第10話紅一点
女性の社会進出は海保でも進んでいる。保大では1980年(昭和55年)から女子学生を少数ながら採用し始めているし、海上保安学校(海保校)でも女子隊員の採用には積極的である。近年SSTにもその波は押し寄せており、女性初のSST隊員も誕生している。その隊員は救命救急士の有資格者で第5ユニットに在籍している。
名前は谷まりあ。階級は2等海上保安士である。もとは消防士の救命救急士として仕事をしていたが、あまりの激務に耐えかね体調を崩し3年間で離職。民間病院への就職も考えたが、中々しっくりこず悩んでいた所に、知人であった田山一成第5ユニット班長からスカウトされ、海保校に進学を決めた。SSTへの配属が決まったのはそれから3年後の事であった。彼女は海保校の同期と結婚・出産を経験したが、SSTから彼女を外す事は無かった。
「谷2士ちょっと良いか?」
「はい。班長何でしょうか?」
「セカンドユニットの新しい副班長がわざわざ挨拶に来たんだよ。応対してくれる?」
「了解しました。」
「どうも初めま…まりあ叔母さん!?」
「海人君!」
「あのぉ…田山班長私達、親戚なんです。」
「何?親戚だと?それはとんだ偶然だな。」
「保大に入ったって聞いた時はビックリしたけど、ちゃんと卒業していきなりSSTのセカンドユニットの副班長なんて凄いじゃない?」
「たまたまポストが空いてただけですから。」
「セカンドユニットの小野田元副班長は立派な人だったわよ?」
「亡くなった人は帰って来ませんけど、何とか小野田元副班長を越えられる様に頑張ります!」
「すっかり海上保安官の顔になったわね。」
「叔母さんやめてくださいよ、恥ずかしい。」
「第5ユニットは知っての通り救命のスペシャリストの集まりだ。覚えておけよ、神3正!」
「はい。」
「田山班長!少しまりあ叔母さんと二人で話したいのですが?」
「構わんが、手短にな。」
「はい。ありがとうございます。」
「あれはもう20年以上前の事だったかしら?」
「はい。」
「私はその当時小学生だったけど海人君は4歳位だったかしら?」
「断片的な記憶しかありませんでしたが、今でもあの海難事故の事は覚えています。」
「あの時SSTが駆け付けてくれてたら、そこに私がいたら海人君のお父さんやお母さんを助けられたかもしれないわね。」
「いや、俺が特別警備隊に助けられた時には親父もおふくろも水没していました。」
「もしかして、それがきっかけで海保に?」
「よくある話じゃないですか?でもまさか、まりあ叔母さんがSST初の女性隊員とは知りませんでした。」
「私は田山班長にスカウトされただけなの。救命救急士の資格が活かせるかなって。それに今は消防士の頃より規則正しい生活だし、給料も1.5倍位多いわ。」
「地方公務員と国家公務員の差じゃないですか?」
「でも夫には会社員って事にしてるの。SST隊員は任務の事や仕事の事は家族でも話しちゃいけないからね。」
「旦那さん、きっととっくに気付いてますよ?」
「だよね。」
「海上保安官は塩臭い仕事ですから。じゃ、時間なんでそろそろ戻ります!」
「頑張れよ!神3正!」
「はい!」
こうして神海人は着任してからの"儀式"を終え、本格的な任務にあたろうとしていた。
「神3正どこ行ってたんすか?」
「ちょっと第5ユニットの方へ。」
「顔が広いんですね。」
「まぁな。」




