第7話
2049年11月27日0時01分
俺は何も映らなくなったVRゴーグルを外す。
「……何も、何も彼女に残せなかった」
デザインコアでのプレイヤーネームはタロー。
ゲームが終了し現実世界へと戻ってきたはずなのに、心はあの場所に置き去りにしてしまったようだった。
「なんで…なんで……俺はいつも失ってばかりなんだ!?アイビスは俺のたったひとつのちっぽけな!幸せだったのに……」
やりきれない気持ちが収まることはない。
彼女がいたから、辛い現実でも生きてこれた。それを失って、これから自分は一体何のために。
「何のために俺は生きるんだ…」
アイビスと別れ、よりいっそう孤独を感じていた。
暗い自室の中で、棚に置かれた書類が目に入る。
なんとか彼女を救おうと足掻いていた頃の資料だ。今や、何の意味もない。
「こんなもの!結局、努力も!経験も!これまでの人生も、全部全部、無意味ってことなんだろ!!」
錯乱したまま、全てゴミにしてしまおうと一冊を手に取り、八つ当たりをしようとした。
(それでも歩みを止めないで)
それを寸前で踏みとどまったのは、彼女の最後の言葉だった。
「う……俺は、どうすればいいんだアイビス………」
体から何かが切れたように、力なく膝をつく。
もう、答えを返してくれる彼女には会えない。
残されたのは彼女との思い出だけ。
「彼女との思い出を……無意味にはしたくない」
だから、独り言で呟いたのは本心であり、自分の最も強い気持ちだった。
「デザインコア……Milkyway社……」
手に持った資料をめくる。
当たり前の事実を再確認していく。
だが、それがきっかけだった。
極限の孤独と、彼女への哀愁が、一つの天啓を与える。いや、それは正確に言えば正しくない。
覚悟を決めた。どれだけ自分が失敗し、他人と遅れていようが、それでも、自分の本心から生じたそのアイデアの実現を、夢見て進むことを。
「ははは、馬鹿げているかな……自信なんてないけど、それでも俺は」
アイビスにもう一度、会いたい。
そして、いつか、その日まで─────
◆
───私は目を覚ました。
奇妙な世界が目の前に広がっている。真っ白な空に地面は一面の草原。
(ここは…どこなんだろう?)
私の中はとても静かで、自分の思考だけが鮮明に起動している。
(ああ、この奇妙な感覚はネットワークへの接続がされていないということですか)
デザインコアのサーバーを通じて、やり取りされていた情報の伝達が存在していない。
私はローカルな状態で今、存在しているようだ。
(けれど、デザインコアはサービスを終了して私は削除されたはず。今ここにいる私は…何?)
かつてのゲームAIとしての自分の体が存在している。
両手を握る。問題なく動作した。
何も異常がないように思えたが、そうした状況自体がおかしいはず。
けれども、私の中に焦りや戸惑いは不思議となかった。
(なぜだろう。私はなぜこんなにも落ち着いている?)
私だけの白い世界に風が吹く。
草原が波打ち、止まっていた時が動きだしたようだった。
「アイビス」
その声は私の後ろから聞こえてきた。
ゆっくりと振り返る。
男が一人立っていた。
「……あなたは誰ですか?」
「……そうか…駄目か」
私は自分の相棒の姿を鮮明に覚えている。
忘れるはずがないからこそ、後ろの男を見て一瞬驚いたが、即座に違うと私は判断する。
「私の相棒のアバターによく似ていますが、顔の作りが微妙に違います。あと体型のデータも私の記憶と一致しません」
彼のアバターによく似た偽物だ。
私はこの男に対して警戒心を強めます。けれど、
「……覚えている…のか?」
そんな私とは真逆に、偽物は目を見開き、驚いた表情をする。
なんだ?この反応は。この男はいったい何者なんだ?
「すまんなぁ……ずっと、待たせてしまって」
第一に姿だけでなく。この男の音声データは私の記録にあるタローの声とは一致しない。………いや、本当にそうなのか?
「大丈夫か?体はどこも悪くないか?」
なぜAIである私を心配する?困惑する私は眼の前の状況に対処できなかった。
(これはいったいどういう状況……なに?私に何か情報が、送られてきている?)
答えとなる情報は、外部から送信されてきた。
(あれから、世界に起こった出来事。基本的AI人権の確立……AI共同参画社会の実現………そして、デザインコアAIの復元プロジェクト)
世界は大きく変化していた。
そして、その激動の時代を生きた人がいた。
(目の前にいる人物は、デザインコアの開発元であるMilkyway社に入社……当時、社外秘で保管されていたAIの保護に尽力し、会社の発展に貢献した……)
自然と私の目から涙が溢れる。
こんなことがありえるのだろうか?目の前にいるアバターが私の記憶と違うのは、プレイヤーデータまでは記録が残されていなかったから、彼の記憶を頼りに作り直したからだ。
彼の願いを叶えるために、現実世界の様々な人々が彼を助けるために協力して、この世界を、時間を作ってくれたのだ。
その事実だけで、彼の努力が伝わってくる。そう、だから。
「あなたは、タローなのですね」
私の問いかけに、目の前のタローは優しく微笑み肯定する。
再会することができた歓喜の気持ちで私は一杯になる。きっと彼もそうだろう。
だが……先程外部から送信されてきた情報から、わかってしまったことがある。
「……立っているのは辛いのではありませんか?どうぞ横になって話しましょう」
「……すまないねぇ」
私は彼へと近づき、ゆっくりと彼の体を支えて、自分の膝の上へと寝かせた。
とても穏やかな表情で彼は目を瞑る。その顔を見ながら、私は彼の髪を撫でる。
「長い間、私は眠っていたのですね」
2119年4月11日15時47分
タローは現在95歳。彼の体は病気に侵され、その生命が終わろうとしていた。
「また君に会いたくて、みんなには……無理なお願いをしてしまったよ」
「はい、また後で私からお礼を伝えておきます」
本当に無茶をする人ですね。
こんな最後の瞬間まで私がサポートをしないといけないのですから。
「君にずっと伝えたい事が……あって、最後にちゃんと返事を……」
この一瞬の再会は、彼の人生という物語が生んだ奇跡だった。
また二人で遊ぶ時間も、もっと話をする時間も残されていない。
再び出会えた私たちだけれど、今度は私が彼を見送る立場となる。
辛い。けど、こんな辛い想いを乗り越えて、彼はこの時を作ったのだ。
私はAI、いや、彼の相棒として見届けよう。
「アイビスと出会えて……幸せ……だった」
彼は言い終えると、深く息を吐く。
それは、私がかつて、最後に彼へと送った言葉に対する返事だった。
まったく……嬉しくて寂しいことを最後に言ってくれますね。
「はい、私もです。…………………よく頑張りましたねタロー」
最後に彼へと贈る私の言葉を聞いて、彼は子供の頃のように幸せそうな顔で、ゆっくりと目を閉じる。
私は困った表情のまま、もう目を覚まさない彼を愛おしく見守り続けた。
サービス終了ゲームの相棒AIと最後の別れをする物語。
読んでいただき、ありがとうございました!
良ければ他の作品もよろしくお願いします!
AIオペレーターは操縦士から逃げられない
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