第93話教える事
神が保大の教官(教授)になってから1年が経とうとしていた。
「神教授?いい加減何か教えて下さいよ!」
「教える事か…。そう言うのはな人に乞うものではなく、自分で体験し学習して得るものだと、私は考えている。と、私のSST時代の上司から言われて実践してきた。」
「つまり教える事は何も無いと?」
「いや、それでは私がここにいる意味がない。私の経験談で良ければそれは、君達保大生に伝えられる。」
「私の講義はそんなにつまらないか?」
「いえ、そうではないんですが、我々一般の保大生が聞いても、SSTの事は非日常的と言うか、そんな大変な部隊には絶対行きたくないと感じてしまうのです。」
「楽な部隊なんかあるか!君達は何故保大に入った?何の為に海上保安官になるんだ?」
「海上保安官は国家公務員だし、警察や消防より楽とでも安易に思ったのか?」
「いえ、そんな事はありません。自分が保大を志願したのは、海の安全を守りたいと思ったからです。」
「それなら、今でも遅くない。自衛隊に行け。」
「防衛大学校や防衛医科大学校も受験しました。ですが受かりませんでした。」
「それじゃあ海上保安大学校(保大)が自衛隊より楽に入れる所みたいに聞こえるじゃないか?」
「たまたま保大にだけ受かったのは事実です。」
「それでラッキーかと思ったか?」
「いえ。その様な事は思っていません。」
「俺が教える事は一つ。海をナメるなっていう事だ。貴様名は?」
「山名大輔です。」
「おまっ、まさか…山名長官のご子息か?」
「はい。母親の山名愛は海上保安庁長官です。」
「山名長官の子息だとしてもだ。俺が何かを教える事は何も無い。」
「母ちゃん?神教授に何とか言ってくれよ!これじゃあ課題が全く進まないよ?」
「神教授は相変わらず変わってないのね?大輔?神教授は口じゃなく背中で語るタイプの人なの。それにまだ教授になって1年たらず。お互い信頼関係を築けば良いんじゃない?まずは、SSTの事でも聞いてらっしゃい?ノリノリで話してくれるわよ、きっと?」
「へぇ、SSTってそんな事までさせられるんですか?」
「ああ、とにかく忍耐。」
「昭和の日本陸軍や海軍よりもたち悪いじゃないすか?」
「令和の時代でもSSTにコンプライアンスなんてものはない。」
「爆発物やNBC兵器対策なんかもやるんですよね?」
「資格を取得すればな。」
「人事記録からも消されるとか?」
「別段の問題は無い。寧ろ好都合だ。」
「どうして自衛隊の武器をそのまま使っているんですか?」
「武器を新調するには金がかかる。国土交通省の外局だからな海保は。大した予算が組めないのよ。」
「それでよく戦ってこれましたね。」
「無いものは無い。あるもので戦う。それがSSTの理念だ。」
「神教授は現場を離れてからも、本庁特殊警備課長を勤めるなど、長くSST支援をしておられますよね?」
「自分から希望したんだ。」
「わざわざ苦しい方の道を選んでまでする価値はありましたか?」
「山名学生、その答えはお母さんに聞きなさい。」
「神教授が私の事を?」
「いや、俺にもさっぱり分からないんだよ。苦しい道をあえて進む理由を知りたいんだ。」
「まぁ、私が入る前のSSTは色々大変だったみたいだしね。」
「そうなんだ。」
「まぁ、そこまで深く理由を聞かなくても、神教授の事は分かるわよ。」
「元部下とは言え、今は上司なんだから、部下の指導に口出せる立場だろ?」
「こんなeasyな事位出来なきゃ、現場じゃ何も出来ないわよ?」
「つーか俺SST志望じゃねーし。」
「いーや、あんたみたいな人間はSSTで鍛えて貰う位が丁度良いわ。」
「母ちゃんも神教授も本当にドSだよな。」
「そう?ま、せいぜい神教授にビシバシやられなさい。」




