第47話山久長官の責任
海上保安官約1万2000人の頂点に立つのが海上保安庁長官である。全ての海上保安官の責任と安全を担保してやるのがこのポストの仕事である。しかし、海上保安庁長官は政治家の閣僚ポストであり、コロコロ変わる。幸い中井政権は先の総選挙で圧勝し長期政権になる見込みで、山久長官の続投もかなり濃厚となるだろう。
「で、何?SSTの死亡隊員の件も私の責任になる訳?」
「一応SSTも海保の部隊の一部ですから。それよりもSSTにゲロッグの内通者が居た事に気付けなかった責任の方がヤバイですよ?」
「ったく、次から次にSSTは問題を起こすな。」
「神隊長にはしっかり運用する様にと伝令してはおりますが次に問題を起こせばSSTは解散だと脅しておきました。」
「解散だと?」
「えぇ。一応。勿論そんな権限は誰にもなく、海保にとっては大問題ですがら。そんな事になれば…。とは言えSSTにもコンプライアンスは守っていただかねば。SSTは最早日本国民にも名の知れ渡った部隊ですから、尚更の事です。」
「それはそうだな。」
「安心して下さい長官。ゲロッグの内通者が居たと言う事実は中井総理には伝えてありませんから。」
「私の首を守る為か?」
「いえ、SSTを守る為です。」
「林次長?君も随分肝が座ってきたじゃないか?」
「この世界に入って長いですからね。まぁ、長官の首を守る為でもあります。結果として。」
「この件を知っているのはSSTセカンドユニットの7名と神隊長そして次長である私と長官の9名のみです。」
大山の死亡の件はまだしも、SST隊長経験者である矢部が国際テロ組織ゲロッグの内通者であった事は部外秘にせざるを得ない情報であった。
「次長?」
「どうした神隊長?」
「いや、どうやって矢部はSSTに潜入出来たのか知りたくて。」
「神隊長?君は矢部の経歴を見たかね?」
「いえ、それは見ていません。保大卒とは聞いていましたが。」
「それは嘘だ。彼の経歴は全て嘘だ。」
「裏は取れているんですか?」
「ああ。本庁のデータベースと照合した。本物の矢部隆史は保大を出て直ぐ殺されたんだ。ゲロッグによって。身代わりだよ身代わり。」
「しかし、そんな事をすれば絶対本庁にバレますよね?」
「そうだな。普通ならな。」
「SSTは隊員名簿に乗らない。まさかそこまで計算して?」
「送り込まれたのはジャンと言うゲロッグの幹部要員だった。日本で育ったジャンは完璧な日本語で海保に疑われる事なく矢部隆史を演じた。」
「それを知ったのは?」
「勿論ジャンが死んでからだ。保大出のキャリアがテロリストに殺されてろくすっぽ調べなかったじゃ、海保の面子に関わるからな。神隊長これが矢部隆史に関する真実だ。それ以上は聞くな。聞けば貴様が傷付く。」
「不都合な真実は全て闇に葬る。そうなんですね?」
「その真実を聞く覚悟が貴様にはあるのか?」
「あります!」
「では話そう。セカンドユニットの班長だった頃には既に入れ換えは完了していた。本庁がおかしいと感じたのはその頃からだ。内偵を繰り返す矢先に事故は起こった。泳がせていたジャンがゲロッグにより消されたのだ。そこで調査は打ち切られている。」
「雨散霧消じゃないですか?それでは。」
「すまん。内偵をもっと早くまとめていたら矢部隆史は替え玉なんかには成らずに済んだかもしれない。」
「何故長官が謝るのです?」
「如何なる理由があろうともゲロッグの内通者ジャンを検挙出来なかった事は我々の責任だからな。」
「私はジャンに育てられました。本性はどうであれ、学ぶべき所はありました。」
「そうか…。」




