表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第四章 ルミ襲来!

「なぁ風音。お前んち、お手伝いさんとか雇い始めた? なんか若いお姉さん的な」

 ガイストの件から数日後のこと。朝イチのあいさつも抜きで新橋は唐突に聞いてきた。中学生で同級だった新橋はタケシの家の事情を知っているのだ。

「誰に聞いたんだよ…別にそんな人… …あああっ?? …お手伝いさんなら良かったんだけどね…」



 ガイストとの戦闘のあった日の翌日。

 土曜日ということもあり、タケシは昼近くまでぐっすりだった。時計を見ればすでに11:00を回っている。

「ふわァあぁアァぁ…よく寝た、ってかもうこんな時間かよ。ウーンッ…さて、昼メシの準備でもすっか…」

 とベッドから這い出した時、『それ』は予告も無しにやってきた。


ピンポーン


「ん? はァい」

(何だ? なんか通販頼んでたっけ?)

 印鑑持参でドアを開ける。


ガチャ


 そこに立っていた者。

 パステルグリーンの生地に胸に大きく黒いネズミのキャラクターが描かれたオーバーサイズのトレーナーに、脚にフィットしたスキニーなジーンズ、足元は三本線の入った白いフェイクレザーのスニーカー。

「来たよー」






「ルミさんッッッ?????」

 しばし凝固した後に出てきたタケシの声は裏返っている。

「あ、こんにちは」

 タケシの驚きをよそに、ルミは何事もなかったかのようにあいさつ。

「え? どうやってここを? ってか、何しに来たんです?」

「編集部で聞いてきた。入稿した記事でよく分からないところがあるんだけど、電話じゃ捕まらない、ってね。それでここに来た理由ってのは…」


ドスドスっ


 中身がパンパンに詰まった大きなカバンが2つと、手には山吹色のレジ袋。

「タケシくんの面倒、私が見ようかな、って」

 と、にっこり笑う。

「…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」

「だって、学生のひとり暮らしなんでしょ? 色々不便かなって。学校もあるだろうしさ。だから、ネ?」

 と、やはりにっこり笑う。

 一方のタケシは驚きを超え狼狽している。

「ネ?って、いや、間に合ってますから。ホント。大丈夫ですから」

 両腕を前に突き出し拒絶の意思を明確に示すが

「遠慮しないで。私は遠慮しないから。上がるわよー。お邪魔しまーす」

 タケシを押し除けズカズカと奥へ進む。その背中を見て、タケシがポツリ。

「これ…誰?」

 自分の知ってるルミと違う…編集部で冷たくあしらう彼女とのギャップに戸惑うタケシ。

 一方のルミはキッチンまで来ると、ぐるっと一周見回す。

「へぇ…案外と片付いてるんだ…」

 案外どころではない。家中どこもかしこもきれいに整理整頓されている。もちろんそれはタケシがやっていることで――――かつて4人で暮らしていた頃、同居していたトモミがいつも家中きれいに掃除していた。その状態を維持していたいというタケシの気持ちの表れでもある。3人がいつ帰ってきてもいいように、と。もっともタケシ本人の部屋は惨憺たる有様だが。

 さて品定め(?)が済んだか気が済んだか、ルミはキッチンテーブルのイスにドカッと座り

「まぁまぁ、そこ座って」

「…ここ、オレの家なんですけど…」

「そうそう、お昼、まだでしょ?」

「…話聞いてねぇ…」

「一緒に食べましょ?」

 にっこり笑って山吹色のレジ袋に入った弁当を掲げた。長方形のテーブルには肉野菜炒め弁当が2つ。気を利かせたのかタケシの分はご飯大盛りだ。

 とりあえず客人だし、ということでタケシはお茶を出し、それを一口啜ったところでルミが切り出した。

「さて、私がここへ来た本当の理由なんだけど」

「はぁ…」

 タケシは気の抜けた返事を返す。だが、ルミは急に神妙な顔つきになり身を乗り出した。つられてタケシも姿勢を正す。

「平日だと私は仕事だし、あなたは入稿でもないと編集部に顔を出さないんだと、デギール探しで一緒に動くのに面倒だと思うの。学校もあるんでしょ?」

「はぁ…」

「それで、一緒にいる時間をできるだけ増やして、いざとなったらすぐ行動できるようにした方がいいかなって。連絡も取りやすいし。ね? 名案でしょ」

 ルミはドヤッと笑顔だが

「はぁ…」

 タケシの返事に力は無い。

「…それとね…私、ちょっと我慢できなくて…」

 ルミはモジモジし始めた。

「はぁ?」

 左前に垂れたもみあげから長く伸びる髪をくるくるといじりつつ、顔を赤らめ上目遣いにタケシの顔を覗く。

「あの、ちょっと、恥ずかしい話なんだけど…」

「はぁ…」

 何の話をするつもりだ?とタケシは身構える。

「わ…たし、昔からおせっかい焼きで、なんかこう、タケシくん見てたら、こう、おせっかい魂が疼くというか、黙って見てられなくて…」

「はぁ…」

 何の話だ?と気が抜ける。

「それとね、あの、その…」

「はぁ…」

 まだ何かあるのか?と再び身構える。

「ホント、ごめんなさいッ!」


ダァンッ


「あ、いったぁ…」

 頭を深々と下げたつもりが勢い余っておでこをテーブルにしたたか打ちつけた。

「あの…あの後、ひとりになってからあれこれ思い出して考えてみて…私、無神経なことばかり言って…その…あなたを傷つけちゃうようなこと…それで…」

 痛みのせいなのか…おでこをさすりつつ、ホロホロと涙を流し始めた。

「罪滅ぼしというか、その、償いをさせて下さい!」

 また頭を下げるが、おでこはテーブル上2cmでギリギリ止まった。

「ホントに! …ホントに、無神経なことばかり言って…あなたの事情も聞かないで…私、警官としても人としても恥ずかしくて…その…」

 の後は口篭って聞き取れない。

「罪滅ぼしとか償いとか、そういうの、どうでもいいです。気にしてないですし。ただ…」

「ただ…?」

 下げた頭からタケシの表情を上目遣いで覗き込む。鼻の頭を掻きつつ、目線を右下に逸らすタケシが見えた。

「…なんていうか、オレのこと、心配してくれる人って、周りにあんましいないから、その、ちょっと嬉しいです」

 心なしかタケシは赤ら顔。

「タケシくん…ありがとう」

 やんわりとルミは微笑んだ。

「ルミさん…」

「あ、冷めないうちにいただきましょ?」

 自分で作った料理を一人で食べる食事風景に慣れていたタケシだが、こうして誰かと顔を突き合わせて食べるのも悪くないな、と思ったりもした。

「そういえば、タケシくんって、位相収束装置に名前つけてるのよね」

「位相収束装置…? あ、フェイザーのことか。オレじゃなくて、オヤジの手紙に書いてあったんで、そのままその呼び方なんですけど」

「そうなんだ…あ、そうだ。うふふっ」

 ルミはイイこと思いついちゃった!的なイタズラな微笑を浮かべる。右手首のブレスレットを何やら操作して

「認識変更。呼び出し名を『標準』から『フェイザー』へ。機能呼び出し設定を風音タケシのフェイザーと共有!」

 傍で見ていたタケシは唖然とした。

「ふふっ。これでお揃いの仲良しさんね!」



 こうして奇妙な二人の奇妙な同居生活が始まった。

 ここまでのやり取りでお気付きだと思うが、仕事中のルミとは違い、普段は人懐っこい反面、相当なポンコツでもある。編集部でもワステロフィの現場でもクールでシャキッとした姿しか見たことがない者にはおおよそ信じがたい。タケシもその一人。

 …だった。

 家事に関してはルミが(異星の地であることを加味しても)あまりにも絶望的。「いやー、だってロンメルドにいた時は寮生活だったから」と言い訳じみたことを言う。

(この人、何しに来たんだろうな? オレの世話をするとか言って来た気がするんだけど聞き違いだったかな…大人の女性って、こんなものなのか…? マジメな人ではあるんだけど)

 タケシは同居を許してしまったことをだんだん後悔し始めた。



「おおっと、事実かよ?? それで? ムフフなことが起こったりするんか?」

 新橋はニヤニヤしながら聞いてくるのだが

「起こらない」

 タケシは断言する。それは怒りでも照れでもなく、ただただ『迷惑この上ない』を最大限に強調した表情で。

「ホントかぁ?」

 新橋は尚も隠された真相(?)を追求するも

「ムフフじゃないな…ムカムカ、とでもいうか」

「ムラムラ、ではなく?」

「怒りと呆れをオノマトペにできるなら、オレに教えてくれよ…」

 タケシはひたすら呆れ顔だ。男女二人一つ屋根の下、何も起こらないはずもなく…と言いたいところだが。



「ルミさん! ルミさーん!」

 タケシは少々怒気を込んだ大声でルミの寝室の戸をバンバン叩く。タケシとて女性が眠る部屋の戸を断りもなく開けるなどという無粋なことはしないくらいのデリカシーは持ち合わせている。が、先ほどから何度声を掛けても返事がない。『戸をバンバン叩く』は今現在できる限りの強行手段でもある。

「…ふわぁぁぁぁぃ」

 やっと中から声がした。もぞもぞと衣擦れの音がした後。

「おはよう…ございます…」

 ボリボリと頭と尻を掻きながらルミが寝室から出てきた。相手はタケシと言えどさすがに他人の家なので部屋着には着替えている――――共に生活するようになった最初の朝、起きてきたルミの姿にタケシは唖然とした。寝癖でボサボサの髪、まだ開かぬ両眼。そこまではいいとして、なんと下着姿のまま部屋から出てきたのだ。長年一人で生活してきたタケシだ、他人が家の中にいること自体違和感があるのだが、瞬間…いや数秒間、いま目の前にいる者が誰なのか理解ができず固まった。元々整った顔立ちゆえノーメイクでもそれと分かる顔を見てそれがルミだと認識できたものの、その格好にさすがのタケシも声を荒げた。「服くらい着てください!」と。

 それにしても眠そうだ。まだ目が半開きである。その眠そうな理由――――編集部での激務の様子を知っているタケシだけに、休みの日に起こすのは気の毒かな?と思ったりもする。

「もうお昼前ですよ。昨日も遅かったんですか?」

「昨日じゃないわよ今日よ、今日。毎度のことだけど。その後でワステロフィの定時連絡があるじゃない? ターレア送ってくれって何度も言ってるんだけどなんでだか通らなくてねぇ」

 話しているうちに頭に血が通い始めたか、口調がハッキリしてきた。

「たー、なに?」

「ターレアって…こっちで言うアサルトライフルの名前ね。ガテーヌと同じ弾を使うんだけど、両手で持つ物だから扱い易いの。っていうかそんな弾をハンドガンで使ってるガテーヌの方がおかしいんだけど」

「はぁ…」

「まぁアレよ、デギールのアジトに踏み込むことになるならターレアの方が便利ってことよ」

「はぁ…」

 話している本人は分かったつもりでいるが、聞き慣れぬ言葉を胸を張って語られてもタケシにはチンプンカンプンだ。定時連絡とやらも初めて聞いた。

「それで何? こんな朝早くから」

 ルミは腰に両手を当て不機嫌そう。

 朝…早く…?とタケシは閉口しかけるが、言われて叩き起こした緊急の用件を思い出した。

「これです、これ!」

 ドスドス音を立てて風呂場へ。その脱衣場入り口の戸の上。ハンガーが掛けられており、それに吊るされているのは…色取り取りの下着たち。

「えー、だって他に干すところなかったし」

「自分の部屋に干してください!」

「えー、だって風通し悪いと生乾きで臭くなっちゃうじゃない?」

「外に干してください!」

「えー、だって女の子の下着よ? 外なんかに干せるわけないじゃない。盗まれちゃったらどうすんのよ」

(子…子って言った? っていうか下着ドロは気にしてもこれは気にしないのか?)

 そうは思ったが口には出さなかった。『触らぬルミに祟りなし』は常に生きている。いや、それ以前にこの人は女性としての何かが欠けている、と女性との接触経験の乏しいタケシですら感じている。

「それならアパートの方で干してくださいよ…」

 ルミが住んでいたアパートはそのまま借りている状態。編集部まで歩いて行ける距離な為、仕事が立て込んで遅くなる時にはそちらで寝泊まりすることもある。家賃はワステロフィ持ちなので気楽なものだ。

「あら、そのために下着持ち歩けって? バッグの中、パンツでいっぱいにして通勤しろって?」

「仕方ないじゃないですか!」

「仕方なくないわよ。ここに干せば済む話なんだから」

「ぐぬぬぬぅ…言って分からないなら力尽くで分からせますよ?」

 タケシは脅しのつもりだったのだが。

「あーら、やれるものならやってみなさい?」

 ルミは自信満々に挑発してくる。

「言ったな!」

 タケシは3期目の体育で柔道を選択した。仲間内では強い方、先生からもなかなか筋がいいぞと褒められてちょっと天狗になっていたりもする。得意技の大外刈りで倒せばルミもおとなしくなるだろうと思い、襟首を取りに右手を伸ばした。

「あれ?」

 襟首を取るはずの右手はその手首を取られさらに引っ張られる。上体は前方へ崩され、背を向け丸くなったルミの上に乗せられ

「ハァッ!」


ダァン


 腕を引かれタケシの身体は宙を舞う。一本背負である。柔道ならこれで一本、勝負ありというほど綺麗に決まったが、ルミは警察官、それもロンメルド本星では軍に相当する組織にいる者。逮捕技術としてCQC(近接戦闘)の訓練を相当に積んでいるのだ、これだけでは済まない。取った腕に両脚を絡め、極めた。

「あああああ! イテイテイテ! ギブギブギブ!」

 虚を突かれたおかげで腕十字固めが完全に決まってしまった。タケシはルミの脚をタップして降参を宣言するが

「まだ文句があるかしら?」

 腕十字を解いてくれない。

「ないです! ないです!」

「下着、干してもいい?」

「それはちょっと」

 締めた両脚に力が込められる。

「イデェェェェェェ??」

「私、この家にいてもいい?」

「いいです! いいです!」

「それならオッケー」

 にっこり笑ってやっとタケシの右腕を放した。



(あれ、痛かったな…)

 結局下着は自分の部屋で干すことになったのか、通路の暖簾となっていることはなくなった。とはいえ強弱関係をまざまざと見せつけられたようで忌々しい限りだ。

「ちゃんとゴムはしろよ?」

「ゴム…?」

 一瞬何のことか思案したタケシ、しかしその意味するトコロを理解し大声を上げる。

「しねェって!」

「いや、しろよ」

「そういう意味じゃなくって! そういう関係じゃないから!」

 タケシにしてみればいきなり家に押しかけてくるわブン投げられるでおおよそルミを女性とは認識していないのだ。

「で? おっぱい大っきいんか?」

「おっ…ぱい?」

 そもそもルミってどんな姿格好してたっけ?と思い返してみるも新橋ご指定のパーツが想起できない。

「えーと…」

「あ…ああ、いいや、分かったわ」

 新橋もまたタケシの態度から察し、大人しく引き下がったのであった。



 上等なイスとテーブル。ヴィヴァルディが流れつつも反響が抑えられ静寂に満ちるこの空間。

 タケシは今、ルミに呼ばれ、とある高級ホテルのラウンジにいる。

「あの、ルミさん…」

 ソワソワ落ち着かな気なタケシ。

「なぁに?」

 意味ありげに微笑むルミ。いつも通りピシッとスーツを着込んでいるのだが…

「何というか…こういう雰囲気の場所、落ち着かないんですが…」

 一方のタケシはといえばいつも通りの革ジャンにジーンズ。周りを見回せば見回すほど場の空気的に自分が浮いた存在なのを自覚させられる。

「ふふふ…こんなにくつろげる雰囲気なのに?」

「なんかこう、雑然とした空気じゃないっていうか…」

「たまにはいいじゃない。まぁ、いつもお世話になってるってことで。とっていうか、これから話す内容ってあまり誰かに聞かれたくないもの。こういう場所の方が客と客の空間が広いから、逆に拾い聞きされにくいのよ」

「そういうもんですか」

「そういうもんよ。さて時間が勿体無いから早速本題。まずは…一応固有名詞は伏せようかしら? アレはD、ってことで」

「はい。D、ですね」

「そのDなんだけど、タケシくんが知っている範囲では、この星の組織を利用して悪事を働いているってことなのよね?」

「はい。ただ、大きな組織ではなく個人商店的な小規模のもの、または完全に個人とか、その辺にスーツを与えて何かしているって感じです」

「なるほど。こっちからは…まずはこれを見てもらおうかな」

 ルミはスマホを取り出し、メモ帳の画面を開いて見せた。

「これは以前確保したDの構成員が証言したものよ。周りに聞かれたくないから文字にしてきた」

 画面にあったものはこうだ。


デギール心得


一つ、人の命を奪わない

一つ、弱い者から奪わない

一つ、困っている者には分け与えよ

一つ、仲間同士で助け合え

一つ、デギールは平和を愛する者なり


 タケシは目が点になっている。

「…Dって…平和組織なんですか?」

「そんなわけないじゃない。れっきとした犯罪組織よ?」

「でもこれだけ見ると、平和そうですよね」

「まぁね。確かに人殺しはしないし、お金は大企業や大金持ちから掠め取るってことが多いから、ワステロフィでもそっち専門の課が必要なんじゃないかって話も出るくらい」

「でもオレは殺されかけましたけど? 死ねッ、とか言われて」

「そこが疑問点の1つ。この星でのDの活動の奇妙なところよ。まずどこの世界でも犯罪組織が別な組織に素直に従うって、考えにくいのよね。強い力で従わせたか、あるいは取り引きをしたか。私は後者だと思う」

「例えば、どんな?」

「具体的には分からないけど…そうねぇ、スーツ自体はこの星では非常に強力な力として使える。だから自由にできる代わりに、D側からの注文をこなす、って感じで」

「だとするとヘブンとか武器とかが、そう?」

「多分ね。武器の方はDの要望なのかは分からない。だって、この星の武器はスーツには効かないもの。基本的に彼らの武装はブレイドなのよ」

「え? 何で?」

「スーツ同士の戦闘だと、一度の攻撃で与えるエネルギー総量がブレイドの方が大きいの。一撃必殺、というか。まぁ殺さないけどね。銃はブレイドを切り分けて飛ばすようなものだから一撃で仕留めるというのは無理。もっとも私たちは敵の身柄拘束が目的だからそれで十分仕事になるんだけどね。ワステロフィだと本隊のエース級の人たちは大体ブレイドがメインウェポンよ」

「へぇ。Dは銃とか持ってないんですか?」

「ワステロフィで広く使われているイグォール級のものがあるくらい。私が使ってるガテーヌ級の銃すら、彼らは持ってない」

「それは意外です。犯罪組織なのに」

「その辺がこれ、『平和を愛する者』ってとこなのかしら。とにかく戦争しようってわけじゃないのよね」

「うーむむむ…」

 タケシは腕組みをして難しい顔。

「何?」

「地球から見て、Dって宇宙人ですよね? 宇宙人が地球を支配しに来るって、もっととんでもなく強力な武器持って攻めてくるとか、そういう感じだと思ってたんだけど…なんかこう…地味だなぁ…って」

 ルミはカップを置くと呆れた、という顔でタケシを見る。

「…タケシくん、アニメとか好きでしょ?」

「まぁ人並みには嗜みますが」

「そういった創作物と現実は違うわよ? 宇宙人が武力で攻めて来たとして、この星の人たちは黙って支配を受け入れるの?」

「いえ、戦います」

「それで双方全力でやり合ったとして、どれほどの犠牲や被害が出ると思う? この星そのものが欲しいと言うなら話は別だけど、人や資源、環境が欲しいなら、できれば無傷で手に入れたいじゃない。だとしたら、武力で制圧っていうのは現実的ではないし、むしろ愚かな選択と言えるわ」

「なるほど!」

 合点がいったタケシは納得の表情だ。ルミの話を素直に受け入れるタケシは珍しいかもしれない。

「すでにDは拠点となる星をいくつか手に入れているけど、どれも戦争して手に入れたわけではない。うまいこと入り込んでいつの間にやら、ってね。それを解放しようにも私たちワステロフィが力を背景に入ろうものなら、ね? 今言った通りよ。犠牲ばかりが大きくなる。現実的じゃないのよ」

「じゃぁヘブンを使っているっていうのも…」

「どう使うのかは別として、材料であることは間違いないわね」

「目的を達せれば命までは取らなくてもいい、ってことなのか」

「多分そう。それで、今の話と矛盾してくるんだけど、Dの内部には派閥があって、穏健派と急進派に分かれているって情報がある」

「どの辺に矛盾が?」

「さっきの五箇条は穏健派のもので、急進派はこれをよしとせず、目的のために手段は選ばないという傾向がある。ワステロフィで扱う事件でもそうした傾向が見られて、それ故に以前よりもDに対する捜査は厳しくなっている」

「じゃあ地球に来ているのは…」

「急進派って可能性が高い」

「急進派で尚且つ直接犯罪にはタッチしないとなると、その先はどうなろうと知るもんか、と」

「そんなところね。ただ、この星のDについては他と違っていて、ガイストが強かった。そこが疑問点の二つ目」

「他じゃ弱いんですか?」

「アレも個体差があるようなんだけど、こないだのヤツほど強いのは初めて見たわ。それともう一つが、これ」

 ルミはスマホで写真を提示しタケシに見せる。

「何ですか? この六角形のヤツ」

「この間のガイストの現場で拾ったの。持ち歩くのは危険かなって写真で見せるしかできないんだけど。ガイストが出てくる現場は幾つか立ち会ったことはあるけど、どれほど潰してもこんなのが出てきたのは初めて」

「へぇ…」

「これ、ワステロフィへ送って解析してもらったんだけど、何なのかは分からなかった。どうも電気信号を制御する部品みたいなんだけど、それ以上は。驚きなのは、これがワステロフィで解析できた、ってこと」

「どゆこと?」

「ワステロフィの技術部ったって万能じゃない。でもこんな短期間で解析できるってことは、ワステロフィが理解できる技術、もっと言えばワステロフィの技術で作られているのではないか、ってことなのよ」

「ワステロフィが作ったってことは?」

「技術部に問い合わせたけど、作ってないって。ただ大昔、スーツ制御の開発時によく似た技術を使っていたことがあるんだとか。雑多に幾つも試作品を作ってた時代の話だから、大した資料は残ってないそうよ」

「これも分からずじまいか」

「そうなんだけど、そういうことや物があることを知ってるだけでも、後々の対応が違ってくるものだから」

「さすが警察の人ですね」

「まぁね」

 謙遜もせずタケシの賞賛を受け入れるのは自信の現れだろう。ルミはカップを取り香りを楽しむように一口啜る。

「ふぅ、おいし。ところでタケシくんは、アレがなんだか知ってて使ってるの?」

「アレ、って?」

「ギャノンスーツよ」

「うーん、便利だなと思ってるくらいで、特には」

「まぁそんなもんよね。あれってギャニオン流体って物質でできてるの。液体金属みたいなもの、かな。それが別位相空間から転送されて、私たちの身体を覆う。私たちは単にスーツって呼んでるけど、昔はタケシ君みたくギャノンスーツって呼んでたらしいわ。 …ギャノン…って、どんな意味なのか、知ってる?」

「え? 固有名詞じゃないの?」

「それに近いけど…『ギャノン』って、ロンメルドの言葉では『絶対的正義』。この星で『神』って呼んでるのが近い、かな」

「神…」

「ちなみに『ギャニオン』ってのは『神より(いづ)る』って意味になるんだけど、ワケわかんないわよね」

「はぁ…」

 話している本人にワケわかんないと言われても困るよな、とタケシは気の抜けた返事をするしかなかった。

 ルミの携帯に着信音。スマホの画面を見てルミは渋い顔。

「ふぅ。急いで編集部行かなくちゃならなくなった」

「お休みじゃなかったんですかっ?」

「そのつもりだったんだけど、連載の原稿が上がったって連絡入ったって。受け取りに行かなくちゃ」

 と言い終わるが早いか、ルミは革製の伝票ホルダーを掴み立ち上がる。

「あの! ルミさん!」

「いいのよ。呼び出したのは私だから、奢らせなさい?」

「じ、じゃあ、ゴチになります…」

「あ、くれぐれも一人で勝手に行動しちゃダメよ? 何かあったらちゃんと連絡よこしなさい。いいわね?」

「はい、分かってますって」

 こんな母親のような言い回しにも慣れたのか、反発する様子はない。

 タケシの言葉にヒラヒラと手を振るだけで返し、ルミは颯爽とレジへ向かった。こうして見送る後ろ姿を見ると格好の良い女性だとタケシも思う。それだけに家での惨状が目に余るのだが。

「…奢られるのはいいとして…あの人、よく働くよな…仕事取り上げたら呼吸できなくて死んじゃうんじゃないか?」


■なぜ?なに?ギャノン!


Q12

 ルミさんの下着はどんなのですか? やはりロンメルド製なのですか?

A12

 ルミは着るもの全般デパートで買っています。お金持ちというわけではありません。編集部の仕事が忙しい上に、ワステロフィの仕事もあるので、リーズナブルなお店を探す暇がなく、駅周辺のお店で買うしか知識がないのです。編集部自体、男ばかりなので、誰かに聞くというわけにもいきませんので。聞けば詳しい部員もいそうですが。色はピンク、ブルーなどでパステル系の淡いものが多く、ドギツイのはあまりないです。「あまりない」と言ったのは、地球にやってきた当初、イマイチ勝手が分からずとりあえず買ってみたものの、白いブラウスだとかなり透けると知って、以来タンスの守護神となっています。今では週刊マンスリーのグラビアが参考書です。


Q13

 ルミさんの趣味はなんですか?

A13

 ないです。

 …と言い切ってもいいほど、仕事が趣味な状態のルミ。学生時代までは色々やっていましたが、先攻捜査隊入りしてからは趣味どころではなく、自分の部屋に戻ってはバタンキューな日々のお陰で学生時代の趣味に手をかける暇がなくなってしまい、それっきり。

 地球に来てからは「散歩」と言いたいところですが、結局デギールの足跡を探すためというのが目的の大半なので、楽しんでいるかと言うと、どうか?

 それでも部屋、アパートの自分の部屋ですね、いるときには、地球の文化を理解するために、映画を見たり音楽を聴いたりしています。楽しんでいるかどうかは分かりませんが。ただ、ユーミンの「Destiny」を聴いて以来、外出時にサンダルを履くのを止めました。結構影響されやすかったりします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ