第97話死ぬと言う事
「神さん?まさか緩和ケアも受けないつもりですか?」
「病院やホスピスで1年暮らすより、家で家族と3ヶ月過ごす方が自分にはあってますからね。」
「神さん?いつ死んでも良いと言う覚悟はおありですか?」
「はい。イマイチピンときてませんが。」
「世の中の為になって来た人程その最後はあっけのないものです。ただ、神さん貴方は手術による延命と言う道も残されているのですよ?」
「テメェの体にメスなんか入れられたくない。って気持ちはドクターなら分かってますよね?」
「自分が神さんの立場だったらその気持ちは分かるかもしれません。」
「SSTの隊長も保大の学長も大変だとは思わなかったが、医師の方は毎日何人も命の選択をしているのだろうと思うと、頭が下がる想いです。」
「思ってもみなかった事を考えさせるのが死ぬと言う事なのかもしれません。分かりました。これだけは処方させて下さい。」
「これは?」
「医療用のモルヒネです。痛みが増したら飲んで下さい。」
「先生、ありがとうございます。」
「週に一度は診察させて下さい。」
「はい。じゃあ家に帰ろう。」
と言って神海人は退院した。
「よかったんですか、先生?神さん退院なんか出来る体じゃないですよ?」
「分かってるよ。でも患者様本人の希望が最優先だからね。」
「父さん?おかえり。」
「ただいま。」
「もう治ったのかよ?」
「最後まで家で過ごしたいって言って聞かなくてね。」
「余命宣言されてんだろ?」
「まぁ、いつか人間は死ぬんだ。実際この年まで生きてこられたのが奇跡なんだよ。」
「そりゃあ父さんが病院より家で最後を迎えると決めた事は。」
「しかし、大変だぞ?胃と肝臓にstage4の悪性腫瘍。それに骨転移も見られる。医療用のモルヒネを痛み止めとして渡したが、どこまで耐えられるか?まぁ、元々海保の特殊部隊の隊長だったみたいだし、ちょっとやそっとの事じゃ音を上げたりはしないと思うが。」
その頃、神の家には保大の副学長になっていたあのノムケンが、退院の知らせを受けて神の自宅を訪れていた。
「隊長?もう病気治ったんですか?」
「いや、全く治ってない。」
「じゃあなんで退院したんですか?」
「余命宣言を受けてな、最後くらい家族と居たいと思ってな。」
「最後まで貴方と言う人は…。」
「泣くなよ、ノムケン!」
「また会いに来ますよ‼だから死なないで下さいね?」
「おう。夕飯まで横になるわ。」
「おい!せがれ!神隊長の布団を敷いて差し上げろ。」
「ああ、家はベットなんだ。」
「ノムケン?お前と言う奴は。じゃあな。」
「では奥さん失礼します。これ、つまらないものですが。」
「ご丁寧にありがとうございます。」
コンコン。「父さん夕飯だよ?」
「今行く。」
ガツガツガツガツ。「食欲すご!」
「病院食じゃあこの味は出せないな。」
「御馳走様。母さん風呂沸いてる?」
「ああ、俺が沸かしたぜ?」
「気が利くじゃねーか?」
「先入ってええで。」
「なぁ、父さん?風呂上がったらちょっと話があるんだけど?」
「おう。聞いたる。」
「何?保大を受ける?海保に入りたいんか?」
「俺じゃなくて孫の道男がさ。」
「そんなの好きにしたらええ。けど一言。キツいぞ?」
「剣道4段でも?」
「陸と海じゃあ話がちゃうねん。」
「中途半端な決意なら一般の大学を勧めるけど?」
「爺ちゃんのようになりたいんだってさ。」
「そない大した海上保安官ではなかったが?」
「色々聞いたよ?ノムケンさんから。」
「ノムケンの奴か!」
「受験勉強頑張っているんだよ。」
「道男が一人前の海上保安官になるまで生きててられないのは痛恨の極みだな。」
神海人はとても悔しそうであった。




