犠牲者
魔女と思しき少女と卵獣が消え去った後には、三人の人間が倒れている。
一瞬、魔女に気を取られて唖然と立ちすくんでいたシヴァルは、剣を鞘にしまうと人間たちに駆け寄った。
「……手遅れか」
二人の男は、体の半分以上が触肢から流れる消化液のようなもので溶かされていた。
服が溶けて、露出した皮膚は腐乱したように爛れている。見開かれた瞳は虚空を見つめていた。
二人とも、村の者だろう。若い男である。シヴァルよりも若いか、同じぐらいか。
そしてもう一人、娘が倒れている。
元々は美しい娘だったのだろう。袖のないワンピースから伸びる腕はほっそりとしていて、白い。
男たちとは違って、消化液で溶かされたわけではなさそうだ。
外傷は、ないようにも見えた。
無事を確かめるためにシヴァルは女性の隣に膝をつく。
指を伸ばして頸動脈に触れるが、拍動はない。
その体は冷たく固く、開かれた大きな瞳は夜空を見上げているようでいて、そのみつめる先は虚空だった。
そこに残っているのは肉の塊だ。
中身はもう、失われている。
体の中身──魂は、もう、この体には残っていない。
「……シニシャ!」
たくさんの足音が、シヴァルに近づいてくる。
その中で、先ほど酒場でシヴァルに話しかけてきていたギースという男が、女の遺体に駆け寄った。
「騎士様、シニシャは、シニシャは……!」
「その女性は」
「俺の娘だ……っ」
二人の男の遺体にも、その家族と思しき者たちが、ふらつく足取りで駆け寄った。
信じられないというようにその体を抱きあげて、頬に、体に触れている。
ざわつきを切り裂くように、慟哭が、小さな村に満ちた。
「騎士様、どうしてシニシャは……あぁ、嘘だろう、嘘だと言ってくれ! シニシャ、お父さんだ、目を覚ましてくれ、どうか……!」
「……残念だが、私が卵獣の元に辿り着いた時にはもう、手遅れだった」
「うあああああ……!」
先ほどまで陽気に酔っ払っていた男が、娘の体をきつく抱きしめて叫び声をあげた。
シヴァルは目を伏せると、立ち上がる。
こういうとき、かける言葉を幾度も探してきた。
けれど何を言っても、どれほど言葉を選んでも、それは嘘くさく、軽薄に聞こえてならなかった。
命を救えなかったシヴァルには何も言う資格はない。
「ああぁああ魔女め、魔女め……! 騎士様、どうか魔女を、魔女を殺してください! 森を焼き払っても構わないッ!」
「……広大な森を焼けば、村にも被害が及ぶかもしれない。……魔女のことは、私に任せておいてくれ。必ず、捕縛する」
「くそ、くそ……! シニシャ、許してくれ……! もっと早く、帰ればよかった……シニシャがこんな時間に外に出ているなんて、俺を迎えに来ようとしていたに決まっている! 俺のせいだ、俺の、俺の……!」
シヴァルは、静かにその場から離れる。
それを待っていたように、ギースや他の家族、遺体の周りに多くの人々が集まる。
人々の中には、シヴァルに深々と礼をしてくれる者もいた。
けれど──シヴァルは、卵獣を倒したわけではない。
卵獣は、シヴァルが殺す前に、魔女が魔卵に戻して逃げてしまったように見えた。
沸々と、怒りが込み上げてくる。
何故、魔女は、このような悪辣なことをするのだろう。
悪辣で、残酷だ。
獣は、腹を満たすために獣を殺す。
人も、腹を満たすために獣を殺す。
しかし人には、己の楽しみのために人を殺す者もいる。
魔女もそれと同じように、誰かの大切な者を奪って、楽しんでいるとでも言うのか。
「必ず、私が捕える」
失われた命のためにも、これから失われるかもしれない命のためにも。
全てを守れなかった後悔が、じくじくと胸から這い上がって喉を締め付けるようだった。
宿に帰る前に獣舎に立ち寄ると、ファスが心配そうに鼻を鳴らした。
ファスは敏感だ。シヴァルの悔恨に、気づいているのだろう。
どうしようもなかったとはいえ──あと数分。早く、辿り着けていたら。
誰も死ななずに済んだかもしれないのに。
「……明日は、森に入る」
ファスはわかったとでも言うように、静かな大きな黒い瞳に怒りと苦しみと、少しの疲労感に倦んだシヴァルを映していた。
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