東への旅路
フォックスリオンとは、エラリア王国の位置する東オリブス大陸のエラリア王国周辺にだけ生息する固有種である。
獅子のような白い立髪と、狐のような耳と尻尾、太い足を持つ。顔立ちはどちらかといえば狐に似ている。馬よりも俊敏性と機動力に優れている動物だ。
馬は平地でないと駆けるのが困難だが、フォックスリオンは多少の崖や勾配をものともしない。
知能も高く、よく慣らされたフォックスリオンは人の言葉を理解し、主に忠実である。
寿命は三十年程度。騎乗に適しているのは生まれて一年半から二十年ほどまでと長く乗ることができる。
二十歳を過ぎたフォックスリオンも騎乗することは可能だが、長く駆けさせることはあまり推奨されていない。
人と同じで動物も老いる。老いれば体力が落ち、怪我をしやすくなるからだ。
シヴァルのフォックスリオンであるファスは、ヴィアライド家で長く飼育されているフォックスリオンたちの子供である。
シヴァルが騎士団見習いになった十五の時に生まれてから、二十五に至る今までずっと共にいる長年の相棒だ。
ファスは十歳。人間でいえば、青年程度の年齢である。
荷物を乗せたファスの背に乗り、ネクロシウスの森に向かい広い街道を走りながら、シヴァルは妙に晴れやかな気分になっていた。
王からの勅命を受けてまだ見ぬ魔所へと足を踏み入れなくてはいけないのだから、晴れやかな気分というのはおかしいのだろうが。
ファスは言葉を発することはいが、もう十年も共にいるからだろう、何も話をしなくとも通じ合えているような気がする。
カリス騎士団の団長という今の役割を、苦痛に思ったことはない。
それは名誉であり、ありがたいことだとシヴァルは考えているが、それでもファスと二人で王都から離れて遠くの街まで旅をすることができる今は、妙に心が浮き足立つ。
フォックスリオンは静かに走る。足音はあまり立てない。
分厚い表皮の大きな肉球のある足は馬のように蹄鉄を必要としない。
軽やかに、滑るように駆けるファスと、それからその背に乗って銀色の髪とカリス騎士団の華やかな赤い花の描かれた軍服やマントを靡かせるシヴァルに、街道を通り過ぎる人々はどこか陶酔したような眼差しを向けた。
銀色の体毛と白い立髪を持つファスに乗って駆けるシヴァルを、まるで流星のようだと人々は言う。
それゆえに、ついた二つ名が『白銀の流星』である。
人々からの尊敬や敬愛の眼差しや、期待や希望に満ちた言葉が、シヴァルにとっては胸に針を突き刺されるように痛い時がある。
シヴァルは己の責務をこなしているつもりではいるが、卵獣によって部下を幾人も失った。
民の命も同様だ。
皆が期待するような、していいような男ではないのだと、シヴァルは己について思っている。
だからだろう。王都から離れると少しだけ、肩の力が抜けるような気がするのは。
ファスと何も考えずに、自由に駆けるのは楽しい。
だが、──人々を脅かすネクロシウスの魔女を捕える任務だ。
成功すればもう卵獣に怯えて生きることはなくなる。
浮かれていてはいけないと、シヴァルは気を引き締めた。
セイラが首に巻いてくれたサメの首飾りが揺れる。シヴァルはそれを服の中に押し込むと、手綱を少し引いてファスの速度をあげた。
ネクロシウスの森は、王国の東、エシランス侯爵領にある。
エシランス侯爵の領地と言っても、侯爵さえも見放すような僻地である。
途中いくつかの村や町に宿泊し、ファスに食事と水を与えて食料を補給するなどして十日。
エシランス領に入ると、酒場や宿屋の食堂などで、『ネクロシウスの魔女』の話を多く聞くことができた。
「ようやく、王はネクロシウスの魔女を捉える気になったのですね!」
「いつ魔女が現れるのかと恐ろしく、夜も眠れないでいました」
「カリス騎士団の騎士団長様直々に来てくださるとは、これで王国は救われます」
シヴァルの姿を見た人々は、そんなことを言っていた。
カリス騎士団のものだと一目でわかる格好をしているのは、余計な揉め事を避けるためである。
ネクロシウスの森のあるエシランス領の人々は、他所から来た旅人に敏感になっているのだ。
王都よりは小さいが栄えているティフェンの街に泊まり、そこからはもう補給拠点などない原野を抜けていく。
道の整備されていない木々や草の生い茂った原野を抜けて、岩山を駆ける。
元々フォックスリオンは岩山に住む動物なので、山越はとても得意だ。
軽々と自分よりも背丈の高い岩を飛び越えて、岩山の天辺までたどり着くと、山を超えた先には鬱蒼と木々が生い茂った、どこまでも広がるような深い森が眼下に現れた。
森の手前に、小さな集落がある。
「……あれが、ラクシャ村か」
こんな場所まで来たのははじめてだ。
わざわざ誰も訪れたりしない場所なのだから、当然だが。
エシランス領の人々は、ネクロシウスの森の手前にラクシャ村という小さな村があると言っていた。
シヴァルはそこを目指すといいと言われていた。
ラクシャ村から森まではそれでもまだ距離があるが、森に入る前の拠点としてはちょうどいい。
「行こう、ファス」
ファスはシルヴァの声を聞いて、岩山をまるで平地を走るように駆け降りていった。
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