#8
約8時間後、俺たち三人は妹の部屋に居た。
時を遡ること約1時間前、父さんと母さんが帰ってきた。
やはり二人とも姉のことは覚えていなかったけれど、事情を話すと案外素直に受け入れてくれた。当面の間は家に居て良いとも言ってくれた。
父曰く、母の若い頃に似ているから、だそうだ。
我が父親ながら流石に安請け合いし過ぎだとも思うけど、今はとても助かる。
そんなこんなで姉はしばらく俺たちと暮らすことになった。
部屋の数が足りないので姉は妹と同じ部屋で寝る。
リビングで寝ればいいんじゃないかな、なんて冷たいことを思ったのは家族の中では俺一人だけだったようだ。
「何で雪菜の部屋なの。リビングでいいじゃん。」
「んー、まだ二人とも完全には私を信用していないんじゃないかな?だから多分、雪菜ちゃんは監視役なんだよ。」
…そういうことなのか。分かっていないのは俺と妹だけだった。
俺は完全に信じ切ってしまっていたけど、言われてみれば彼女は未だ身元不明なのだ。
「それよりさー、この雪菜ちゃんって呼び方違和感あるなあ。私も雪菜ちゃんだし。」
確かに。
例えば、同姓同名の二人が出会ったらお互いのことは何と呼ぶのだろうか。やっぱり照れ笑いしながら下の名前で呼ぶのかな。
「何か別の呼び方はない?妹ちゃんってのもなんか親しみがないよね。妹にゃんとか?」
「にゃん!」
「一部の人にはウケるかもしれないけど!」
聞き馴染みはないけど不思議な親しみを感じる響きだ。妹にゃん…
「じゃあ妹マン!」
「まん!」
「正義の味方だ!」
妹を護るヒーローなのか、それとも妹がヒーローなのか。後者なら妹ウーマンだな。
「じゃあじゃあ妹ジャーマン!」
「よし、俺は今から妹にジャーマンスープレックスをかけます。」
「もう妹全然関係ない!!」
「二人とも文句ばっか言ってないで何か案出してよ。」
やれやれ、と姉は言う。
「姉ちゃんだってまともな案出してなかった気がするんだけど…」
「はいはい!次雪菜が案出す!」
「お!では雪菜ちゃん、どうぞ!」
「お嬢様!」
「…なるほど、いい案ですね。流石です、お嬢様!」
「えへへ。」
「どんな姉妹関係だ!?」
しかし、そうとも言えないか。確かに普通なら姉が上で妹が下という感じがするけれど、今の姉は居候の身。しかも妹の部屋を使わせてもらうのだ。その姉が妹にちょっとくらい下手に出たって何もおかしくない…か。
いやいや!ダメだダメだ!やっぱりそんなの変だ。姉が妹にお嬢様だなんて…
「というか雪菜たちって姉妹なの?」
「どういう意味だよ?」
「雪菜は晴人の妹で、この人は晴人のお姉ちゃんかもしれないけどさ、この人のいた世界には雪菜はいないわけでしょ。」
「別の雪菜がいるからな。」
「そうそう。だから雪菜たちは別に姉妹ってわけじゃないんじゃない?ってこと。」
「…。」
どうなんだろう。少し考えたけど、答えは出ない。
「難しくてよく分かんないや。姉妹でいいんじゃない?」
「そんなテキトーな…」
二人は姉妹ではなくて別次元の同一人物なのかも知れない。でもそれが真実だとしてもだから何だって話だ。二人は今、この世界に別々に存在しているんだから。この世界では別々の人物。そして彼女たちはそれぞれ俺の妹と姉。
そんなの誰がどう考えたって、二人の関係は姉妹に決まってる。
「異論はないよな、姉ちゃん?」
「うん。もちろん。」
姉は笑顔で応えてくれた。
「ほらな。だから姉妹でいいんだよ。」
「雪菜の意思を聞いてない。」
妹がなんか言ってきた。
「何か意見があるのか?」
「無い…けど。」
めんどくせえ!何なんだこいつ!
「よし!私たち姉妹ってことで解決だね!それでまた振り出しに戻るわけだけど、雪菜ちゃんの呼び方はどうしよう?」
うん。やっぱりあれしかない。
俺は挙手して発言する。
「兄や姉のことを兄さん姉さんと呼ぶことはあるけれど、弟や妹のことを弟さん妹さんとは普通呼ばない。だから下の名前で呼ぶのが自然だと思う。」
「…それもそうかもね。ゆっくり慣れればいいか。」
すんなり納得してくれて良かった。
姉には悪いが、ここは我慢してもらおう。
一応姉は住まわせてもらう立場な訳だし、それに…
「それに文字だけだと色々ややこしいものね?」
「何の話だ!?」