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第五章 正義の定義① オレだけじゃない?!

ザァァ ザーン


 険しい岩肌に激しく波がぶつかり、砕ける。

 石廊崎。静岡県伊豆半島の最南端。海辺に立てば、前方を何にも邪魔されることなく、黒潮流れる太平洋が一望できる。

 そこに見覚えのあるバイクが一台。

 今年も、『あの事件』が起こった『その日』の今日、タケシは『その場所』を訪れていた。

 円形に穿たれた大地も風雨に晒され草花が芽生え、時の経過と共に元の姿を想起するのが難くなっている。だが『その日』を境にタケシの身の回りにあった当たり前の幸せが、すっぽり消えてしまったことに変わりはない。青く広がる海も、タケシにとっては無縁だ。

 タケシはそっと手を合わせた後、振り返ることなくバイクに跨り、『その場所』を去った。



「早めに編集部着くなら、やっぱ小田厚かな」

 135号線から小田原厚木道路へ入り、箱根からの合流を過ぎる。酒匂川を超え、やがて料金所を通過して間も無く。

〈そこのバイク。速度を落として左に寄りなさい〉

「え?」

 ミラーには赤灯を回した白い車が映る。普段と変わらぬスピードで巡行していたつもりだったのだが。

「はい、そこの方、こっちへ来てメーター確認してもらえますか?」

「はい…はちじゅう…9っ?」

「ここって何キロ制限か知ってますよね」

「知ってますが…89?」

「19キロオーバーですよ」

「だって、89って…いつもならこんなスピードで取り締まってないじゃないですか?」

「そんなことはないですよ、法令違反であることには変わりありません。印鑑持ってますか?」

「いえ…」

「じゃ、指紋でいいです、ここに」



「ということがあってですね…もうなんだか…」

 編集部に着くなりボヤくタケシ。

「ああ、俺も昨日やられたぜ、タケシ君」

「秋山さんも? どこで?」

「俺は東名だ。下りの横浜青葉過ぎたところ」

「ああ、車線も多くて道路広いし、出ちゃいますよね。何キロで?」

「17キロオーバーの117だってさ。いすゞの車かよって。いや、あの辺、普段もっと高い速度で流れてないか?」

「オレはあの辺周り見て120くらい出してるけど、気をつけないとヤバいな」

 スゥッと音もなくドアが開く。

「…ただいま戻りました…」

 入ってきたのは守人ルミ。だが、いつものようなシャキッとした溌剌さがない。というか――――まるでこの世の終わりでも見てしまったかのような、血の気無い蒼ざめた顔。

「ルミさん、おつかれー。…なんか元気ない…っすか?」

 渡辺が声を掛ける…が、『火薬庫の聖火ランナー』ですら気付くほどの変容ぶりだ。

「…わ…私…ス…スピード違反で捕まってしまって…私…どうしたら…」

 普段では見られない、オロオロするルミ。これを下手にイジると危険なのは編集部全員周知の事実。

「えーっ? ルミさんも?」

「オレもやられて…今その話をしていたところなんです。守人さんはどこでやられたんですか?」

「花塩先生の原稿を受け取った帰り、厚木インターから東名に乗ろうと思って小田厚の側道走っていたら、後ろに白バイが…ど、どうしよう…私…」

「そんなに飛ばしてたんですか?」

 タケシに問われルミはプルプルと首を横に振る。

「12キロオーバーだって…」

「12キロ?」

「これはまた…細かく刻んできましたな」

「取り締まれるのは片っ端からってことか?」

「どうしよう…私…犯罪を…」

 オロオロを通り越してもはやガクブル状態。

「犯罪って…そんな大袈裟な。スピード違反で犯罪とか言ってたら、世の中犯罪者だらけになりますよ?」

 タケシはそう(なだ)めるが――――表には出せないもののルミは警察官でもある。そもそも根は真面目なルミなので警察のご厄介になったという事実だけでもショックなのだ。

 そこへ景気良くドアが開く。

「おはようございまーす! いやー、やられちゃったよ、ネズミ捕り!」

 小林が元気にやってきた。未だマナーモードの携帯の如く震えているルミとは対照的だ。

「お前も? 何キロで?」

「7キロオーバーだって」

「7キロぉ???」

「…容赦ねぇな」

「さすがにこれは…」

「小林、場所は?」

「イチコク上りの原宿過ぎたあたりですな」

「あんな混むところでよくやるな…」

「地下道になってからかなりスムーズに走れるようになったからね。気分よく行っちゃうと出ちゃうかも」

「いや、さすがになんかおかしくないか? あまりにも多すぎ、というかシビア過ぎるだろ、これ」

「うーむ、ここのとこ他の編集部でもパクられたって話をよく聞いてたんだけど、なんか、アレ? 強化月間的な?」

「交通安全週間中なら分からなくはないですけど、今なんかキャンペーン期間中でしたっけ?」

「ないと思うんだがなぁ…」

「ちと片手間に調べてみるか? なんか情報がまとまれば記事にするって方向で」

「じゃあ、記事はオレが書きますよ。最近、取材が空振り気味なんで」

「おお、タケちゃんやってくれる? そりゃ助かる。ということで…編集長!」

「聞いてたよ。俺は電車通勤だからその辺分からん。記事はタケシが書くってことで、佐藤副編!」

「はい」

「タケシの記事の管理、任せていいか?」

「分かりました。じゃ、タケシ君は記事上がったら俺のところに持ってきて」

「了解です!」

「…ということですから、守人さん、そんなに落ち込むほどのことじゃないですよ。校正の合間でいいので、ちょっと手伝って下さい」

「はい…分かりました…」

 少し落ち着いたのか、顔色が戻ってきたルミだった。



 翌日。

「ハイ。それでは編集会議始めまーす。議題は、なんかスピード違反の件、記事にするかどうかについてですねー」

 週刊マンスリー編集部室の一角で、緊急の編集会議が始まった。司会進行はいつも通り小林が勤める。ホワイトボードには『編集部員もやられた! スピード違反取り締まり急増の怪』の文字。

「はい」

「ハイ、渡辺君早かった」

「俺、落語家じゃないっす…ああ、それで取材先でそれとなく話振ってみたら、みんな結構やられてますね。カメラマンの土井さんもやられたって」

「土井さんはどこでって?」

「246だそうですよ。横浜に入ったあたり、しかも23時過ぎだったって」

「23時ぃ? うむぅ、県警ってそんな仕事熱心だったか?」

「他にもやられた人に聞いてみたんすけど、不思議なことに129は話に出てこないんですよ。246は出てくるんですけど、そこから129に繋がってるはずなのに。不思議っすよねぇ」

「まぁそこは偶然かも知れないけどね。ルミさんの方は?」

「はい。県警、調べました。やはり先月末から今月にかけて、スピード違反の検挙数が異常に多いです。7月から増え始めて8月は前年比2倍ほど、9月も途中経過で同じペースです」

「うーむ…これは流石に偶然で片付けるにはちょっと、って感じだな」

「はい、小林さん」

「ハイ、タケちゃん」

「オレ、アポ取って直接県警に話を聞いてみますよ」

「聞いて教えてくれるかね?」

「聞いてみないと分かりませんよ」

「そりゃそうだ。とりあえず来週号は? 部分的でも載せる? 編集長、いかがでしょう?」

「この件は任せてるんで、佐藤君の判断でいいよ」

「どうです? 副編」

「うむ…まずはタケシ君の取材待ちで、そこで何かウラが取れれば上げていこう」

「ネタの鮮度的にはどうなんです?」

「うむ、まぁ相手が行政組織だし、推測で書いてお叱り受けても面白くないからな。そこは流石に筋を通すというか、読者を煽らないでいこう」

「分かりました。だとすると直近の問題として記事が足りなくなるんで来週号は…」

 会議は続く。



「では明日13時に。はい、それではよろしくお願いします」

 通話を切ると、タケシは驚嘆の溜息を漏らした。

「ほおぉぉぉ。県警本部長サマ直々のお出ましとは…これも広報活動の一環なのかね?」



 約束の10分前に到着したタケシは会議室に案内された。会議室と言っても入って精々6人程の小さな部屋だ。促されるまま着席して待つと、程なくドアにノック音、続いて警察官らしく引き締まった、大柄な体躯の中年男性が入室し、軽く会釈する。

「県警本部長の三屋木です」

「週刊マンスリーでフリーのライターをやっている風音です」

 タケシはやおら立ち上がり、名刺を差し出す。

 だが。

 突き出した右手に遮られた。何か失礼な振る舞いでも?と思ったが、違った。

「あまり我々を嗅ぎ回らないことをお勧めするよ」

「えっ?」

 三屋木の口を突いて出た想定外の言葉に驚きを隠せない。

「9月3日のことだ。磯子区の港湾倉庫で、とある反社集団のリーダーが全身打撲の状態で発見された。名を長田誠也というのだが…これは、君の仕業ではないのかな?」

 身に覚えのあるタケシの目が泳ぐ。9月の3日で磯子の倉庫といえば、エンプティヘブンの取引場所から女の子を助け出した件だ。確かにガラの悪いのをボコボコにした。日本の警察の情報収集能力に舌を巻きそうになる…が、おかしな点がある。自分は警察が来る前に引き上げたはずだ。パトカーのサイレンを聞いてあの場を去ったのだから。その上、仮にあの男が全てを自供したにしても三屋木とは今が初対面だ。それで自分とどう繋がる? まさか見られていた?

「…なんの、ことです?」

「とぼけんでもいいさ。君のことはよく存じ上げているよ。風音タケシこと、緑色のギャノン」

 ハッと三屋木を見る。ズボンのポケットに手を突っ込んだままタケシを見下ろすその口角はニヤリと釣り上がっていた。

「…どうしてそれを」

「君は私を何だと思っているのかな?」

「県警の…本部長…」

「それは表の顔だ。可愛がっている者を潰されては困るんだがね」

「まさか…デギールっ? なぜ警察にっ??」

 タケシは後退り三屋木と距離を置いた。

(まさか…コイツがデギールの…ボス…?)

 先日ぶっ倒した「長田」とやらを従えていた上に、初対面の自分すら知っている情報網。さらには県警本部長という地位すら持っている。

「我々が常に反社会側とは思わんことだな。むしろ法的な正義を執行する機関の方が都合がいい。目的を達するにはな」

「何を企んでいるっ??」

「易々と敵に語る愚か者がいると思うか」

「それは…そうだが…」

「だがヒントくらいはくれてやる。警察の目を欺くなら、大量の警官に仕事を与えて放てばいい。なにしろこの国の警察はマジメだ、自分の職務はきっちりこなす。だが自分の仕事でないなら見向きもしない。飲酒の検問で路上に立たせてもスピード違反には目もくれないからな」

 三屋木は微塵も悪びれず言い放った。

「だが! このスピード違反取り締まりはなんだ? なぜこんなに厳しく取り締まる? 目的は何だ?」

「今言ったろう。易々と喋れるものか」

 タケシの怒りは正論で返され顔に悔しさが滲む。

「…ならば…本部長がデギールだという事実を公表して…」

「ハッハッハ。やってみたまえ。ならばデギールとは何だ? どれほどの事実を、君は掴んでいるのかね。そんな記事ならエリア55の宇宙人探しの方がマシではないのかな?」

 苦し紛れの脅迫も意味を為さなかった。実際、デギールの動向を自分はどれほど掴めているのか? エンプティヘブンの取引を妨害はしているものの、場当たり感は否めない。三屋木の言は正に正論であり、タケシはぐうの音も出ない。

「旗色が悪いようなら引き下がりたまえ。なんならここで『ヤリ合って』もいいが…県警庁舎の中で暴れて、ただで帰れると思うか?」

 三屋木は自信たっぷりだ。実際その通りなのだから。

「クッ…」

 タケシは歯噛みするしかなかった。



 庁舎の外は残暑厳しい強い日差しに汗ばむ陽気だったが、タケシがかいた汗はそれとは異質なモノだった。

(警察を…公権力を相手に…オレは戦わなければいけないのか…?)

 その嫌な汗を拭うこともなく、携帯電話を取り出す。

〈はい、週間マンスリー編集部〉

「もしもし、風音です」

〈うむ、タケシ君か。お疲れさん、佐藤だ。県警はどうだった?〉

「すみません。空振りです。口が固くて…」

〈うーむ、そうか…わかった。こっちは来るのかい?〉

「いえ、別件の取材先を回ろうと思いますので」

〈うむ、そうか。気をつけてな〉

「はい。ありがとうございます」

 日頃お世話になっている人を欺くのは心苦しいが、まさか『県警本部長がデギールだった!』などと言えないし、記事を載せるわけにもいくまい。マンスリーでタケシが記事を書いている程度で、デギールの世間的な認知度はまだまだ低いのだから。

「だからこそ、記事を書く必要があるんだけどな…」



「ただいまー。あれ?」

 残業なく…とはいえ22時を回っていたが、タケシの家に戻ったルミ。台所の明かりが灯っている。行ってみればタケシが座っていた。

「あれ? タケシ君、まだ寝てなかったんだ」

「はい。ちょっと話があって」

「そう。分かった。ちょっと待ってて。着替えて来るから」

 と、ルミは当てがわれた自分の部屋に行く。


「おまちどうさま。で、話って?」

 部屋着のスウェットに着替えたルミがテーブルに着く。

「今日、県警本部に行ってきたんですけど」

「ああ、佐藤副編から聞いてる。空振りだったんだって?」

「そうなんですが、実は…」

 タケシは今日の昼間にあったこと、県警本部長がデギールだった事実をルミに話した。

 ルミはてっきり取材のグチでも聞かされるものと気楽でいたのだが、予想を上回る深刻な事態に唖然とした。

「県警の本部長ってくらいだから、デギールのボスだったりするんだろうか」

「デギールはもっともっと巨大な組織よ? それはないわね。でも、この星、あるいはこの地域の親玉くらいなら可能性はあるかも」

 あっさり否定され、タケシは少し不服そうだ。

「そっか…で、どうします?」

「どうするも何も…出方を待つしか無いわね」

「誘き出すというのは?」

「どうやって?」

「いやー、なんかこう、上手く…」

「ノープランじゃない」

「はぁ…」

「そもそも私たちは非合法な存在なの。それに相手は警察よ? 執行機関よ? 当然法がバックにある。下手に手出しすれば確実にこちらの非として扱われる。相手が執行機関から司法機関そのものになって痛くない腹まで探られる。分が悪すぎるわよ」

「うーん…」

 納得いかないのか、タケシは渋い顔。

「とにかく。あっちが尻尾を出すまでは動かないこと。いい?」

「うぅ…はい」

 言葉尻厳しく言われればそう答えざるを得まい。

「うん。良いお返事ね。それにしても、そっかー、そこまでデギールが浸透してるかぁ…」

 そう言ってルミは背もたれに体を預け天井を仰いだ。

「これだけ、ってことはないですよね」

「そうねぇ…」

 仮にそうだとしても手出しできない以上、ルミの返事も曖昧にならざるを得ない。



 翌日、モヤっとした気持ちを抱えたまま大学へ行けばここのところ顔を見なかった新橋がいた。二人とも午後の講義はないのだがわざわざ準備するのも面倒ということで一緒に学食で昼食をとることに。聞けば、新橋は前回のイベントで優勝できなかったのが悔しく寝る間も惜しんで猛特訓中だとかでタケシを呆れさせた。とはいえ久しぶりの友の顔、何より何気ないいつものバカ話でちょっとばかりタケシの心は軽くなる。

「風音は今日もこれからバイトなのか?」

「まぁそんなとこ。新橋は?」

「もちろん特訓ぜよ!」

「ああ、聞くまでもなかったな」



 さて、タケシと別れてアパートへ戻った新橋、ドアの前に小さな段ボール箱が置かれていることに気付いた。

「置き配? なんか頼んだっけ? ん? こりゃ…なんだ?」

 宛名には自分の住所と名前。差出人は『丸亀運輸』、品名は『パソコン部品』とある。

「…別にエログッズとか注文してねぇんだけど」

 ともかく部屋へ持ち込み開けてみることに。そして開けてビックリ。

「うわ。『がい☆ます』運営からだよ、コレ」

 箱の中には対角5cm程の六角形のプレートとUSBのメモリスティック。それには『説明書在中』とのラベルが貼られていた。

「これが成績上位者のスペシャルプレゼントってヤツか??」

 と、迷わずメモリスティックをパソコンに挿す。オートで開いたフォルダの中に『最初に読んでね』というファイル名のテキストファイル。開いて読んだ新橋は

「…何じゃそりゃ?」

 と一言。



「すげぇ…すげぇ…」

 説明書通りにセットアップを済ませ、いつもの如く『がい☆ます』へログイン。新橋はあれから『がい☆ます』のプレイをパソコンへ移行、コントローラーを一新し、ロボットの格闘ゲーム用のものを導入した。両手をレバー、両足をペダルで操作する。これだけでも格段にアバターの操作性が向上したのだが

「なんだこれ、ホントに思い通りに動くぞ…」

 送られてきた六角形のプレート『ゼクセック』を説明書通りに額に貼り付けた。説明書ではx-acto.社独自の技術であらゆるコントローラーで今まで以上に思い通りの操作性を実現、と書かれていた。果たしてその通りで、脳裏に浮かぶイメージ通りにアバターが動く。新橋は感動で震えんばかりだ。

「こりゃぁ…次のイベントが楽しみだぜぇっ!」

 否が応にもテンションば爆上がりだ…ったのだが。


「ええぇぇぇ…俺、こんなことのためにコントローラー入れたんじゃないんだけどなぁ…」

 にも関わらず、ログインボーナスを取得する本日のデイリーイベントは『荷物整理』。

〈ごみーん。ちょっと手伝ってほしいのよー〉

 と、もるもってぃ市長から直々のお願いだった。ただし今日は『突発発生イベント』があるかもしれない、との通知も。

「しょうがねぇ、イベント発生まで時間潰すかぁ…」

 と渋々延々と荷物整理をする新橋であった。そして皮肉なことに荷物整理ですら思いのまま。『ゼクセック』のセットアップ項目に『ダメージフィードバック』というものがある。アバターが殴られればそれ相応の痛みを感じるのだそうだ。同時にその分操作に対するアバターの反応は格段に向上する。「こんなん、MAX一択っしょ。当たらなければどうということはない!ってね!」と新橋は最大値に設定、その甲斐あって荷物整理の操作感も抜群なのであった。



 一方、新橋と別れたタケシは編集部へ寄った。しかし想定外。前日までのベタ凪の静けさが一変、戦場と化していた。

 予定より遅れて入ってきたグラビア写真の選定とレイアウトに小林と秋山が付きっきり。渡辺は取材に同行で不在。佐藤は校正作業中。

 ルミはというと

「ただいま。あ、風音君、来てたのね。佐藤副編、預かった原稿はここに置きます。それじゃ行ってきます」

 とすぐさま踵を返す。連載マンガの原稿受け取りは彼女の担当なのだが、今日は稿了の連絡がかち合い急いで受け取りに行くことに。回収が済んだら済んだで校正待ちの原稿が待っている。

 そして事態を悪化させているのが岩竹の不在で、最終チェック待ち原稿が渋滞を起こしてしまっているのだ。

「…また来ます…」

 空気を読んで、タケシは編集部を後にした。



「さてどうするか…ルミさん、あの調子じゃ今日は帰ってこれなさそうだな。だとすると晩メシ作るのめんどっちぃな…どっかで食ってくか…ちょっとまだ早いけど…」

 携帯電話の画面は16:32。確かに少し早い…と画面を見ている最中にメール着信。

「…なんだこれ。怪しいメールと言えばルミさんだけど…」

 その怪しいメアドは登録済みなので名前で表示されるはず。しかしそうではない上に、メールの件名が『招待状』とある。

 虎穴に入らずんばなんとやらと開いてみて、タケシはギョッとした。


〈三屋木だ

今宵パーティーを催すことになったのでキミを招待する

以下の場所へ来られたし〉


「三屋木…??」

 本文最下部のリンクを開けば地図アプリでとある地点が示された。

「ここがパーティー会場、ってことね」

 今までならノータイムで急行したものだが、ルミからは尻尾を出すまで手を出すな、と言われている。

「でも…これって尻尾、だよな…」

 タケシには三屋木がデギールのボスなのではないか、という疑念が捨てきれない。ルミには否定されたものの、これは怪しいとタケシの中の若き記者魂が疼き、居ても立っても居られないのだ。

 相談した上で、とも思うが、先ほどの『戦場』を思うにルミに時間が取れるかどうか。そもそも外出中、今すぐ連絡が付くかどうか。とはいえ後で何か言われるのも癪である。

 とりあえずメールだけは送っておくことにした。


〈本文:尻尾が出た〉


「これでヨシ」

 携帯をジーンズの尻ポケットに捩じ込み愛車に跨ると、『パーティー会場』目指して駐輪場を後にした。



■なぜ?なに?ギャノン!


Q14

 ルミさんはどうして編集部で仕事しているのですか? ワステロフィから給料は出てないのでしょうか?

A14

 ちゃんとお給料出ていますよ。

 地球は星間警察機構憲章に署名していない関係で、他惑星との経済交流がありません。ですのでロンメルドの通貨を地球の通貨に交換することができません。よって、日常で必要な費用はルミ自身の労働賃金で賄われています。もちろん生活費その他諸々を経費としてワステロフィに請求すれば戻ってきます。費用的には丸ごとワステロフィ持ちなのでルミ自身はお金が貯まる一方なのですが、地球での生活費は編集部からの給料ですから生活レベルは至って標準的。むしろ横浜は家賃が高いので、ワンルームのアパートで慎ましくやっています。


Q15

 ルミさんってお歳はお幾つなんですか?

A15

 そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。このコーナーはルミたちには見えてませんから。それでルミの年齢ですが、公称28歳です。「公称」と前置きしてるのには理由がありまして、28歳というのはロンメルド本星での年齢。これをそのまま地球で使ってしまっています。なんだか雑ですが、ルミが地球に送り込まれた経緯も雑なので、仕方のないところです。さて、実際の、すなわち地球人尺度での年齢ですが25歳くらい。この年齢の違いは、地球とロンメルドの自転や公転の周期の違いから生まれるものです。ルミは、地球に来てから、年齢を尋ねられ素直に答えると「アラサーですね」と意味ありげにニヤつかれたのを不思議に思っていました。最近はその意味を理解してきましたが、ロンメルドと地球との時間感覚を考えると、30前後で何がおかしい?とルミが疑問に思うのも無理はありません。


Q16

 ではタケシの地球年齢は?

A16

 まぁタケシは実質地球人なので作中同様19歳です。


Q17

 ルミさんって車の免許を持ってるんですよね?

A17

 もちろんです。地球に来てから真っ先に取得しました。教習所には通わず、試験場で一発取りです。そもそもロンメルドで乗り物には乗ってましたし、扱い方とこの星の道交法さえ覚えれば簡単な話なので。ちなみにルミの車は編集部がある出版社ビルの地下駐車場に停められています。たまたま空いていたということと、取材やライターの記事を回収するのに必要ということで、なんだかうまく許可が下りました。なぜ社用車を使わないのか分かりませんが。ちなみにルミは赤いスズキアルトに乗っています。

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