第6話海保のドン
「山久茂海上保安庁長官。それが俺達海保のドンだ。とは言え、長官は政治家だ。コロコロ変わる。だから事実上のトップは次長・海上保安監だ。」
「実際に指揮命令を下すのは、長官だが現場の指揮権は次長が持っている。」
「そうなんですか?」
「まぁ、上の人達の話だから俺達下ッ端には分からない事だけどな。」
「山久長官は就任3年目だから少しはSSTの事を気にかけてくれているが、直接の部隊訪問や命令は無い。」
「まぁ、俺達は出てこない方が良いだろ?」
「確かに。」
「とは言え国土交通省や霞ヶ関とのパイプも太い山久長官なら、少しはSSTの部隊強化にも話を利いてくれるはず。」
「まぁ、その淡い期待は次長に全部握りつぶされてしまうんだけどな。」
「今の次長って誰なんですか?」
「林真玄次長だ。鉄の真玄何て異名があるくらい、頑固つーか、保守的な人だ。」
「現場の事は?」
「保大出で米国ハーバード大学院卒の超エリートだ。現場の事より長官のご機嫌とるのが本業。おまけに保守強行派と来たもんだ。まず、下の人間の話等聞いてはくれない。それにもう2年もしたら定年だ。セカンドキャリアでは政治家を目指すらしいから、次期海上保安庁長官の最有力候補だ。」
「じゃあ海保改革の為には、林次長と手練れの山久長官に退職してもらうしかないじゃないですか?」
「神3正?それが簡単に出来れば苦労はしないんだよ。とにかく今は耐え忍ぶ時なんだ。二人のドンを怒らせる事の無い様ににんむに当たってくれ。」
「はい。」
「それで林君、話とは?」
「長官、SSTの存在はご存知ですよね?」
「特殊警備隊の事か?」
「はい。現在よりも人員を増やして欲しいと下から要望がありまして、如何致しましょうか?」
「私にはよく分からないが、現状維持でも支障はないのでは?」
「しかし、現場からは増員の声が上がっておりまして。」
「林君?SST隊員を1人育成するのにいくら税金がかかると思っているんだね?それに機密保持の為海保の職員名簿から消され、人事記録からも名前を消しているのは、コンプライアンス違反ではないのかね?」
「それは機密保持を徹底する上で欠かせない措置でありまして…。」
「法令遵守で頼むよ?」
「は、はい。」
「じゃあ私忙しいから。」
「っくう。」
林次長は階級と言う壁にぶち当たっていた。
「すまん矢部。増員の話はお蔵入りだ。」
「次長を持ってしても、やはり駄目でしたか?」
「山久長官はな、現場の事より霞ヶ関との調整に必死なんだ。事、人員の増員には消極的なんだ。」
「確かに海保は国家公務員ですしね。簡単に予算は通りませんよね?」
「そう言う事だ。まぁ、待遇改善には意欲的に動いているもみたいだ。」
「みたい?」
「詳しくは言えないんだ。海保のドンだからな。」
「まるで自分が海保のドンと言わんばかりの言い草ですね?」
「私は次長・海上保安監だぞ?海保の事なんかまるで分かっていない山久長官より次長の私を信頼してくれよ?同期のよしみじゃないか?」
「同期じゃなくて同世代では?自分は海保校(海上保安学校出身)ですから。保大出のハーバード大学院卒の海保の星とは比べたらあかんですよ。」
「海保の星?」
「もうすぐ定年退職でしょう?」
「まぁな。まだ先の事は考えていないけどな。」
「そりゃあそうですよね…。」