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ラクシャ村と魔女の情報



 清廉な水を湛えた川が流れている。川には魚の姿があり、丸太を河岸から乗せただけの橋がかかっている。

 川は森から流れて来ているようだ。隆々とした太い幹を持つ木々が真っ直ぐに空に向かってはえている。悠々と広がる枝からは、青々とした葉が生い茂っている。

 その広大な森を前にすると、シヴァルとファスはたった一本の木よりもずっとちっぽけで取るに足らない存在のように感じる。

 山や、森や、川や空。自然というのはそれだけで人間を圧倒するような神々しさに満ちている。王都近郊にも多くの自然は残されているが、広がる原野も深い森もシヴァルの見てきた景色の、そのどれとも違う。

 聖域のように感じられた。

 多くの魔卵がある恐ろしい森と聞いていたが、風に揺れる木々のざわめきも、湿った土の匂いも、小川の流れる音も、そのどれもが神聖さを感じるものだ。

 恐ろしい予感はしなかった。


 深い森の横を通り、ラクシャ村につくころには、日が落ちかけていた。


「すみません、一つ質問をしても? 私は旅の者だが、この村に宿はあるだろうか?」


「……こんな辺鄙な村に旅人とは、珍しい。立派な身なりをしていらっしゃる。ただの旅人ではないでしょう」


 先を尖らせた丸太の塀で囲まれている村の中に入り、村の門番と思しき年嵩の男性に話しかけると、男性はシヴァルを物珍しそうに眺めた。


「王都から来た。カリス騎士団の騎士団長をしている、シヴァルという」


「なんと、騎士団長様ですか! こんな辺鄙な村までよくいらっしゃいました。宿をお探しで? 騎士団長様を泊めるような場所ではないですが、一軒だけありますよ」


 男は宿の場所を親切に説明した。

 それからシヴァルに色々聞きたそうにしていたが、ファスを休ませてやりたかったので、シヴァルは「ありがとう」と礼を言うと、男の言っていた宿へと向かった。

 宿のすぐ横にある獣舎にファスを預けた。

 辺鄙な場所にある村だが、他の村との物流はあるのか、獣舎にはファス以外にもフォックスリオンが何頭か休んでいた。

 主人にファスを任せると、シヴァルは宿へ向かう。

 明朝には、森に入るつもりだ。


「まさかこんな場所に騎士様がいらっしゃるとは。いやぁ、男前だねぇ、さすがは騎士様だ。うちの娘の婿に来てくれないか?」


 宿に荷物を置いて、一階にある酒場で食事をとることにした。

 有事に備えて腰の剣は外さないまま食堂の窓際の椅子に座り、店員に適当に料理を持ってきて欲しいと頼んだあと、一人窓の外を見ていたシヴァルの元に酒瓶を片手に持った男がやってくる。

 先ほど道を尋ねた者とは違う男だ。

 小さな村だから、噂が広まるのも早いのだろう。


「申し出はありがたいのだが、私は……」


「騎士様は真面目だなぁ。本気で返事をしなくていいんだよ、こういうのは。騎士様は、魔女を殺しに来てくれたんだろう?」


「……殺しにきたわけではない。捕えにきたのだ」


 男は空のグラスを持ってきてシヴァルの前に置くと、酒瓶から酒をついだ。

 琥珀色の液体から樽酒独特の木の香りが鼻腔をつく。シヴァルは酒が飲めないわけではないが、今は任務中だ。

 遊びに来ているわけではいので、グラスを手にして軽く傾けると、男に返した。


「ありがたいが、仕事で来ている。森の魔女を捕えよとの、王からの命だ」


「それはそれは! ぜひそうしてくれ! この村のそばの森には、昔から恐ろしい魔女が住んでいるんだ。村の者たちは怯えて暮らしているが、今まで誰も助けに来てくれなかった。頼んだぞ、騎士様!」


 男は酔っているのだろう、大仰な仕草で、酒場に響き渡るような大きな声で言った。

 他の客にも当然それは聞こえたらしく、酒場が「魔女を倒してくれるのか!」「この日をどんなに待っていたことか!」というようなざわめきで満ちた。


「あなた方は、魔女を見たことがあるのか?」


「見たというやつもいるが、俺は見てねぇな。魔女なんだから恐ろしい形相の、蛇みてぇなババアなんだろうがな」


「……魔女になんらかの被害を受けたことは?」


「数年前に一度卵獣が現れた。あれは魔女の仕業だろ?」


「この村には騎士団はいないだろう。被害はどれほどだったんだ?」


「一人死んで、数人怪我をしたな。俺が見に行く前には、卵獣は消えちまってた。魔卵を抱える魔女の姿をその場で見た者がいたらしいぞ。魔女が卵をばら撒いているのは本当だ。俺たちの村のすぐそばに住みつきやがって」


「……魔女はいつから、森に?」


「さぁな。俺が生まれたころからすでに、魔女の噂はあった。だから婆さんか、死なねぇ化け物かどっちかだ」


 シヴァルの質問に、男は酒を飲みながら答えた。

 瓶に口をつけて直接酒を飲んでいる。その酒を他人に振る舞おうとしていたのかと、シヴァルはその姿を眺めながら心の中で嘆息した。

 それにしても。卵獣が現れて、誰かが討伐したわけでもなく消えるとは。どういうことだろう。

 それに、死人が一人。それと怪我人だけで済むとは。不思議なこともあるものだ。

 卵獣が現れて壊滅した小さな村もあるというのに。

 男はかなり酩酊しているので、その話に信憑性があるかどうかは怪しいところだが。


「お待たせしました。帽子茸の包み焼きと、鹿肉の串焼きです。それから、ロゼマイラのお茶。騎士様はお酒じゃなくていいんですね」


「あぁ。ありがとう」


 店員の女性が料理を運んできて、それからシヴァルに話しかけていた男を「ちょっと、ギースさん。騎士様に絡むのはやめなさい。早く帰らないと、娘さんが心配しますよ」と言って、腕を引いて席に連れて行った。


 自分に向けられているたくさんの視線にシヴァルは気づいていたが、誰かに話しかけることもなく、また誰かがシヴァルに話しかけてくることもなかった。

 静かに食事を口に運んでいると──窓の外から、女の叫び声が聞こえた。



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