#5
家を出てから約10分後。
妹との会話は一切無かった。
今日は久しぶりにたくさん話したが、そもそも普段俺たちは会話なんかろくにしない。
おはようとかすらも言わない。
いくら同じ屋根の下に暮らしていても、俺と妹とでは住む世界が違う。男子高校生と女子中学生の間に共通の話題なんてある訳が無い。
かと言って、妹の近況を聞いてやる気も無いし、向こうも話す気が無いだろう。
俺には友達との会話がなくなった時に二つの手段がある。
一つ目は最近のニュースについての話をすることだ。これなら多くの人にとって共通する話題となりやすいし、そのことについての意見を交わすことで話が発展する。だから内容はなるべく意見が分かれるようなやつがいい。まだお互いの距離感が掴めない時は意見をぶつけず、相手の話を聞くだけでもいい。相手の考え方が分かるのでこちらも話していて楽しいし、学びもある。
だが、これは使えない。
なぜなら女子中学生は社会の出来事に興味がないからだ。彼女達が好む話題は服だとか好きなアイドルだとかの話であって政治や事件の話では無い。
スポーツの話題なら少しくらい興味がある子もいるかも知れないが、妹はその手の話にもまるで興味がない。サッカーや野球のルールも知らないだろう。
これまで何をして生きていたんだろう、と我が妹ながら思う。
二つ目の手段は俺の体験したどうでもいい話をすること。これは仲のいい奴にしか使えないんだけど…
「どこも変なとこないね。」
妹が突然口を開いた。何だよ、まだ途中だったのに。
そうだな、と俺は拙く返事をした。
会話が無いのも無理はない。だって外も家と変わらず変わっていなかったのだから。
俺たちは街の方へは行かず、住宅街を歩いていた。普段は学校へ行っているので、昼間に家の近所を彷徨いてる(しかも妹と二人で)というこの状況は確かに異常には違いなかったけれど、外の様子は平常そのものであった。
「やっぱりこれ、俺たち夢見てんじゃねえの?」
「いや、これは夢じゃない。」
妹ははっきりとした口調で言う。
「なんでそう言い切れる?」
「ほっぺたつねったら痛かった。」
「…!?」
それなら俺もやった。
やっぱりあれは夢じゃないことを確認する方法だったようだ。そっか、夢じゃないのかこれ。
「そんなことより、お前今日学校はどうしたんだよ?サボりか?」
「そんなあからさまな手には乗らない。」
くそっ。お前こそ、とかお前も同じだろ、とかで会話が繋がると思ったんだけど。
妹でもこのくらいは読めてしまうか。
いや、何で俺は妹との会話を繋げてようとしてんだ。別に会話なんて無くていいんだ。
約30分後。結局あれから無言のまま、俺たちのパトロールは終わりかけていた。
家まであと約50メートル。結局なんの成果も無かった。
何かあったとすれば、小学校の頃の友達の拓也君のお母さんとすれ違ったことだけだ。昼間に妹と2人で歩いているなんてどう考えてもおかしい。あの人は母と仲が良かったので、この事が親に伝わらないかどうかが気がかりだ。
もしバレたら何て言おうか。妹の体調が悪いみたいだったから病院に連れて行ってやった、とか?でも普段の俺ならそんなことしないし、絶対に変だ。
というか、姉は?姉が帰ってきたら姉のことをどう説明したらいいんだ。いや、まだ帰ってくると決まったわけではないんだけど、あの人が本当に俺の姉なら帰ってくるだろう。俺の家は姉の家だ。
あれあれ?そもそも、母さんは姉と妹どっちを覚えているのだろう。今のところ俺たちは姉の存在以外の異変を認めていないけれど、肝心の両親はまだ確認していない。変化を疑うならまずは身内だ。
でも二人とも仕事で夜まで帰ってこないし。
まあそれもこれも二人が帰ってきたら解決することか。パトロール終了。
無言の時間が多かったので実際よりも長く感じた。
「おなかすいた。朝ごはん食べてなかったし。」
「じゃあブランチだな、あ。」
鍵が開いていた。ばたばたしていて閉め忘れてしまったようだ。不用心不用心。空き巣が入っていないといいけど。
俺は恐る恐るドアを開けた。
「…!!」
中になんと人がいた。
でも俺は焦ることは無かった。
なぜならそれは明らかに泥棒では無かったから。
その…彼女、は見知らぬというわけではないけど、見知ったというわけでもない人物。
つまり、姉の方の雪菜がいた。