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第一章 風音タケシ① 週刊マンスリー編集部

 ここは妙瑛(みょうえい)出版週刊マンスリー編集部。巻頭巻末にアイドルやセクシー女優のグラビアがある、いわゆるひとつの男性向け週刊誌を編集している。単なるグラビア誌ではなく、特集記事も白黒の活字ページが毎週紙面を賑やかす。その編集部もまた雑誌の色を反映してかいつも賑やかである。

「ルミちゅわぁーん、今度食事でもどう?」

「結構です」

「キター!」

「ついに三十人斬り達成!」

「石田さーん、だからよしなって言ったのにー」

 守人ルミ。

 マンスリー編集部員の紅一点。170㎝程はあろう高めの背丈。鍛えているのかしっかりしたその体躯は服の上からも見て取れる。チャコールグレーのジャケットとタイトスカートに白いブラウス、黒のパンプスと、平均的なOLの服装…と言いたいが、編集部では特にドレスコードがないので部員の服装は皆様々。むしろルミだけがカッチリして浮き気味とも言える。腰に届くほどの艶やかな栗色の髪は一本に結わかれ、右後ろへアップにしているので、その容貌は、さながらちょっとキツめの女教師と言ったところか。

 その彼女がここへ来て間も無く1年半が経とうとしている。先ほどのような風景も今月はこれで5度目。今しがたカメラマンの石田が沈められたところだ。編集部へ顔を出すライターやカメラマンなどなどが堕とさんと挑むが悉く撃墜。開口一番の一太刀でバッサリだ。さながら現代のかぐや姫とでも言えようが、無理難題を吹っ掛けられない分マシかも知れない。

「ルミさんって、彼氏作らないんっスか?」

 編集部若手の渡辺は怖いもの知らずである。ルミの地雷原にタップダンスを踊るレベルで突っ込んでいく。

「間に合ってますから」

「え? 彼氏いるんスかっ?」

「いないけど?」

「えー、ルミさんくらいキレイな女性(ひと)なら選り取り見取りでしょうにー」

 さすが地雷原ダンサー渡辺、思ったことは考え無しにすぐ口に出る。

 さりとてルミも女、『キレイ』と言われれば悪い気はしない。

「…そんなこと…」

 ふっ、と表情が緩むのだが…

「おぉっと。それじゃ俺とゴージャスでスリリングなパリナイを過ごさないかーい?」

 再チャレンジを試みる石田が、ルミの背後に忍び寄り、肩に手をかけた。

「石田さん! それは」

 編集部中堅の秋山が声を上げるが


ダァンッ


「うぐぁッ!」

 間に合わず、石田の足が踏み抜かれた。

「あちゃー」

 副編集長の佐藤は額に手を当てる。

「出た! 裁きのいかづちっ!」

 大はしゃぎの渡辺。

「言わんこっちゃねぇ…」

 制止の声は届かなかった、嘆きの秋山。

「石田さーん、ルミさんは不可触不可侵、勝利の女神。マンスリーのアテナですから。許可なく触れようものなら女神の一撃が落ちますぜ?」

 秋山と同期、ムードメーカーの小林が懇切丁寧に手遅れな忠告をする。

「アテナ? …アレスだと思ってたっス」

 渡辺がつぶやくが


パカッ


「あいたっ!」

「バカ。そっちは軍神だ」

 佐藤に頭を叩かれ窘められる。どうにもこの二人、まるで仲のいい父子(おやこ)だ。

 そんな賑やかなマンスリー編集部のドアが開き、一人の若者が入ってきた。

「おはよーございまーす!」

「お、神に抗う男の登場だ」

「え? 何の話です? …そこでうずくまってるのって…石田さん?」

 見知った来客に、編集部員が次々と声を掛ける。

「お、タケちゃんかい? おーい編集長。お客さんだよー」

「よう、タケシくん」

「どうも! 小林さん。秋山さん」

 彼の名は風音タケシ。

 間も無く20歳の大学2年生。この快活な若者は将来マスコミ関係の職に就きたいと、この編集部にアルバイトで入っている。どうせなら、とかつて彼の父に世話になったと言う秋山の勧めで記事も書き始めた。秋山も練習のつもりでいたのだが、中々に興味深いネタを持ち込むので記事が採用され、昨今ではほぼ毎週掲載されている。アルバイトだからと値切られることもなく大人たちと対等なギャラが支払われているので実質フリーのライターと言えよう。背丈は170㎝中程。ガッシリとした体型とまで言えないものの、細く引き締まった身体に、黒い革製のライダースジャケットとジーンズを纏う。ああ、バイク乗りなのだなと想像できる以外は特に珍しくもない、ごく普通の大学生だ。

「ようタケシ。まぁまずはそこに座ってくれ。守人クン、コーヒーを二人分、よろしく!」

 編集部奥のデスクから出てきたのはマンスリー編集長、岩竹茂。

 飄々と見えるが、編集長を任されるくらいだ、人望はある。上背があり恰幅が良いその見た目には、人それぞれ形容の言葉があるだろうが、腕も胴も、いずれもとにかく常人より一回り大きいという印象を持つに違いない。年中ウィンドウペーン柄でブラウンのツィードジャケットでいることが多い。当然今日もそれである。

「ここは昭和のオフィスじゃありませんから。ご自分でお願いします。それから、お知り合いとはいえ、接客時にはイヤホンを外していただかないと」

 競馬中継を聞くのが趣味ということもあって、岩竹は左耳にイヤホンをしていることが多いのだ。

「おおっとツレないねぇ。タケシ、ちょっとそこ座って待っててくれ。俺がとびっきり美味いの入れてくるからよ。インスタントだけどな。ガハハハ」

「ありがとうございます! ふぅ」

 タケシはドサっとソファーに身を委ねると、その脇に人の気配を感じ顔を上げる。傍には腕組みをしたルミがタケシを見下ろしていた。

「今日はどういう御用向きで?」

「ビジネスですよ、ビ・ジ・ネ・ス。今日も特ダネ持って来ましたよぉ!」

「特ダネ…ねぇ。風音君、今日はグローブどうしたのかしら? 茶色い革の」

「あ、ああ、あれねぇ、片方どっかに落としちゃったみたいで、見つからないんですよ。今日この後、買いに行くつもりなんですけどね。あはは」

 愛想笑いか作り笑いか、不自然に笑いつつタケシの目が泳ぐ。

「そう。 …案外、すぐに見つかるかもよ?」

 冷ややかな呟きと共に彼女は自分の机へ戻った。

「え…?」

 タケシはギョッとして顔を上げる。入れ替わりにコーヒーカップを乗せたお盆をカチャカチャと音を立てながら岩竹がやってきた。

「ほれ、コーヒーだ、飲みな。お砂糖は? …まぁ自分で入れな。で、今日はなんだ。今、特ダネって言ってたが」

 タケシはソファーから身を起こし、くつろぎムードからキリッとした顔つきに変わった。

「まずはこれを見てください。原稿はこっちに。それとネガも」

 持っていた封筒から出てきたのは、プリントされた写真とメモリカード、そして最近では珍しい、銀塩フィルムのネガだ。

「お前はホント物好きだな。このご時世、写真もデジタルが当たり前だってのに。しかもモノクロときたもんだ」

「データではいつ外に流出するかわかりませんから。モノクロなら自分で現像できますんで」

「まぁいいさ。紙面は元々モノクロだし、使えるならフィルムからスキャンして使うから… …これは?」

 岩竹の目付きが変わった。


【潜入ルポ! エンプティヘブンの恐怖!!】


「詳しいことは原稿を読んでいただくとして、ざっくり言えば、麻薬の取引現場です」



 昨夜22:00過ぎ。

「逃がすな! 追え!」

「生きて帰すな!」

 港町、横浜。その貿易港の中心より少し離れた、遊漁船が多く溜まる小さな港で、白いマスカレードマスクで顔を覆った者たちが夜の闇に散っていった。


「くっそぉぉぉ! しくじったぁぁぁっ!」

 常夜灯のオレンジ色を掻き分けるように闇の中を走る若者が一人。追っ手を振り切り逃げ切ったかに思われたが。

「行き止まりか…チッ!」

 積まれたコンテナの壁に阻まれ引き返そうとした行手を遮るように白マスクたちが群れた。

「テメェ何者だ? いや、答える必要はねぇ。今ここで消えてもらう!」

 白マスクたちが彼を取り囲む。各々手には銃。どれもこの国では入手困難なシロモノだ。

(どうする? こんなヤツら相手にアレ使うわけにはいかない…が!)

「やれッ!」

 合図と共に無数の発砲音。どれだけの鉛玉が放たれたというのか、辺り一面、硝煙に包まれた。

「…なにィっ?」

 夜の潮風が煙を運び去る。しかし蜂の巣になったであろう19歳の若者の姿が無かった。

「消えた…? 探せ! どういう手品か知らねぇが、まだこの辺りにいるはずだ! 逃がすな!」

 白マスクたちは散開し、各々彼の姿を追う。しかし、それを見出すことは叶わなかった…



「それは…またシビアな現場を押さえたもんだ。これもオマエさんの言う組織のアレってことかい?」

「間違いないです。デギール。国際的な犯罪組織です」

 作業に戻ったルミが、ピクっと止まる。

「デギール、ねぇ… …なぁタケシ。オマエさん、結構ヤバいヤマ追ってないか? 知っての通り、うちは発行部数はそこそこあるものの、所詮は大衆誌だ。もちろん社会派なネタも掲載はするが、読者にどこまでそれが伝わるか。社会問題よりもグラビアや競馬の予想記事の方が人気があるような雑誌だからな。うちに記事を入れてくれるのは嬉しいが、それでオマエの身に何かあってもな」

「ご心配ありがとうございます。自分の身を心配してくれる人なんて、もういませんからね。嬉しい限りです。でも、これは…これだけはどうしても追いかけなきゃいけない、そう思うんです」

「ソイツを追って、どうする気だ?」

「オレは大して力もない、ささやかな小市民です。だから犯罪を見つけたところでどうすることもできません。でも、そんな闇に光を当て続ければ、最後には犯罪そのものも…なくすことはできなくても減らせるんじゃないかと思うんです」

「なるほどな。まぁオマエさん自身の意志を否定はしない。だが覚えておけ。真の邪悪ってヤツは聖者の顔をしている。タケシ、オマエにそれが見抜けるかな? 本物の悪、ってヤツを」

(聖者の顔をした、本物の悪…?)

 思いがけぬ岩竹の言葉を、タケシはにわかには理解できなかった。とはいえこういうときは前向きな返答をするもの、と心得ているタケシ

「ハイ! がんばります!」

 ビシッと気をつけ!の姿勢で大きな声で返事をする。

「ふっ。若いな。おっと、皮肉で言ってるんじゃないぜ?」

「恐縮です」

「全く、若いってぇのは素晴らしい。目指すものがあるなら、どこまでも突っ込んでいけ。だが、ムチャはするなよ。さっきオマエは心配するヤツはいないって言ったが、少なくともここに一人いるんだ。覚えておいてくれ」

「ありがとうございます。今日はこれで」

 タケシは立ち上がり岩竹に一礼。

「おお、分かった。またな。いいネタがあったらよろしく頼む。だがくれぐれも…」

「ムチャはするな、でしょ?」

「ああ、その通りだ」

「タケシ君、入稿は済んだかい? 昼食まだなら一緒にどうだろう」

 荷物をまとめていたタケシに秋山が声を掛ける。

「はい! ご一緒いたします!」

 遠巻きに様子を見ていた守人ルミの目が、冷たく光る。

(間違いない。この風音って子、何かを知っている…それなら…)



 秋山に誘われて昼食を共にするのは珍しいことではない。秋山は人生の先輩であり気軽に相談できる相手でもあるのでタケシにとっては短いながらも貴重な時間だ。秋山もまたタケシの父親に世話になった恩義があるので何かとタケシには目を掛けていた。今の大学に決めたのも秋山の助言があってこそでもある。

 昼食が済み、タケシは大学へ向かわんとバイクに跨ったところで携帯が鳴る。メールの着信。だがタケシは画面を見て眉を顰めた。

(何だコレ?)


〈送信者:unknown

 題 名:若いライターさんへ

 本 文:大人しく手を引け。命の保証はない。〉


(誰だ? 見覚えのないメアド…というかドメインが何だこれ? ワケわかんね。イタズラか? とは言え…)

 身に覚えがあるだけに、このタイミングで奇妙なメールとは気になるところだ。

(…面白いことになってきた…のかな?)



「…ただいま…」

 講義を終え自宅へ戻る。帰宅の挨拶をするも、薄暗い屋内からの返事はない。屋家と共に時を刻んできた振り子時計が、カッチッカッチッと今を刻み続ける音だけが響く。

 明かりも点けず自分の部屋へ入っていったタケシが荷物を置いて出てきた。夕暮れのほの赤い光が差すキッチンを抜け、ふとタンスの上の写真立てに目線をやる。

「俺が…必ず!」

 そう呟くと、再び戸外へ出て行った。


キュキュン ブウォウ…


 4スト998CCが心地よい排気音(エグゾースト)を響かせる。間も無くカチャリとギアが入ると一旦爆音を上げるがやがてそれは夕闇迫る街の喧騒に溶けて消えた。



 到着したのは横浜港湾地区。すなわち昨夜と同じ場所、なのだが。

「まさか昨日の今日でやってるとは思えないけど、一応、ね」

 当該倉庫へ来てみると、内部には灯りが煌々と灯っている。

「マジか… 奴らバカなのか? オレが通報したとか考えないのかな。それとも余程の自信がある? ともかく中を見てみないことにはな」

 タケシは昨夜同様物陰を伝って倉庫へ接近、窓から様子を伺う。

「…何だあのでっかい箱。昨日はあんなの無か


カチリ…


 背後で小さな金属音。

「…なるほど、ね」

「動くなよ」

「両手を頭の後ろに。そして俺たちについて来てもらう」

 振り向けば、彼の周りを銃を持った白いマスカレードマスクを被った者たちがタケシをぐるりと囲っていた。



 タケシは背中から銃を突き付けられたまま、倉庫の中へ連行された。白熱球の薄明かりで照らされる屋内には異国の文字がスタンプされた木箱が(うずたか)く積まれる。タケシは周りを白マスクたちにグルッと囲まれ、一人の男の前に出された。グレーのパーカーに黒いパラシュートパンツ、体格はタケシと変わらないが、その容姿から誰もが一目でカタギではないと分かる。その証拠とも言える目付きは異様に鋭く冷たい。

 長田誠也(おさだせいや)、27歳。特殊詐欺で得た金を元手にいわゆる半グレのリーダーとして裏バイトで人を集め、ここ1年弱で急速に大きな集団に育った。

「とりま答えろや。オメェ、何モン?」

「…」

「ここで何をしてやがった?」

「…」

「答えろやァ!」

「取材だ」

 長田の怒声に臆することなくタケシは冷静に応えた。

「取材ィ?」

 いつもなら脅し一発で相手が怯んだところを自分のペースに持っていく長田だが意に反してタケシが冷静。しかも思ってもみない返答に調子が狂い眉を顰めた。

「アンタたちの悪行、世間へ全て洗いざらいにしてやる!」

「随分威勢がいいなァ。そう言やァ、ここのンとこヘブンについて嗅ぎ回っている雑誌の記者っているって聞いてんだが、オメェのことだベ?」

「だったらどうした?」

「どうもこうもねェ、残念だがオメェはもう記事なんか書けねェベ。この場で消すことになるからなァ。だがせっかく取材に来たってェんだ、イイモン見せてやンベェよ。オイ!」

 長田の号令で白マスクたちが木箱の一つが開ける。中には見覚えのある白い粉だ。

「コレだベ? オメェの探しモンはよォ」

 長田は立ち上がると、それが入った小袋をひとつ、つまみ上げ

「コレがオメェが見たがってたヘブンってヤツだ。まぁそこで見てろや」

 側にあった木箱の一つへ目線を(いざな)う。上には中で忙しく動き回るモノが入ったケージ。

「さっきそこで捕まえたドブネズミだベ。これに」

 先程の白い粉末を振りかけた。ケージに入れられてただでさえ落ち着かなかったネズミの様子が一変する。激しく暴れ回ったと思ったら、グッタリと横たわった。呼吸をしている様子は見て取れるので死んではいないようだ。

「ハイな気分のままグッタリとして、それはそれは気持ちイイらしいぜ。まぁ聞いた話だけじゃァわかんねェベ、ヒトに使えばどうなんのかナァ? オイ」

 長田に指図されて、白マスクたちが運び込んだのは先程見た大きな荷物。箱を開けると中から出て来たのは…

「むぅー むぅー」

 ロープで両手両足の自由を奪われ、口には猿轡。

「子供… 女の子? 何をする気だッ?」

 にわかにタケシの表情が厳しくなる。

「どうもこうもねぇ、実験だベ、実験。どうせ後で『出荷』する『モノ』だ、大人しくしててくれりゃこっちも好都合だベな。ウワハハハ」

 長田は神経を逆撫でする甲高い笑い声を上げると、タケシに背を向け女の子に手を伸ばした。

「やめろーッ!」

 タケシは叫び白マスクたちを振り切り飛び出すと、長田の手から白い小袋を叩き落とし少女の前に割って入った。

「コイツっ…?」

 白マスクたちが一斉に銃をかまえるが

「止めとけェ。『商品』に当たっちまァベ」

 長田は右手を上げ白マスクたちを制止、ニヤリと口角を上げてタケシを見た。

「いい度胸してんなァ。おもしれェ、コイツはオレが可愛がってやんベェよ。オメェらはブツを運び出しとけ」

「この娘はどうしますか??」

「後で取り来い。コイツで『遊んで』から連絡すっからよォ」

「お、オッス!」

 白マスクたちは一斉に散り、荷物を運び出した。

「ヤベェぞ…」

「マジでヤる気だぞ…」

 口々にそう口々に呟きながら。


 間も無く荷物が運び出され白マスクたちも去り、がらんとした倉庫。

「さぁて。た?っぷりと可愛がってやんベェか」

 長田はその顔の左で甲を相手に向け右手を握った。拳から光の線が走り、楕円の幕を形成する。

「パゾル!」

 掛け声と共に腕を斜めに薙ぎ払うと、幕は右足下の地面に叩きつけられた。

「黒いスーツ…やはりデギールか!」

 消えた幕に替わり現れたのは光を吸い込むほどの漆黒。それゆえに適度な光の下ではそのシルエットが輪郭を増す。

「アンザグってぇんだ。コイツを手に入れてからは俺は無敵だベェ! 誰も俺には逆らえねェ。半グレもゾクもヤクザも、ハマのヤツらぜーんぶ俺の前に膝まづかせて足を舐めさせてやんだベッ!」


ブンッ


 唸りを上げて飛んできて黒い右ストレートをタケシはしゃがんで躱すと

「ここから逃げるぞっ!」

 少女を小脇に抱え、建物の外へ走り出した。

「アッ? テメェ! 待ちやがれっ!」

「キャァァァァ! 助けてーっ!」

 抱えられた拍子に猿轡が外れたか、少女が叫び声を上げる。

「今やってるからっ!」



 倉庫の外へ出て、物陰に潜む。タケシは少女の手足を縛ったロープを解き取った。

「ここでじっとしてて。お願い」

 少女は怯え、震えている。

「フェイザー! プロテクション!」

 タケシが左手を翳すと少女は小さな光のドームに包まれた。

「外からの干渉は防げるけど、内側からなら外へ出られる。今はちょっと落ち着くまで、ここにいて。お願い」

 優しく声をかけると、おずおずと少女は首を縦に振った。

「そうだ、110番で警察を呼んでくれないか? 場所は言えるかい?」

 彼女は恐る恐る頷き、電話をかけ始めた。

「ありがとう。 …さてと!」

 タケシは立ち上がり港方向へ足を向けると、漆黒のヤツは待っていた。

「逃げたんじゃねェのかよ。戻ってくるたァヒーロー気取りかァ?」

「そうでもないさ」

「オメェを今ここでバラバラにして魚のエサにしてやんベェよォ」

「やれるものならな。ヘブンを広めてるだけでも許し難いが、子供を誘拐して売ろうとか、絶対に許せねぇッ!」

「青クセぇなァ! 自分のためなら他の奴らなんか俺の肥料。コドモなんざ便所で産んで捨てるヤツがいんだ、一人や二人、何てこと無ェベ!」

「…マジで(あったま)きた。そんならオレも予告してやろう。3分後、アンタは気を失って地ベタにへばりついている」

「どうやんだ? 生身で俺に勝てるワケねェベよォ。アアンッ?」

「生身ならなっ!」

 タケシは左手を上に挙げ、叫ぶ。

「フェイザー!」

 天に掲げた左の掌、その手首から光が横走る。

 光は頭上で円形の薄幕『フェイズヘイロー』を形成。

 それを掴み落とすように、拳を胸元へ。

 光の輪は下り落ち、地面で光の飛沫となり、消える。

「相 着 !」

 そこにはタケシの姿は無かった。

 代わりに現れたのは、緑色のヒト型。全身が金属的な光沢を放ち、隆々とした筋肉をなぞるように太いストライプが走る。光沢は全身を覆い、ヘルメット状の頭部と顔面に濃いグレーのバイザー。その奥に、白く眼が輝いた。

「な、何者だァッ?」

「闇に蠢く悪の影。追って暴いて曝す者、ギャノン!」

「ギャノンーッ? 聞いたことあンな。最近この界隈を荒らしまわってるヤツがいるってなァッ!」

「悪行を見て見ぬフリはできん! 真実を今、白日の下に! トゥー!」

 掛け声と共に高く跳躍すると、空中で一捻りして黒いスーツの長田の前に立つ。

「予告の追加だ。アンタが次に気が付いた時には警察の取り調べを受けている。せいぜい県警のヤクザに絞られるこったな!」

「バカ言ってんじゃねェ、アイツらヤクザよりヤベェベよォ!」

「そこは同意見だな」

「おしゃべりはそこまでだ! 死ねェッ!」

 再び長田が殴りかかってきた。


ガシッ


 しかし長田の右ストレートはタケシの左手に捕まれ止められる。

「な、あっ?」

「この程度でオレを倒せるとか思ってたか?」

 敵の右腕をグイッと引き寄せ、ガンっと頭突き。

「ガァッ?」

 その威力に長田は弾け飛びそうになるが掴まれた右腕で再び引き寄せられる。

「アンタ、『石廊崎事件』を知っているか?」

「石廊崎ィィ? …一家揃って行方不明ってヤツか? それがどうしたァッ?」

「『ヘカテイアの鍵』とは、何だ?」

「し、知らねェよッ! そんなモンッ!」

「…そうか… ならばもうアンタに用はないッ!」

 言い終わると同時に顔面に一発。


ドゴォ


「グオォッ??」

 もう一発。


ドゴォッ


 右正拳突き。2発目と同時に手を放したので殴られた勢いそのままに黒い塊が吹っ飛ぶ。

「グワァァァッ?」

 吹っ飛んだ先、空のコンテナがドオンと大きな音を響かせた。

「オレには相手をいたぶる趣味はないんでな。さっさと止めを刺してやる!」

 タケシは右腕を上げ

「ギャノンブレイド!」

 

ブォン

 

 空中に現れた筒状のものを握ると、同時に赤い光の刃が伸びた。

「武器を使うなんて、ひ、卑怯だぞ??」

「小さな子供を拐ったヤツに言われたかねェ!」

 フラフラと立ち上がる敵に向かい駆け出し、振りかぶる。

「ギャノォォォォォン…」

 声と共に赤いブレイドは手元から色を変え、青く輝き出し

「ブレイカーッ!」

 大上段から袈裟斬りに振り下ろされた。

 

ドゴォゥ


 青い刃は肩口に喰らい付き

「ぐっ、グオォォォ」

 

ミヂッ ミヂミヂッ…


 黒いスーツは光の刃に食い破られるように音をたてて消えてゆく。

「なに?? コイツ、こんなァ…アアアァァァァァァァ」

 黒スーツの消滅は二次関数的に加速し

「ハンジャボヘー!」


ドゴォォォォ…


 間もなく爆散した。

「…ちょっとやりすぎたか?」

 爆発のあったところへタケシが歩み寄ると、長田は元のパーカー姿に戻っていた。纏っていた黒いモノは大部分が消えており、今なお空間に吸われるように消えていく。

「悪いな、3分かからなかった」

「ぐ ぁ 」

 もはや言葉を発することすら覚束ない長田だがタケシは構わず胸元を掴み捻りあげる。

「答えてもらおうか。このアンザグとかいうモノ、どこで手に入れた」

「も モル モ 」

「ん? 何だって?」

「メスの ガキ ヨ グァッ?」

「な、どうした?」

「あ 頭が 痛 縮ん で ガァァ…」

 長田の様子が急変した。タケシが与えたダメージとは明らかに別な苦痛で顔を歪ませる。

「おいっ?? おいっ??」

 そしてガクッと項垂れたまま動かなくなった。

「まさか死んじまったのか…? おいっ! …バイタルチェック!」

 ピクリとも動かず横たわる長田の周りに様々な数値が指し示される。

「呼吸も脈もある。死んではいない、のか…その内警察も来るだろう、その時に拾ってもらえ。子供たちを苦しめた分を思えば足りないがな…トゥッ!」

 そう言って一瞥し、力強いジャンプで空高く跳ね上がると、夜の闇に消えた。



 タケシが姿を消して間も無く、一つの細い影が現れた。同時に遠くから近づく、無数のサイレンの音。

「あとは彼らに任せましょう…」

 その細い影もまた闇に消えた。



ED 【TVサイズ】宇宙記者ギャノン

https://youtu.be/5DNt2ZRPNmM


なぜ?なに?ギャノン!

※せっかく作った設定なので、小出し小出しで公開していこうと思います


Q1

 ギャノンスーツって何ですか?

A1

 ギャニオン流体で全身を覆うボディスーツです。ロンメルドの宙域で発見されたギャニオン流体という液体金属に極小のマイクロチップ=ナノマシンを混ぜてあります。脳波を拾って着用者の意思通りに動き、力や速さなどの身体能力を高めると共に物理的な衝撃、特に着用者の身の危険に関わる物を大幅に軽減します。

 全身を覆うと言いましたが、正確にはギャノンスーツ内は別位相空間となっており、外世界とはスーツ表皮によって隔離されています。

 元々は宇宙空間での作業用として開発された物を警察組織が流用、独自に改良を重ねて行きました。現在は第9世代と呼ばれる物が主流です。ちなみにタケシのスーツは第5世代。この件についてはいずれ。

 ギャノンスーツはManagement System(MS)によって制御されています。ギャニオン流体それ自体は変わりようがないので世代によるアップデートはナノマシンとMSの進化によるものです。

 スーツの表面は金属的な光沢があります。全体的にノペっとしているので見た目はペプシマンみたい。

 デギールのアンザグもギャノンスーツと同じギャニオン流体でできています。違いはギャノンスーツと同様にナノマシンとMSにあります。

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