第三章 ガイスト② タケシの過去
まずは落ち着くべきかと、ルミは人目に付かない場所で話をすることを提案。タケシも了承し、今はビルの屋上。スーツの相着を解き、佇む二人。時おり頬を撫でる夜風が心地よい。
ルミは胸元を抱くように腕を組み、落下防止のフェンスにもたれかかる。タケシはフェンスを掴んだまま黙して語らず。しばしの時が流れ、痺れを切らしたルミが切り出した。
「風音君はさっきのアレ、ヒトだと思って戦ってたの?」
「…はい。だって、中の人がいないなんて、思わないじゃないですか」
返答するタケシの声には力が無かった。
「だからヒトを殺しちゃった、って思ったんだ」
「…はい」
それっきり再び沈黙。
「ねぇ、風音君。アナタ、あっちこっち顔出してはちょっかい出して…どういうつもりなの?」
しばらくの沈黙の後、タケシはポツリ。
「オレは…犯罪を未然に防ぎたい」
「は?」
「犯罪を防いで、犯罪に巻き込まれる人を無くしたい」
それは…あまりにも小声でルミに応えているというよりも独り言のようだった。
「何言ってるの? そんなの無理に決まってるじゃない。犯罪って、誰かが何かの罪を犯し、それが明るみになることで確定する。それを未然に防ごうだなんて、未来予知でもするつもり?」
(所詮は素人か)
あまりにも子供じみた…とルミは呆れた。それゆえその強めの口調は、あるいはタケシを小馬鹿にしているかのようだった。
「分かってますよ、そんなの」
「分かってるって…自分で言ってることが矛盾してるって分からない?」
「分かってます! 分かってても…オレはそう思ってるんです」
イラつくような素振りを見せるも、また独り言のようにその言葉はタケシの内側へ戻っていく。だがルミはお構いなしにいつも通り高圧的だ。
「こないだの大田区の倉庫の時、ブレイカー叩き込むのためらったわよね」
「それも見てたんですか…?」
「まぁね。で、何で? 勝ち確だったじゃない」
「…オレ、成り行き上デギールと戦っちゃってるけど、戦うのはともかく殺すのはイヤなんです」
「そりゃ誰だってそうだけど…なぜ?」
「まだ小学生の頃、クラスメートを殴って大ケガさせたことがあって…それっきり、人に手を出すのが怖くなっちゃって…」
「アマちゃんね。敵に情けをかけたところで、自分がケガしたり死んじゃったりしたらしょうがないじゃない。デギールとの戦いはアソビじゃない。子供のケンカと違うのよ?」
「そうかも知れません。でも…人を殺している現場でもないところで犯人を殺したんなら、犯人よりも重い罪を犯しちまったことになるじゃないですか。それも嫌だし、なにより相手が死んじまったら事件や組織についての情報を得られない。それでは組織壊滅までの道のりが、かえって遠ざかっちまう。そんなんじゃぁ意味がないッ!」
ガシャァ…
タケシが掴んだフェンスが軋み、音は周囲のフェンスに伝播して広がった。荒ぶるタケシにルミは冷ややかに問う。
「アナタは一人でデギールを潰すつもりでいるの?」
「潰すことは無理でも…それでも、ザコでも潰し続けていけば、そのうちウラで動いているヤツが接触してくるかもしれない」
「自分がオトリになるっていうの? 気の長い話ね。アナタ、デギールの規模舐めてない? 他の星々と連携してる私たちだって完全には把握できてないのに。この星だけで済まず他の星まで行かなきゃならなくなったらどうするつもり?」
「…」
(無言、か。そこまでの考えはナシってことよね。無理もないけど)
ふと見上げた夜の空は薄っすらと雲に覆われていた。
「まぁいいわ。考え方は人それぞれだもの。こっちは捜査に協力してもらってるし、何より今日は助けられちゃってるからね。だからというわけでもないけど…アナタの意志は尊重するわ。好きにやりなさい」
「…ありがとうございます」
相変わらずの「上から」な言い草にタケシは上っ面だけの謝辞で返す。
「アナタが倒したヤツね。さっきも言ったけど、アレはヒトじゃない」
「…ヒトじゃないなら何なんです?」
「自動で動く操り人形というか人型ドローンというか。いつも消えちゃって証拠が残りにくいからよくは分かってないんだけどね。たまにさっきみたいに爆発して。ただ…あんなに高速で動けるガイストは初めて見た」
「へぇ…そうなんですか」
タケシは興味なさ気だ。
ルミは組んでいた腕を解き、タケシの方へ身を乗り出した。
「ねぇ、アナタ、なんでギャノンスーツなんか持ってるの? 前も聞いたけど、私、まだ答えをもらってない。そもそもアナタはこの星の人? どうしてデギールを追いかけるの?」
「…」
タケシは両手でフェンスを掴み、虚ろな夜の闇を見つめながら無言だ。
「…答えたくなければ、それでもいい。黙秘権があるんだものね、この星には」
ルミは再び腕を組み、一つため息を吐くとすうっと目を閉じ俯く。
微かに聞こえる車の行き交う音の中に、小さくタケシの声が混じって聞こえた。
「オヤジはロンメルディです」
「ロンメルディって…ロンメルド生まれってこと?」
「はい。そしてオレも」
「それが…なんでこんな星になんか…」
「オヤジはロンメルドにいた頃、機構の仕事をしていたそうです。特任隊ってところで」
「特任って…選りすぐりのエリートじゃない??」
ルミは驚きの声を上げた。ルミの所属は先攻捜査隊。その上に本隊があり、本隊からさらに選りすぐりが集められた、特殊な任務に当たるエリート中のエリートたちがいる。それが特殊任務隊なのだ。
「そうなんですか。よく分かりませんけど。それである時、事件が発生して。保管されていたギャノンスーツが無くなったって。それでオヤジが犯人だって」
その話、ルミに思い当たる節があった。
「…ねぇ。アナタのお父さんの名前って…ノーリス=ギャリバ?」
「そうです。オレがテイクシー=ギャリバ、だそうです」
「私はその人を、ノーリス=ギャリバを探しに来た。スーツ窃盗の犯人だから、って。それが私に与えられた任務」
目の前のタケシはスーツを盗んだ張本人ではなかった。だが一方で窃盗犯は自分の先輩で、尚且つ自身では到底届かない超の付くエリート。ルミは困惑する。
「やっぱり。そういうことになってるんですね…」
タケシは力無く答えるが
「違うの?」
ルミにとって組織の、ワステロフィの言うことは絶対だ。しかしそれをタケシは否定する。組織に忠実なルミとしては「違うの?」の一言は驚きというよりも否定したタケシを否定する意を帯びる。
「オヤジは無実だって言ってました。濡れ衣だって。でも…そんなことはお構い無しに、オヤジは機構をクビになりました。でも納得いかなかったんでしょうね、クビなっても真犯人を探して…真犯人の目星がついてきて…その頃…うちには母と姉がいたそうですが、オレが生まれてから間もなく、事故に巻き込まれただかなんだかで二人とも行方不明に」
「行方…不明?」
「原因は結局分からないままだったんですけど、突然消えた、って。だから母も姉もどんな人だったかって、全く知らないんです」
「そう…」
ルミには何を言えばいいのか言葉が見つからない。ただ自分のつま先を見つめて小さく返事をするのみだ。
「それから、オヤジは無くなったっていうスーツを見つけて取り返したそうです。デギールの拠点で」
驚きが言葉にすらならない。スーツを見つけて取り返した? 時に殉職者すら出すデギール相手に、しかも拠点から? 目の前のタケシがサラリと言うくらいだ、武勇伝めいた誇張ではない、むしろ「単なる事実」なのだろうが、ルミは半信半疑だ。
(そんな…無茶な…)
点滅する飛行機の安全灯。行き交う車のヘッドライト。闇の中を無数の小さな光が動き回る。いつも通り平和に見える夜の街を、タケシはフェンス越しにぼんやりと眺めていた。
「でもロンメルドには戻れないから、オレを連れてこの地球へ来たって。小さかった時の話ですから、憶えてませんけどね。オヤジは言ってました。デギールには地球を支配下にする計画がある、と。それに使われるのが麻薬。ヘブンのことですよね。それから『ヘカテイアの鍵』を探せって。地球に甚大な被害を及ぼすからって」
「待って。今の話、おかしくない? どうしてお父さんが探さないの?」
虚な夜の闇をただ眺めながら、タケシは淡々と続けた。
「探していたと思いますよ。オヤジは新聞の記者をやってました。この地球で。だからオレの知ってるオヤジの姿は新聞記者なんです。でも、今思えばオヤジは仕事以外にも何かやっていた。しょっちゅう帰りが遅かったし、帰ってこない日も結構あったし。あれは敵を、デギールを追ってたんじゃないかなって。母と姉を殺したのは、デギールなんじゃないか、そうアタリをつけてたんじゃないかなって。そんなんだからオヤジは全然家にいなくて。代わりにトモミさん、オヤジがこっちに来てから親しくなった女性らしいんですけど、その人が母親代わりに面倒見てくれた」
「お二人はご結婚を?」
「いえ。理由は分かりませんが、結婚はしてません。でもほとんど夫婦のようなもんでした。時を経て、娘、オレからすれば妹ですが、生まれたんです」
「あら。今、妹さんは?」
重苦しい話の中に光明を見出したと思い明るく返した。
「…守人さん、『石廊崎事件』は知らないって言いましたよね」
ルミは静かに頷く。
「私は…こっちへ来たのは3年前だったから…」
「そうですか…今から6年前の話なんですが…」
◆
当時中学2年。
秋の行楽シーズン、父親が休暇が取れたからと家族で旅行に、という話だったのだが…
「タケシ、本当に明日、行かんのか?」
「ああ。3人で楽しんで来なよ」
「あらぁ。タケシさんも一緒に来たらいいのに」
「はは、トモミさん、もうオレ、親と一緒にあちこち行くような歳じゃないっすよ?」
「なんだぁ、おにいちゃんこないんだ…」
「うん。オレは学校あるからね。ヒカルはお父さん、トモミさんと一緒に楽しんでおいで」
「むぅぅぅ!」
妹のヒカルはぷっくりとほっぺを膨らます。当時3歳。かわいい盛りでよく懐いていた。
「石廊崎は海がキレイなところだぞ。帰って来たら、お話し聞かせてよ。ね?」
「…うん」
ヒカルは寂しそうに頷いた。
◆
翌日。
「形容詞にerを付けて、その後ろにthanという前置詞を置きます。『~よりも』という意味ですね」
(…前置詞…ってなんだっけ?)
英語の授業中。タケシはぼんやりと先生の話を聞いていた。時計を見ると10:00を少し回ったところ。
(腹減った…朝、あんま食ってないもんな…)
パキッ
シャーペンの芯が折れた。ノックするが、1㎜ほど頭を出したところで止まってしまった。
(…面倒くさ…)
ペンケースの中からシャー芯を1本取り出し、先から無理やりねじ込んでいるところへ
ガラッ
教室のドアが慌ただしく開けられ、校長先生が入ってきた。
「か、風音タケシ君はいますかっ?」
「え、はい。オレですが」
「荷物を持って職員室へ来なさい! 大至急!」
「え? あ、はい」
「風音、お前、なんかやらかした?」
「いや…身に覚えないんだけど…?」
職員室へ行くと、そこには先生たち以外に、スーツ姿の男が2人。刑事だった。そこで告げられた。
父親とトモミ、ヒカルまでもが行方不明になったことを…
◆
「それから2人の刑事さんと一緒に現場へ行って…ここだと言われた場所は、地面から何から丸く抉られてて… 原因不明の事故、ってことになってます。遺体も出てこなくって。辛うじてオヤジの免許証が見つかったんで身元は分かったんですが。目撃した人の話では、親子3人とその周辺にあったものが消えた、って。行方不明、って。また『消えた』んです。肉親が。愛する人たちが」
ワナワナと震えるタケシの手が、掴んだフェンスをギシギシ軋ませる。
「その後、こっちに戻ってきたらオレも取り調べを受けて…何度も何度も…オレは何も知らないって言ってるのに…信じてもらえなくて…その日家に帰ったのって夕方の6時でした…」
「…そう…」
警察の取り調べなどどこも一緒だなとは思うが…ルミは顔からサァッと血の気が引くのが自分でも分かった。
「事件のあと、荷物を整理してたらオヤジの書き置きが出てきて。さすが記者ですよね、理路整然とこれまでのことが記してあって。さっきの、ロンメルディとかそういうの、みんなそれに書いてあったことです。オレ、オヤジとはあんまり話をしたことなくて。寡黙な人でしたから。ギャノンスーツを手にしたのもその時です。このスーツは…オヤジの…いわば形見なんです」
そう言うと、タケシは再び街の夜景に視線を落とす。
「書き置きの内容はまるで予言でした。デギールのことも、ヘブンのことも、そこに。そしてエンプティヘブンは広めてはいけない、と。人類存亡の危機になるって。それと、『ヘカテイアの鍵』を探せって。オヤジもそれが何物だかは分かってなくて、でも惑星規模の災厄の原因になるはずだって」
「惑星規模の…災厄…」
ルミの中に一抹の疑問が湧き起こる。自分の任務はスーツ窃盗の犯人を捕まえること。それなら目の前の若者を捕らえれば済む話だ。しかし…それでいいのか? それだけでいいのか? 身内がことごとく行方不明になり心を痛めている犯罪被害者、惑星規模の災厄とまで言っている青年を犯人に仕立て上げて、それで自分の任務は終わりなのか?
「デギールを追いかけてて消されたのなら、やったのはデギールだと思うしかない」
「仇を取りたいの?」
「いえ…オレは真実を知りたい。できればオヤジの無実を証明したい。だから…真実のためにはどんなに憎くたってデギールを殺したりできない。そして、オレと同じ悲しみを、誰一人として味わって欲しくない。それなら、犯罪に巻き込まれないようにするしかない。ただ、それだけです」
「理想」という言葉をルミは飲み込んだ。
「事件を追うなら、やっぱり記者になった方がいいかなって。それで、マンスリー編集部でバイトして、あっちこっち走り回って、調べ回って、やっとデギールの尻尾を掴めるようになってきた。でもギャノンスーツを持ってることが犯罪だなんて知らなかった。すぐにでも返したいけど、でもまだデギールの正体すら掴めてないのに…」
タケシは夜空を見上げた。星は見えなかった。
「あの時…オレも一緒に行けばよかったのかな。あの場所で、みんな一緒に…」
「違う…!」
「え?」
タケシは驚いてルミを見た。真っ直ぐ向き直り、タケシを見つめている。
「それは違う! あなたは生き残った。生き残ったからには、そこに何か意味があるはず。何かしなければならないことがあるはず。だから、あなたは生きなければいけないのよ。その意味がわかるまで」
怒りでもなく、悲しみでもなく、しかし力強さのこもる声だった。
「私ね、小さい時の記憶が無いんだよね」
「え?」
「事故で大怪我したって。記憶が無いから親から聞いた話なんだけどね。でもそれで不幸だって思ったことはなくって」
「…強いですね、守人さんは」
「そんなんじゃないわよ。優しい両親の元でここまで育ててもらったんだから。だから、今もこうしていられる」
心なしか目元にキラキラ光るものが見えた気がしたが、しかしルミは笑顔だった。
「ごめんなさい、そんなつもりは無かったんだけど…あなたに色々思い出させちゃったみたいで…だから…あなたを犯罪者扱いしたこと、謝罪します。ごめんなさい」
深々と頭を下げる。
思ってもみないルミの行動にタケシは面食らった。
「いや、そんな?? …守人さんは仕事でそうしてただけですから」
「私の上司がよく言ってたわ。『我々は法を守るのではない。人を守るのだ』って」
「立派な上司さんですね」
「ええ。私が尊敬してやまない人よ。スーツの件は…私がなんとかします。責任を持って。むしろ、そのスーツはあなたが使わなければいけないものよ。あなたが目的を達するまで」
「そうしていただけると助かりますけど…でも逮捕しなきゃいけないんでしょ? オレを」
「まぁ、そう…なんだけどね… あ、そうかっ! ねぇ、報道一課って分かる?」
「いえ…」
「ロンメルド通信社にはワステロフィと連携して犯罪を追う専門の部署があって、そこは報道一課って呼ばれてるの。報道一課は犯罪の捜査が役割。捜査結果はメディアで公開する権利があるけど、同時にワステロフィへ報告する義務もあって、その情報を元に、私たち先攻捜査隊が動くの。危険な捜査になるから武装も認められている。当然スーツの使用も、ね」
「ということは…」
「風音タケシ君。現時刻を以て、捜査時緊急特例措置を現場指揮者ルミエール=シューレンの権限で発効。あなたを臨時の報道一課として任命します。報道一課の任務として捜査結果を私に報告する代わりに、緊急の措置としてそのスーツの使用を許可します。自分の身を守るために、ね。あなたは今から『宇宙記者ギャノン』よ」
「守人さん…! ありがとうございます!」
タケシの顔に笑顔が戻った。それに応えるようにルミも笑顔だ。
「ふう…なんだか大変な夜になっちゃったわね。ごめんね? 今日は私の方で待ち合わせを指定したのに遅刻して…こんなことになっちゃって…」
「遅刻? それならオレ、そもそもその時間に約束の場所に着いてないですよ?」
「…え?」
「守人さんを待たせちゃ悪いな、また叱られちゃうなって、早めに出たんですけど、知っての通り、変なのに絡まれちゃって」
「え?」
◆
時を遡り、21:15。
「さすがに10分以上前に着いてりゃお叱りを受けることもないよなぁ…ないよな? でも時々理不尽な叱られ方をされてるような気もするんだけど…まぁいいか」
タケシは駐輪場から指定された待ち合わせ場所へ。夜の街とは言え、不思議なことに人っ子一人いなかった。これからやることを考えれば、最初から人目につかない方が都合いいのではあるが。
しばらく待つがルミが現れない。携帯で時刻を確認すると21:31。約束の刻限を過ぎている。
「珍しいな、守人さんが遅刻とか。普段あんなに厳しいのに。こりゃちょっと言ってやら… ん?」
カッ カッ…
妙な音が聞こえてきた。硬いものを硬いもので叩くような、硬質な音。
「…誰かが…見ている? …守人さん? …じゃないな。もっと上の方…」
カッ カンッ…
周りを見渡すが誰もいない。しかし音はだんだん大きくなりこちらへ近づいてくる。タケシは今一度周りに人気がないのを確認すると、左手を上に掲げる。
「大ゴトになる前に…フェイザー! 相 着!」
フェイズヘイローを潜り抜けたその時。
ドガッ
唐突に背中を殴り付けられ、タケシはフッ飛ばされた。
「ウワァッ? あっぶな! 相着しておいて良かったぁ。誰だッ?」
見渡せど人影は無し。
カンッ
また物音が接近。
「ギャノンブレイド!」
ガシィッ
目と鼻の先まで迫った赤く光るものを間一髪ブレイドで受け止める。動きを止めることで打撃の主の姿を目にすることができた。デギールのスーツのようだがこれまでと違いやけに細身だ。視認性の低いダークグレーがそれを一層際立たせている。
「誰だ?」
「…」
「デギールか?」
「…」
返事はない。
「ここで…やるのか?」
問いかけとも独り言とも取れぬ声で、タケシはつぶやいた。だが相手は瞬時に身を引くと、名乗りもへったくれもなく、ただひたすらに斬り付けてくるのだ、やらぬわけにもいかない。
ガシュッ
ガシュッ
ブレイド同士がぶつかり合う鈍い音がビル街の谷間に響く。
◆
「そんなことが…後出しになっちゃうけど、私はそこにいなかった方が結果的に良かったってことかしらね」
「どうなんでしょう? 分かりませんけど」
「ふふっ…気を使わなくてもいいわ。私はもうあなたを疑ってなんかないから。繰り返しになるけど、ごめんなさい」
ルミは再びペコリと頭を下げた。
「い、いいえ、そんな、守人さんが謝るようなことは何も…」
「ルミでいいわ」
穏やかな笑顔。こんな顔したルミを、タケシは初めて見た。
「え? る…ルミ…さんが、そんな、謝らなくてもいいです…よ…から」
「言い慣れないなら別にいいけど、そうね、それはあなたを疑ってないことの証明みたいなものだから、できればそう呼んで欲しい、かな」
「じ…じゃあ、オレも…タケシで…構いま…せん」
「そう…タケシくん?」
「ハイ!」
「良いお返事ね」
「編集部でもこう呼ぶんですか?」
「あー、それは無いかな。私たち犬猿の仲みたいだし」
「…はい…」
タケシは苦笑した。
「いいんじゃない? 私たちだけの秘密ってことで。ふふふ。他になんか無い? 隠し事とか」
イタズラっぽくルミが問いかける。
「隠し事ってのは無いですけど…オレ、もしかすると地球の人の血が流れてるかもしれないんです」
「え? まだビックリ告白があるの?」
「いやいや、それほどの話じゃ…さっきも言いましたけど、オレ、母のことは全然知らないんですが、母自体、地球の人らしいんです。オヤジの手紙に、ちょっとだけ書いてあって。だから普通のロンメルド人とも体質がちょっと違うのかも知れません」
「そう…体質のことは、まぁ置いといて…この星は、あなたにとって第二の故郷ってとこなのね」
「そう…いうことですね。だから俺はどうしても地球を守りたい、そう思うのかも知れない」
ルミは街の夜景に視線を向ける。その優しい視線の先には無数の灯りが銀河のように瞬いていた。
「ねぇ、見て、この街の夜景。一つ一つ輝く灯りがあって、それは人が生きている証でもある。私たちが守らなければならないものよ」
「…ハイッ!」
「ん。良いお返事ね。そして闇に潜む悪いヤツ、一緒に探しましょ!」
そう言ってルミは右手を差し出す。無論タケシはそれに応え、固い握手を交わした。二人の向こう側には、夜の闇に静まり返る街の夜景があった。
◆
「蒸し返すようになっちゃうけど、ご家族が行方不明になられてからどうやって暮らしてたの? ご親戚とかは?」
「いえ、親父がそんなだから親戚とか無いですよ」
「それじゃ、まさか一人で?」
「まさかも何もないです。ずっと一人で生きてますよ」
「それは…大変だったでしょう」
「最初はそうですけど、今じゃ慣れたもんです。それじゃ守…ルミさん、気を付けて帰ってください」
「ありがとう。タケシくん、あなたもね。 …また明日」
バイクの赤いテールランプが夜の闇に消えた。
ルミはそれを見届けた後、ガイストが爆散した方を見ると、珍妙なものが落ちていることに気が付いた。
「何かしら…これ…」
対角12cmほどで、緑色の、六角形のプレートだった。
「さっきのガイストの落とし物? ちょっと調べてみるか」
◆
帰途に着いたタケシ、その途中でふと気が付いた。
「…ん? さっきルミさん、『また明日』って言ってたよな? オレ入稿済んでるから編集部に用事ないんだけど…なんか勘違いでもした…?」
まぁいいかと別段気にもせず、夜の街を駆け抜けた。
■なぜ?なに?ギャノン!
Q10
オーギュメントって何ですか?
A10
ワステロフィの部署における任務の違いで、特殊な任務用にスーツの特定の機能を拡張したものがオーギュメントです。タケシのスーツの場合、スピードが拡張されています。スピードを優先する設計のため、例えば防御などの機能は下がっています。ルミのスーツは、本人も作中で言っていますが先攻捜査隊用のもので防御力を上げていますが、これをオーギュメントとは呼ばないようですね。
後々登場する仕様で「エクスパンド」というものがあります。スーツに後から機能を追加する、というもの。重いものを扱うのに腕だけパワーアップするとか。状況で変更できるので重宝されています。
Q11
集団での作戦行動だとスーツの見た目が同じでは不便な気がしますが?
A11
デギールのアンザグはどれもこれも見た目は同じです。大体、一人一人に違うものを配るなんて、コスト的に見合わないですから。ギャノンスーツも同様ですが、タケシのものはルミのものよりも世代が古いので多少違いがあります。それでも同世代機種ならばあまり見た目に違いはありません。この辺は量産機ロマンというものなのです。ご理解いただきたい。
今作品中では出てこない設定で、スーツ表面に地位や所属を示す模様を出すことができます。味方同士でスーツの識別信号を同期させると、距離が近い時相手の顔が見える機能もあります。また、距離が離れている場合でも追加された視覚系ユニットの機能により視野内に識別の名前や部隊名などが表示されます。識別信号のネットワークにデギールが干渉して偽装するという手も考えられますが、人数多いところでそれをやると自分たちも混乱するのでやっていません。