目覚めと出会い
体の痛みで目を覚ました。
怪我をすることなどそう珍しくはないシヴァルだが、眠っていられないほどの激痛というのは久々だった。
新米の兵士だった時代は、体を縫うぐらいの怪我もあったが、近頃はそれも減っていた。
呼吸の度にドクンドクンと体の奥で音が鳴り響くような、連続した痛みが体を苛んだ。
それでも――生きている。
「……私、眠ってしまった」
霞んでいた視界が焦点を結んだとき、至近距離から涼やかな声が響いた。
シヴァルの隣で、両手と両足を抱きかかえるようにして小さくなって眠っていたのは、シヴァルが森に探しにきた――魔女だった。
「君は……どうして、私を助けた」
「私は、アリア」
「アリア」
「あなたは?」
「私は、シヴァル」
「男の人も、わたし、と、いうのね」
「あぁ」
「お父さんは、俺と言った。他の男の人は、知らない」
「君は、魔女か」
「皆が魔女という。だから、たぶん、そう」
アリアは猫のように起き上がり、気怠げに目を擦った。
髪も服も汚れている。剥き出しの腕には、痛々しい黒い茨の巻き付いたような紋様が、大きく広がっていた。
それは、足にも同様にあるようだった。
シヴァルは、どこかの家の一室に寝かされている。
床には家中の布を集めてきたように、鳥の巣のように布が積み上がっており、服を脱がされたシヴァルの傷には、丁寧に包帯が巻かれていた。
さほど広くない部屋だ。部屋というか、小さな家の一階である。
まだ、雨の音が聞こえる。どれほど眠ったのだろう。窓の外は暗い。
部屋の中も薄暗いが、燭台の上の蝋燭には炎が灯っていて、部屋をぼんやりと照らしている。
鮮やかな赤毛と、夕闇に似た紫の瞳を持つ少女の首には、翼のある白い蛇が巻き付いている。
そんな動物を、シヴァルは知らない。
警戒しながら起き上がろうとして、苦痛に眉をしかめた。
「傷は、縫った。熱が出ないよう、薬湯も飲ませた。右腕は、折れてる」
「そうか。君が、傷を」
「上手に縫えたと思う」
「……ここまで、運んでくれたのか?」
「雨の中で、血を流していたら、死んでしまうから」
「君は――人を殺す、魔女ではないのか」
命を助けてくれた相手に尋ねる質問にしては、かなり不躾で無礼なものだろう。
しかし、シヴァルは尋ねずにはいられなかった。
確かに森には魔卵が――まるで飼育されているかのように置かれていたのだ。
魔女が卵を育て、卵獣に人々を襲わせているのではないかと。
「私は、誰も殺さない。私の役割は、卵を還すこと」
「孵す? やはり、孵化させているのか」
「孵化、ではない。羽化。あれは、可哀想な子たち。だから、空にかえす。眠らせて、浄化、して、空にかえす」
「……君の言っている言葉の意味を、私は理解できない」
「まずは、休んで。傷が治ったら、あなたは出て行った方がいい。私は最後の、眠り子。償いの眠り子だから」
「アリア。お願いだ。分かるように、説明をしてくれ」
「説明は、とても難しい。痛み止めをつくってくるので、あなたは、待っていて」
アリアはそう言って立ち上がった。
汚れた服をシヴァルの前でためらいなく脱ぐと、新しい服を部屋の隅に置かれているクローゼットから出して頭からすっぽりかぶった。
シヴァルは目眩を感じて、横になる。
アリアの言葉は、どうにも現実味が薄い。子守歌を聴いているようだ。
痛みが激しくなってきて、目を伏せる。
視界の端に、両足を引きずるようにして、家具に捕まりながら歩くアリアの姿が見えた。
薪の燃える音と、食欲をくすぐられる匂いがやがて部屋に漂ってくる。
再びうつらうつらしていたシヴァルは、人の気配によって起こされた。
「あなたは……し、ヴァ。……シヴァ、る」
「……シヴァルだ」
「シヴァル。紹介を忘れた。この子は、二ニス」
アリアは肩に乗っている蛇を示して言う。
「二ニスは、大切な私の家族。ここには、私と二ニスの二人」
「ただの蛇ではないな」
「蛇ではない。この子は、あなたたちが、卵獣と呼んでいるもの」
「……まさか」
「この子は私の家族。人は、襲わない。だから、怖がらないで」
アリアが持ってきた木製のトレイには、緑色の薬のような飲み物と、何が入っているのかはわからないが、美味しそうな香りのするスープが乗っている。
「これは、痛み止め。アストンの薬を煎じたもの。痛みがとれる。それから、これはスープ。野草と魚のスープ。魚は、川でとれる。これは、虹色マス」
「……君も、体が痛むのか」
「どうして?」
「足を引きずっている」
「私は大丈夫。あなたは、大怪我。だから、飲んで」
壁にもたれかかるようにして、シヴァルは体を起こした。
右腕には力がはいらない。動かそうとすると激痛がはしり、赤く腫れ上がっている。
アリアがシヴァルの前に膝をついて、口に痛み止めの薬の入った器を押しつけてくる。
なんとも言えない苦みが口にひろがったが、文句を言わずに飲み干した。
それから、スープを食べさせてくれるので、何も言わずにシヴァルは口を開いた。
シヴァルは死にたいとは思っていなかった。
アリアの親切を受け入れなくては、ここから村に戻ることさえ難しいだろう。
たとえそれが魔女であったとしても。
しかし、シヴァルの疑念は、確信に変わろうとしていた。
アリアには敵意がない。
人を殺す魔女ではないのだ。何か、事情があるのだろうと。
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