているようですね。タケよ。」
振り返るとそこには白髪の渋いダンディな執事が1人。
「セバスさん!どうしたんすか?珍しいっすね」
今回の任務の首謀者にして、俺の恩人であるセバスさんが居た。
王族専門の執事であるセバスさんは当然、王子の泊まる宿にいる。
俺たち親衛隊と王子では泊まる宿が違う。
これも過保護で親バカなミハルダ王の指示らしい。
なのでわざわざ俺の泊まってる部屋を訪ねてくるなんて、かなり珍しい。
「ふふ。そろそろタケが台本のことで頭を悩ませ出すのでは?と思いまして」
流石セバスさん。そこまで読んでましたか。
ん?それでわざわざ部屋に来てくれたってことは!
「もしかして俺の代わりに台本を……」
「それはあなたの仕事ですので」
代わってくれないらしい。GG。
「じゃあご用件はなんでしょうか?」
俺の代わりにイルゼンがそう問いかけると、セバスさんは笑顔をそのままに口を開く。
「タケの台本のマンネリを解消してくれそうな人物の紹介と、明後日の行き先について皆さんに報告がありまして」
ほほう?なんだか良さそうなのとめんどくさそうなのが一個ずつ来たな。
こう言う時、俺はどっちから聞くか決めているのだ。
「先に明後日の要件からお願いします!」
重要そうな報告から聞けばいい。
先に聞いといた方が気が楽である。
「ではそちらから。
明後日はダンジョンへと向かいます。その為明日コト村に宿泊せず、野宿となります。
その準備を明日の朝の間に済ませておいてください」
ダンジョン?もしかしてゲームで定番のあのダンジョンか?
現実にもあるんだな、あんな場所が。
危なく無いの?大丈夫?
そう思い、他の3人の表情を比較する。
フウカはいつも通りの笑顔。
イルゼンはやる気に満ちた顔をしている。
それに比較してミールは……なにか怖れてるような、怯えてるような顔を見せた。
「ミール?大丈夫?」
俺がそう声をかけると、ミールはふと我に帰ったようにいつもの表情に戻った。
「な、なんでもないわよ!」
そのミールの声に、イルゼンが嫌味っぽく問いかける。
「なんだ?もしかして野宿に絶望したか?」
「そうね……シャワー浴びれないのは死活問題だわ」
「これから野宿は増えていきます。慣れてくださいね?」
「え?野営増えるんすか?」
俺がふと口にした疑問に、セバスさんはなんてことないように答える
「ええ、これまでの一ヶ月よりハードなものが増えていきますので。
もちろんアルトバス様もご了承済みです」
へぇー。そんな色んなとこに行く予定なんだ。
それを台本作る俺に伝えないってのは如何なもんかと思いますけどね!ええ!
まあいつものことなのでいいでしょう。
「ではもう一点の台本の件なのですが……明日向かうコト村は、この口でも一番の演劇の街で有名です。
そこにルミオという演劇作家がいまして……その方に相談されてみては如何でしょうか?」
ルミオ……?なんだか聞いたことがある名前のような……。
「ルミオか……確か今年のホーミタイト演劇祭でベスト作家賞を取っていた人物だったな」
「ええ、その通りですイルゼン様。流石博識でございます」
「でもそのようなすごい人にアポイント無しでお話なんてできるんでしょうか?」
「フウカちゃんの言う通りね。セバスさんの知り合いだったりするんですか?」
「ええ、挨拶をしたことがある程度……ですが」
「それは正直あまり期待できないかもですね」
フウカの言葉に、セバスさんがうなづいて肯定を見せる。
「まあだが、必須なことってわけでもない……断られたら普通に諦めるしか無いだろ」
みんながそう言って話し合ってる中、俺はどうもルミオという名前に引っかかっていた。
コト村……ルミオ……作家……赤ワイン……。
「あ!!」
俺の突然の大きな声に、親衛隊とセバスさんが全員こちらを見る。
「如何されました?タケよ」
「もしかしてルミオさんって茶髪のメガネかけた無精髭の人?」
「ええ、確か以前演劇祭のステージで挨拶した時はそのような風貌でしたね」
セバスさんのその返答に、俺は確信を得る。
「俺その人と友達だわ!前にコト村の人たちにこの任務を伝えるために出かけた後、そこの酒場で仲良くなったんだよ!
赤ワイン好きの人で、一緒に美味しいアテについて語り合ったわ!」
いやぁーあの時は演劇作家なんて知らなかったが、確かに面白い人だった!
年も近いし、すぐ打ち解けたんだよな。
確か奥さんを早くに亡くして、娘さんと2人で暮らしてるとか。
とそんなことを思い出して懐かしんでいると、セバスさんが一言。
「流石タケです。そう言ったところは頼りになりますね」
おっと?なんか言葉に棘ない?
お前普段は役に立たないけど、今回はナイスみたいな……。まあ事実だしいっか。
「では明日はタケは他より先にコト村へと向かい、そのルミオさんと会ってきてください。
そこで今後の台本の見直しなどをしてきてもらってください。
他のメンバーはいつも通り、アルトバス様と共に向かいますよ」
「「「ハ!承知いたしました」」」
親衛隊の応答と共に、深夜に突発で始まった集会は終了した。
さてさてそろそろ寝ますかぁ。と俺は時計を見て思考する。
現在いる村から明日の目的地であるコト村までは、俺のスピードだと大体歩いて3時間程度。
朝の準備や向こうでの宿の手続き、荷物の整理など諸々の時間で大体2時間程度。
向こうでルミオさんの家を村長に聞いてから訪れて、台本を見てもらったりなんやかんやしてもらうのに大体2時間程度。
そして王子たちが出発するのは大体いつも朝の7時。
王子たちのスピードだとコト村まで2時間程度。
つまり俺は朝の9時までに用事を終わらせないといけない。
村長に尋ねるのを7時までにしないといけないので、俺は少なくとも深夜の2時にここを出る準備をしないと間に合わない。
そして現在深夜の1時半。
あれ?俺ほぼ徹夜じゃ……。
泣きたい気持ちを抑えて、俺はシャワー室へと向かった
ここまでがプロローグです。対あり。