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魔卵と卵獣



 酒場の者たち皆の耳に女の悲鳴が届いたのだろう。

 皆が立ち上がり「なんだ?」「何があった?」と戸惑った表情を浮かべる。

 シヴァルは食事代として十分すぎるほどの銅貨をテーブルに置くと、「様子を見てくる」と言って、席を立った。

 素早く酒場から外に出るシヴァルの後を、酒場の者たちもついてくる。


「来るな! 家の中にいろ!」


 村の異変にすぐに気づいたシヴァルは、共にこようとする人々に向かって厳しく声をあげた。

 酒場の外──暗い街の、道の一角から、見覚えのある不気味な姿が空に向かって伸びている。

 大人の胴体ほどの太さのあるうねる半透明な薄緑色の触肢の中央に、ギザギザの歯を持つ花の姿がある。

 民家の屋根よりも背が高く大きな──花である。


 シヴァルは、その異形──卵獣に向かい、真っ直ぐに駆ける。

 駆けながら、腰に下げている剣を抜いた。


 卵獣の姿は同一ではない。

 魔卵は基本的には同じ形をしているが、そこから生まれる卵獣は、獣のような姿だったり、植物のような姿だったりとさまざまで、共通することといえば、すべて人ならざるもの。異形である。


「……一体、か」


 卵獣の出現に居合わせてしまったのだろう、卵獣の元へ向かうシヴァルの元へと、道の向こうから何人かの人々が駆けてくる。


「た、助けてくれ!」


「あんた、騎士様だろう……!?」


「あぁ。任せておけ」


 人々を安心させるのも、騎士の役割である。

 大丈夫だと頷くと、「騎士様がいてよかった……」「やっぱり魔女が森にいるんだ!」と、若い男たちが口々に言う。

 そこは暗い路地だった。

 何本もの太い触肢と、その中央の食中花に似た巨大な花の口。

 触肢が集まって絡み合う胴体から人間の手のようなものが何本もはえている。

 触肢の先に、人の姿がある。


「カリス騎士団の名の元に、邪悪なものに裁きを!」


 両手剣を握り、砂利の道を蹴って駆ける。卵獣はすぐにシヴァルの気配に気づいたのか、触肢を矢のようにシヴァルに向かって突き刺した。

 触肢に囚われる前に身を翻して触肢を避ける。触肢の先端が地面にバターに刺さるナイフのように、ずぶりと突き刺さる。

 何本かを避けて、避けきれない何本かを剣で切り払った。

 切られた触肢の先端は地面にぼとりぼとりと落ちて、紫色の体液を撒き散らした。


「ギュオオオオ!」


 卵獣のどこからか、皮膚をびりびりと震わせるようなおぞましいうめきごえが響く。

 植物型は、獣型に比べれば素早さがない分相手をしやすい。

 ただ、巨体だ。それゆえ、無闇に切りつけても本体を倒すことができない。

 花の弱点は、花の首にある。花と茎の繋ぎ目に脆弱な部分があり、切り落とすことで殺すことができる。

 これは、シヴァルが戦いの中で見つけた、というわけではない。

 卵獣との戦い方は、先人たちの知識の中に残っている。


(まずは、人命救助を優先する)


 地面に突き刺さる触肢の上に飛び乗り、シヴァルは触肢が地面から抜ける前にその上を駆け上がる。

 抜ける前に新しい触肢の上に、ひらりと飛んで移動した。

 弾力のある触肢を蹴って空に浮かぶように、シヴァルは飛んだ。

 シヴァルを食い殺そうと大きく口を広げて、食らいついてくる花を眼下に、シヴァルは人に絡みついている二本の触肢を切り落とす。触肢ごと、男が二人どさりと地面に落ちた。


「後は、花を……!」


 切り落とせば終わりだ。


「……ねむれ、ねむれ、いいこ。いいこ。こわいことは、ぜんぶおわり。とわの、まどろみに、ねむれ」


 その時、柔らかく透き通った歌声が響いた。

 

「何だ?」


 思わず、シヴァルは振りかぶっていた剣を止める。

 歌と同時に荒ぶっていた卵獣の動きが緩慢になっていく。

 花の中央に、目深にフードを被った少女の姿がある。小柄な少女だ。

 目深に被ったフードから、夕焼けのような赤毛がのぞいている。


「……お前は、一体」


 卵獣の花弁が閉じていく。触肢が蕾を包むようにしてスルスルと縮んていく。

 一瞬、景色が歪んだような気がした。

 深い霧に包まれるようにして、視界が悪くなる。

 その霧の中に、幼児の頭ぐらいの大きさの黒い卵を抱えた少女が佇んでいる。


「魔女か……!」


 シヴァルは、少女に向かって駆ける。

 けれど──シヴァルが少女の元に辿り着く前に、少女の姿は幻のように消えてしまった。


 


お読みくださりありがとうございました!

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