8話 私のライフ
「――それでは皆様、本当にありがとうございました。どうぞ、お気をつけていってらっしゃいませ」
空高く昇った日に照らされ、庭先の草木が青々とする屋敷。その玄関先で私はスカートの裾を広げ、頭を下げました。
「さようならー!」
「じゃあねー!」
「皆さんお元気でー!」
「もふちゃんを頼んだぞー!」
「ばいばーい!」
「もふぅー! もふぅー!」
少しずつ遠くなる剣士さんたちの背中に、一生懸命右手を振り続けるお嬢様。背中に背負っていた大剣は既にありません。もふちゃんもその横でぴょんぴょんと飛び跳ね、何度も鳴き声を上げています。
「……行っちゃいましたね」
「ね……」
「もふぅ……」
彼らの姿が完全に見えなくなり、お嬢様は少し寂しそうに俯きました。振らなかった方の手に持った、白い鉱石を見つめて――。
あの後、事態を解決した私たちは、一度剣士さんたちを屋敷に招きました。事件解決の謝礼を渡すためです。
どうやら彼らは各地を旅しているということで、路銀を少々お渡ししました。ウチの財政が財政なので、あまり多くはお渡しできませんでしたが、それでも一週間ほどは食事に困らないと思います。
あ、それと、シスターさんには小さな果物もいくつかお渡ししました。お嬢様にエサやりをさせてくれたお返しですね。
シスターさんは最初「申し訳ないです」と断られましたが、お嬢様が「これすごく美味しいから食べて欲しいわ」と笑顔で言ったので、シスターさんも喜んで受け取ってくださいました。
そして別れ際、テイマーさんからお嬢様に贈り物がありました。手渡してくれたのは、あの白い鉱石でした。
テイマーさん曰く「これがもふちゃんと契約した証だから、壊さないよう大切にしてくれよ」とのこと。
受け取ったキラキラと輝くそれをお嬢様は少しだけ見つめていましたが、やがて顔を上げると、「ありがとう、おじさん!」と、屈託のない笑顔を浮かべていました。
再びガーンとショックを受けるテイマーさんに、私は頭を下げるばかりでしたが……。まぁそれも、いい思い出なのかもしれません?
「――さぁ、ちょっと遅くなりましたが、そろそろお昼にしましょうか」
「やったぁ! おいで、もふちゃん!」
「もふぅ!」
そうしてお日様が明るく微笑む今日この日、私たちの食卓に新たな家族が加わるのでした。
★―★―★
それから数日後の早朝。
窓から差す朝日を光源に、私は自室のデスクにて二通の手紙に目を通していました。
一通は港町の町長から、そしてもう一通はご主人様――お嬢様のお父上からです。先日このお二方に手紙を出したので、その返信ですね。
町長さんからの手紙には、こう書かれていました。
『緊急事態にも関わらず、二日酔いで動けずに申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないよう十分に配慮するとともに、半年間禁酒することをここに誓います』
本人はかなり反省しているようなので、今回はお嬢様に免じて赦すことにしました。ですが、次はありませんよ?
さてさて、より大事なのはご主人様からの手紙の方です。こちらについても要約すると、こんな感じです。
『不審人物の件について了解した。そちらの領内に巡回部隊を送っておくので、何かあれば部隊と連携しつつ改めて連絡してほしい。人員増加の件についても検討しておく』
実は先の手紙で、今回の件の報告と、従者を増やして欲しいという依頼をしていました。
とりあえず、治安の方については大丈夫そうです。
その分、私の仕事が増える可能性は上がりましたが……、いざとなったらお嬢様に暴れていただきましょう(?)。
そしてもう一件。こちらについては、もふちゃん巨大化の件で私一人の限界を感じたと同時に、人が多い方が問題に対処しやすいと思わせられたので依頼しました。
もふちゃんも増えたことですし、せめて一人は増やして欲しいところですが……、『検討しておく』としか返ってきませんでした。
こういう時は大体『検討』で終わり、叶った試しがないので、期待するだけ無駄になりそうです。
「あぁ、また私のスローライフが……」
一歩ずつ遠のいていく夢に、私は机に突っ伏すしかありませんでした。――すると、その時。
――コンコン。
「メイディ、起きてるかしら?」
部屋の扉が鳴るとともに、お嬢様の声が聞こえてきました。私は「はい、ただいま」と叫ぶと、手紙を机に置き、椅子から立ち上がって扉の方へ向かいます。
「どうされました?」
扉を開けるとそこには、まだネグリジェ姿のお嬢様が浮かない表情をして立っていました。お腹の前で両手に抱えられているもふちゃんは、すやすやと眠っています。
「珍しく起こしに来ないから、ちょっと心配になって」
「えっ? あ……」
私としたことが、どうやら手紙を読んでいてすっかり忘れていたみたいです。
「……体調は大丈夫なの?」
不安そうに私を見上げるお嬢様。
その表情に、胸がギュッと締め付けられたような感覚がしました。
私は膝を折り曲げ、中腰になると――。
「えぇ、大丈夫ですよ。少し書類に目を通していただけですので」
笑顔でお嬢様に親指を立てました。
「そう……? ならよかったわ」
「心配をおかけしてすみません。書類は終わったので、朝食の準備を――」
しますね、と言いかけて立ち上がった、その時でした。
「ね、ねぇメイディ」
と、一瞬お嬢様は俯いたかと思うと、私を見上げ――。
「今日は、私もご飯作ってみたいわ」
真っ直ぐな瞳で私を見つめてきました。
瞬間、感じたこともない風が、私を通り抜けたような気がしました。それはどこか新鮮で、どこか暖かいものでした。
ここは屋内であるはずなのに。況してや、窓なんてどこも開けていないはずなのに――。
「……分かりました。では、一緒に作りましょうか!」
「うん!」
「……もふぅ?」
――もう暫くは二人でもなんとかなりそう?
なんて思うのは、私の願望かもしれないけれど。
私は私のライフを楽しもうと、心に決めたのでした。
メ「あっ、エプロンだけ取ってきますね」
リ「分かったわ」
メ「終わりました」
リ「はやくないっ!? もう着てるしつ!?」
メ「(やっぱり瞬間転移の能力って、便利♪)」




