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ケットベーカリー

今回はパン屋さんの少女と捨て猫の話です。結構時間かかったので、楽しんでいただけたら幸いです。

冬から春へ向けて季節が変わる頃、まだまだ寒い日の土曜日の朝に、12歳のパン屋の少女アシュリンは両親の仕込みを手伝っていました。


アシュリンの両親が経営するパン屋『ケットベーカリー』の厨房は、朝から美味しそうな香りでいっぱいです。

「今日はお客さんいっぱい来るよー、アシュリンも手伝ってね。」

「もちろんだよママ。」

お母さんの言う通り、その日は朝8時の開店からお客さんがやって来ました。」

「アシュリンちゃん、手伝ってるの?えらいね。」

声のする方へ視線を移すと、そこに居たのは近所のおばさん、マリーさんです。マリーさんは、アシュリンの幼い頃から現在まで、その成長を見守ってくれた人です。

「ありがとうございます。」

そこにもう一人、男性がやって来ました。

「アシュリンちゃん。久しぶり!相変わらず優しくていい子だなぁ、リューココリネみたいだ。」

花屋のお兄さんです。2年ほど前にこの街へ引っ越して来た彼は、ものすっごく花言葉に詳しく、ぶしつけなまでにフレンドリーです。

「本当そうよ。アシュリンちゃんは、本当、家憑きの妖精みたいよね。」

マリーさんは、アシュリンが小さい頃から、よくこの地に伝わる妖精の話をしてくれました。ですが、アシュリンはその話が面白いと思っていましたが、妖精が実在するとは思っていません。

「はいはい、何にしますか?」

「カスクートを一つ。」

「猫パン二つ!」



やって来た人の接客を続けて、今はちょうど昼の12時。お母さんが、厨房からアシュリンを呼びました。

「ありがとうアシュリン。ちょっとベーコンとラズベリーを買って来てくれない?」


「はーい。」

と元気に応えるとアシュリンはエプロンを脱ぎ、財布を持って市場へ出かけました。


カラフルな家々が織りなす美しい景色の街を通りぬけて海辺に出ます。汐風に吹かれながら、てくてく歩いて市場を目指します。


しばらく歩いていると、後ろから誰かが一緒に歩いていることに気づきました。

(?だれだろう?)

そこでアシュリンは角を四回周り、後ろの人の気配が消えるのかどうか確認しました。一回、二回、三回と、角を曲がっていきますが、背後の気配が消えることはありませんでした。そして最後、四回目の角を曲がりますが、やはり気配は消えません。アシュリンは恐怖を感じましたが、

(ここは、冷静に、人気の多い場所へ行こう。)

と市場に向けて走りました。しかし、

ガシッ。

何者かが、アシュリンの足を掴みました。恐ろしくなって悲鳴をあげそうになりましたが、何か違和感を感じます。

(人の力じゃない...!)

恐る恐る後ろを振り返ると、アシュリンの右足に、小さな灰色の子猫が抱きついていました。

「にゃーん。」

弱々しい声で鳴く子猫を見て、アシュリンはしゃがんで子猫を撫でました。

「なんだ、子猫か。?けど、さっきまでの気配はなんだったんだろう?」

よく見ると、子猫は痩せ細っています。

「にゃーん。」

「あんた、どうしたの?飼い主さんは何処?もしかして、捨て猫?」

「にゃーん。」

猫は「着いて来て」と言わんばかりに鳴き、走って行きました。

「あ、ちょっと。」

アシュリンは直感的に、何か子猫に事情があるのだろうと思い、ついて行きました。


子猫と一緒に走って行くと、薄暗い路地裏に着きました。追いかけていた子猫が、何かの前で座り込みます。

「にゃーん。」

「!」

アシュリンはすぐに、子猫が自分を呼んだ理由が分かりました。子猫の座ったその先には、大人のメスの猫が倒れていたのです。背中の皮が剥がれ、血が滲んでいました。まだ、小さく息をしています。

「あぁっ。あんた、お母さんの為に...。」

「にゃーん。」

「と、とにかく人を呼ばなきゃ。こんな不衛生な場所に居たら、本当に死んじゃう。」

「アシュリン、どうしたの。」

後ろを振り返ると、今朝もケット・ベーカリーに来ていた近所の花屋のお兄さんが声を掛けてくれました。

「猫ちゃんが...。」

花屋のお兄さんは子猫と母猫を見て、息を呑みました。

「これは大変だ。すぐ、獣医さんに診てもらわないと。」

もし病気があった時に感染しないよう、手袋をして、路地裏から子猫と母猫を連れ出しました。



動物病院にて。

「しばらくは入院して療養が必要ですが、大丈夫ですよ。子猫ちゃんもお母さんも、命に別条はありません。」

アシュリンは、緊張して詰めていた息を小さく吐き出して言いました。

「良かった。」


獣医さんがアシュリン達に聞きました。

「この子達は、誰が引き取りますか?」

「あ、えっと。僕の家はペット飼えなくて・・・。でも、治療費は僕が払います。」

「じゃあ。里親が見つかるまでは、私が引き取ります。」


動物病院からの帰り道、アシュリンは不安に駆られました。

(つい勢いで申し出たけど、パパとママはあの子達を預かることに反対するかもしれない。引き取ってくれる人がすぐ見つかるかな...。)

そう考えている内に、家まで帰って来ていました。家のドアを開けると、お母さんが立っていました。

「遅かったじゃない、心配していたのよ。あら、ベーコンとラズベリーはどうしたの?」

「あ。忘れてた!」

お母さんは呆れた顔で言いました。

「もしかして、市場に行かずに、公園で遊んでたのかしら?」

「いや、そうじゃないんだけど...。」

「もー、ちゃんと仕事手伝ってね。次同じことがあったら、しばらく外出禁止よ。」

お母さんはため息を吐いて、厨房へ戻っていきました。



パパとママに子猫達のことを言えないまま二週間が経ったある日、アシュリンが猫型のココア食パンを作っていると、あの時の子猫と母猫を連れて、花屋の男性が訪ねてきました。

「アシュリンちゃん、にゃんちゃん連れて来たよー!」

「!」

そう言えば、もうあの子猫ちゃん達は退院したんだっけ!お兄さんに駆け寄ると、母猫の傷も綺麗に治って、子猫も初めて会った時より健康的な見た目になっています。良かった、と思ったその時、厨房からお母さんが出て来る音がしました。

「ちょっとアシュリン。これは一体どう言うこと?」

アシュリンは青ざめました。

「いやー、ちょっとね。」

アシュリンは後ずさりしますが、

「誤魔化さないで、アシュリン。何がどうしてこうなったの?」

「あれ?アシュリンちゃん、話してなかったの?」

花屋のお兄さんが、事情を説明しました。

「アシュリン、そんな大切なことを隠していたなんて!」

「お願いママ、この子達の里親が見つかるまででいいから!ちゃんと面倒見るから!」

少しの沈黙の後、お母さんは子猫達の入ったカゴを覗き込みました。

「にゃーん。」

「かわいいわね、あんたたち。ここが気に入ったの?うちのパン屋さん、猫の形のパンが人気なのよ。うちにいる間は看板猫になってもらわないとかしら。」

アシュリンは、一瞬お母さんの言葉が理解出来ませんでした。

「にゃーん。」

「お母さん?それって。」

「そうよ、飼っていいわよ。飼い手が見つかるまでね。けど、これからは、何かあったらちゃんと相談してね?」

アシュリンは嬉しくなり、舞い上がりました。

「それと、宣言した通りこれからは毎日2匹の面倒を見るのよ?厨房にはこの子達を入れちゃダメだからね。」

「もちろんだよ、ママ。」

子猫を連れて来た花屋のお兄さんも、ほっとした顔で、

「おめでとう。」

と、言ってくれました。



子猫達と暮らす最初の日。アシュリンは、暖かいミルクと毛布を用意して、一晩中そばに居ました。なんてかわいい猫なのだろうと、子猫と母猫を撫でました。

「にゃーん。」

「そう言えば、あんた、名前ないよね。」

お母さんが奥から戻って来ました。

「ここにいる間の呼び名が必要ね。アシュリンが決めてあげなよ。」

「名前かー、難しいな。あっ。」

そこでアシュリンは、名前を書いた札を作り、子猫の前で並べました。子猫が選んだ札に書かれた名前を、この子猫に付けることにしたのです。

「カンパーニュ、タルト、フィルタージュ、セト。さぁ、あんたはどれを選ぶ?」

「にゃーん。」

カゴから出て来た子猫が、アシュリンの用意した札までよたよた歩きはじめました。子猫は札を見ると、「セト」の札に足を押し付けました。

「そうか、今日からあんたの名前はセトね。よろしくね、セト。」

「にゃーん。」


それから、アシュリンは精一杯セト達を養うために働きました。学校の宿題をし、パンを作り、売り、配達し、セトと母猫の世話をして。セトが乳離れする頃、母猫はマリーさんに引き取られました。セトを引き取りたいと言う人もいましたが、アシュリンは、やはりセトと離れ難く、そのままアシュリンの家で引き取ることになりました。


いつしかセトは、ケットベーカリーの看板猫になっていました。お客さんも順調に増え、セト目当てにケットベーカリーを訪れる人も沢山いました。


季節は巡り、セトは立派な雄猫に成長していました。そして、今日はアシュリンがセトと母猫に出会って丁度一年。アシュリンは、セトに、とっておきのプレゼントを用意しました。


家までウッキウキで帰って来たアシュリンを見て、両親とセトは「?」マークを浮かべています。

「セト、今日は私達が出会った記念日だね!はい、これ、プレゼント!」

アシュリンは箱を開けて、中から青い首輪を取り出しました。素敵な音のする鈴と、セトの名前が刻まれたピカピカのプレートがついています。アシュリンは恭しく、セトの首輪を新しい物に着け替えました。

「にゃーん?」

「うん!似合ってる。とってもかわいいよ、セト!」

セトがアシュリンにすり寄り、ほほを舐めました。猫の舌なのでざらざらしています。

「ほー、よしよしよし。」

お母さんもお父さんも、アシュリン自身も、セトの可愛さにメロメロでした。アシュリンは、この幸せな日々が続いていくと思っていました。



ある日のこと、アシュリンが店の手伝いを終えて、部屋に戻ると、セトがいません。どこかに隠れているのだろうと、ソファーの裏、暖炉の横、カバンの中、と探してみますが、どこにも居ません。

「セトー?」アシュリンは少し焦りだしました。慌てて店にいる両親の元へ走ります。

「ママ、パパ!」

「どうしたアシュリン、そんなに慌てて。」

「セトがいない!」

「どこかに隠れてるんじゃないか?」

「けど、どこにもいないの。」

「困ったわね。どこにいるのかしら。」

お母さんお父さんも一緒になって、もう一度家の中を探しまわりましたが、やはり見つかりません。

すると、今度はセトの母猫の飼い主であるマリーさんが、家まで息切れしながらやって来ました。

「マーちゃんがいない!」

マーちゃんとは、セトの母猫に現在の飼い主であるマリーさんがつけた名前です。

「マーちゃんもいないの?!どうしよう、本当に困ったな。二匹ともいなくなるなんて。」

近所の人とおまわりさんに事情を説明し、町中の人々総出で探しますが、まるで神隠しのように痕跡がないのです。


(セト、本当にどこいっちゃったんだろう。)

アシュリン達はその後もセトと母猫を探し続けましたが、結局、見つかることはありませんでした。





それから5年が経ちました。

18歳になったアシュリンは、いつもの様に朝早く起きて、両親の手伝いをしています。

セトが行方不明になってしまったことは、今でも心の傷となって残っていました。アシュリンは、それが耐えきれないほど辛く、悲しかったのですが、いつかセト達は戻って来てまた自分の顔を舐めてくれると信じています。


その日の朝も、アシュリンはお手伝いを済ませると慌てて学校へ向かいました。


急いで歩いていると、後ろから気配を感じました。けど、自分と同じ通学中の学生の気配ではないようです。しばらく歩いても、気配は消えません。

(なんだろう、前にも同じことがあったような。)

何か、違和感があります。さっきまで有った街の環境音や人間の声が全くしないのです。周囲を見渡すと、いつの間にか誰もいなくなっていました。

(ここは、どこ?)

アシュリンは怖くなって心臓がどうにかなりそうでしたが、なんとか学校まで走ろうとしました。

その時です。

「アシュリン。」

凛々しい青年の声がして、思わず後ろを振り返ります。そこには大型犬のような大きさの灰色の猫が、1匹だけいました。

(え、今この子、喋った?)

「アシュリン、久しぶり。」

今度ははっきりと、目の前の猫がしゃべるのを見ました。

更には、首に見覚えのある青い首輪をしています。そこには特徴のある鈴とプレートが付いていました。

「えっ?」

セトにプレゼントした首輪のことがハッキリと思い出されました。

「セト?」

「そうだよ。僕のこと、覚えていてくれた?」

「セト!セトなのね!寂しかった、どこ行ってたの?なんで喋ってるの?」

「カテリン様!」

セトの背後から黒猫がやって来ました。アシュリンは首をかしげます。カテリン?だぁれ、それ。

「こんな所にいらっしゃったのですか!」

「リンクス、ちょっと昔の恩人に会いたくなってな。」 

そう言うと、セトは「ボン!」と煙を出して、灰色の髪に蒼い眼の青年になりました。アシュリンは、目を見開いて固まっています。

「あの時は僕と乳母を助けてくれてありがとう。勝手に国に帰っちゃってごめんね。僕の本名はカテリン、妖精の国のケット・シーなんだ。」

ケット・シー?マリーさんが昔教えてくれた、あの猫の...

「妖精...。」

アシュリンは、息を呑みました。まさか、本当に妖精が存在して、一年同じ屋根の下で暮らして、今目の前に居るとは。

「あの時、僕は王位のあと目争いに巻き込まれて、乳母と一緒に人間の世界へ逃げてきたんだ。色々な人を呼ぼうとしたけど、誰も助けてくれなくて。もし、あの時アシュリンがついて来てくれなかったら、僕達は死ぬしかなかった。」

「け、けど、なんでみんなの気配も声もしないの?」

「今は、魔法でアシュリンと僕達の隔離空間を作ったから、外の人に僕達の声は聞こえないよ。」

(妖精だから、魔法が使えるんだ。乳母?じゃあ、マーさんは実のお母さんではないってこと?それに、王位ってことは、まさか!)

リンクスと呼ばれた黒猫が、言いました。

「そう、カテリン様は、我々ケット・シー族の王子なのでございます。」

「えぇぇ!」

だから、あの時明らかに気配が普通の猫じゃなかったのか。

「あ、マーさんは?マーさんは元気?」

「相変わらず食欲旺盛で、この前用意してたネズミ全部食べちゃったよ。」

「また、ケットベーカリーに来てくれる?」

「もちろんだよ、アシュリン。今度は弟達も連れて来るよ。」

「ありがとう、セト、じゃなくてカテリン。

「セトでいいよ。」

しばらくセトと笑いあった後、アシュリンは学校へ向かいました。

「戻って来てくれてありがとう。またね。」


それからアシュリンは、ケット・ベーカリーを更に盛り上げる為に、色々な新メニューを考え始めます。

「猫の形のカンパーニュとか作れないかな...。ツナの入った魚型のカスクートとか、青いアイシングをかけたドーナツもいいかも。いつも使ってる猫パンの型でブリオッシュとか...。」

考えている間に、アシュリンのノートはパンのイメージ画でいっぱいになっていました。お母さんが部屋に夜食を持って来ました。

「あらあら、いっぱい考えたわね。ぜひ商品化してみて、アシュリン。」

「そのつもりだよ。」


そして、アシュリンの試行錯誤の末に、いくつかの商品が新しく生まれました。


新しい商品が店頭に並び、しばらく経つと、ケットベーカリーに今まで以上に多くのお客さんがやって来ました。

「ツナフォカッチャ一つ!」

「ねこカスクートありますか〜!」

「ねこベーグルと、アイシングケーキください!」

よく見ると、お客さん達には猫の耳やしっぽがはえていました。そこに、人間の姿のセトもやって来ます。アシュリンは、駆け寄り、スターゲイジーパイの切れ端を渡しました。

「ねぇ、アシュリン。僕も、手伝っていい?」

「あら、ちょうどいいわね。私も、今『猫の手も借りたい』って思ってたから。」

「じゃあ、決まりだね。」


セトは、エプロンを着て、アシュリンと厨房へ入って行きました。


おしまい






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