第3話
2041年3月19日23時09分。
この日は、私達にとって記念すべき日となりました。
「タロー!ボスの大技がまた発動します!次は受けきれません!」
「構うな!!体力は後少しのハズ、ここで一気に畳み掛けよう!!」
私たちはこのゲームのメインシナリオにおけるラスボス。心編機面のアーキテクトと闘いを繰り広げていました。
巨大な千手観音のような姿でありながら、全身は機械。
多数の攻撃手段を掻い潜りながら、ダメージを与えていかなければならない闘い。既に、私たちはこのボスへと何度も挑みましたが、数え切れないほどの敗北を経験していました。
ですが、今回は違います。装備の強化、LVを上げ、敵の行動パターンを覚え、ようやく勝てるかどうかの局面までたどり着いたのです。
「っ!アイビス!!」
タローの警告。アーキテクトが全ての手を頭上へと掲げています。敵の最後の大技、一定時間ごとに放たれる強火力範囲攻撃の予備動作です。
「タロー!!」
「ああ!!」
それに対して、私たちは共に駆け出します。
言葉を交わす必要はありません。これまで共に闘ってきた経験が、体を勝手に動かしました。
あとは、隣に並び立つ、私のプレイヤー。いや、私の相棒を信じるだけなのだから。
「これで倒れろぉ!!!」
相手の攻撃よりも早く、私たちは敵の体に攻撃を加えます。
勝利の瞬間は直ぐそこに迫っていました。
2041年4月11日19時20分。
「1年が経ちましたね」
「え?何の話?」
はぁ、まったく。私の相棒は記念すべき日をすっかり忘れてしまっていたようで、私はあからさまに残念そうな表情を浮かべます。
「あ!待って、ひょっとしてこのゲームを始めて1年ってこと?」
「はい、厳密に言えばタローと私が出会って1年ということです」
「そっか……もうそんなに経つんだ」
私たちは現在、大型アップデートで実装されたエリアの浮遊島へとやって来ていました。辺りは一面の野花の群生地で、とても美しいエリアです。
「結局、ラスボスを倒したところで、やっとこの世界を旅できるようになった感じがあるよね」
「それはしょうがないでしょう。メインストーリークリアを実績の解除として、このゲームのロックされていたコンテンツを遊べるようになったのですし」
既にデザインコアはリリースされて5年が経過し、ゲームとしては成熟した段階に入っている。けれども、その人気から度重なる追加要素がされている。私達がいま来ているこの場所も、メインシナリオ完了後に開放されるエリアなのだ。
「………」
「タロー?」
突然、タローが立ち止まり、真剣な表情をする。私は、彼の急な変化を怪訝に思いながらも彼の様子を伺う。
「あのさ、まだしばらくは、アイビスと一緒にこのゲームを今までみたいに遊べると思うんだけど……俺、今年が大学受験なんだ」
タローが話し始めたのは、私とは違う現実での彼の事情だった。
「大学受験……それは難しいクエストということですか」
「ははは、まぁ難しいっていうのはあってるかな。勉強する時間を増やさないといけないから、アイビスに会いに来る時間が減ることになる…かな」
なるほど、彼が言いにくそうにしていた理由が分かった。それと同時にAIである私のことを気にかけてくれていることを嬉しく思う。
「そうですか、分かりました」
「え?それだけ」
「確かに、共に過ごす時間が減るのは残念だと思います。ですが、タローは私と違い、現実も大事にしなければいけないのでしょう?ならば、そちらを優先するべきです」
私はこのゲームで作られたAIだ。
彼のゲームにおけるサポートを考えるのであれば、現実世界への影響も考えて彼のサポートをするのが、私の存在意義だろう。
「まいったな…アイビスは僕と違ってしっかりしてるね」
「ええ、ですのでこれからも相談して下さい。私はそのためのAIなのですから」
照れくさそうに笑う彼の姿を見て、自然と私も笑顔になるのだった。