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夜の間に

作者: 虎桃 点虎

楽しんでいただけたら幸いです。

水音がする。雨なのかな?


硬いアスファルトに当る『ざざざざ』という濁った音が大半だ。この音はあまり好きではない。

それに紛れて時折、当たり所が悪いのか、ぴたん、ちゃぽんと妙に明るく跳ねる。

耳を澄ませば、ちょろちょろと、配管でも伝うかのような流水の音が途切れること無く続く。

今夜はよく降るな。すぐ耳元で流れているような気さえする。

確か、今日の昼間頃からしょぼしょぼしていたから、降っている時間が珍しいくらいに長い気もする。

うつらうつらとした半睡眠の中で雨音を聞きながら、更に深く潜るように意識は沈んでいった。


はて。

気が付けば、奇妙な場所、私は立っていた。

周りには民家は無く、まるで時間を遡ってしまったかのように視界は田んぼで埋め尽くされている。

足を着けているのは地面がアスファルトで舗装されておらず、沢山の足跡の残る土の道だ。


あたりは暗い。

いや、私が見ている、空が暗い。

くるりと見渡してみる限りでも、あまり見ないような高い山に四方を囲まれていた。

円筒で切り取ったみたいに山に遮られた空は、真っ暗だ。

余分な光に照らされ、藍の濃淡で雲の厚さや動きが分かるような夜空じゃない。

あまり綺麗でない赤茶の色の混ざった不愉快な夜空でもない。

まるで子供が必死に塗りたくったような、嘘偽りの無い暗闇。

星すら見えないその空を、不安に感じることが無いのが不思議だった。

それなのに、まるで光に満ち溢れているかのように視界を暗闇が遮ることは無かった。

空の感じからすると時間は夜も遅く、月も星すらも出ていないというのになぜかしっかりと見えた。

己が立ちつくしている砂利道の砂や、履きなれたGパンの青。

田に茂る未だ実らぬ稲の青く細い葉が風に揺れる様まで克明に。

そして、道の先には古びた木製の、朽ちかけたような箱の形をしたバス亭があった。

そのすぐ隣に、道祖神、お地蔵様が一体おかれている。バス亭に似た小さな屋根つきだ。

手縫いらしい赤い涎掛けみたいなのを首に巻き、牛乳瓶にタンポポと何かの葉っぱが挿して備えてあった。

肩にかけた重たい愛用エコバックをそのバス停の、これまた年代の入っていそうな木のベンチに置いて、私も座る。

何もすることは無いが、まぁ、重たい荷物を置ける場所があるのだから、借りることにした。

喉の渇きを覚えて、自販機くらいはどこかに置かれていないかと、視線を彷徨わせた瞬間。

目の前を、音も無く光が視界の中に見えた。

整然と並び、時折ほんの少しだけ上下にゆれながら、凄まじい速さで過ぎ去っていく。


電車だ。


バス亭から、私は呆然とそれを見送る。

窓から漏れる光。乗客や中が見える位置なのに、全く見えない。

ただただ、電車にしか見えない長い光の列が過ぎ去っていく。

呆然と見送っていると、窓の形が歪んだ。

まるで文字のようだ、と思ったが、視力検査で見えない位置の文字のようにぼんやりとしていて読めない。

しかも、こう、思うのだが、これは、文字がひっくり返ってしまっているのではないか?

よく、車の車体に描かれた宣伝用の文字のように。


はぁ、とため息を1つ。

私は何をしなければならないのだったっけ?




ぐん。

前からかかる重力の反動で、身体が1度大きくバウンドする。

隣に座った客が、抱えていた荷物の袋を1つ、膝から滑らせていた。

バスの一番後ろの席、しかも真ん中だから、前に座席が無かったせいらしい。

私はその左隣で、荷物を膝に置いて座っている

「あーー、びっくりした」

赤紫の痛くない程度にフカフカした座席。

奇妙に聞き覚えの有る声に隣を見る。座っているのは大荷物を抱えた、中学のの同級生だ。

健康的な肌の色に、細い縁の眼鏡、短い髪。記憶そのまま。全く変わっていない。

極め付けには、着ているのは制服だ。細かい緑のチェックのスカートは、まぁまぁ可愛いと思った覚えがある。

「急に止まらんでほしいよな? うちら前が見えへんのに」

激しく同意だ。とても驚いたし、頭をぶつけそうになった。

座席を立つ気が無いが、こう、何ともいえない苛立ちを込めて運転手を見ようとする。

すると、再び聞き覚えの有る声が聞こえた。

「~~~~~、~~」

謝っているようだが、何を言っているのか分からない。

まぁ、謝っていることが分かればいいか。

少しだけ運転席から通路に頭を出して下げて見せたのは、高校時代の恩師だ。

方言なのか、『~~のう』と少し変わった口癖の有る人だった。

授業が暇だったときに、その『~~のう』を数えた記憶がある。

結構面倒見がよくて、生徒からも慕われる人だった。

何で運転手なんかしているのか、と今になったら凄く不思議だが、そのときは、あの先生なら安心だと納得した。



バスが進む。

トンネルに次ぐトンネル。

合間に見える空は、めまぐるしく変わる。

橙・青・灰・白・黒・藍・紫・朱・丹。

順番は完全にランダムで、空からの時間の推測がとても難しかった。

トンネルの長さもまちまちなのに、どうして、こんなにくるくると変わるのか。

空よりも長い時間目にする奇妙なオレンジの明かりが、いつの間にか目に痛いような白に変わり、最後には。

乗り換えた覚えもないのに、電車になっていた。

座席は、新幹線のか近鉄の特級の配置によく似ていて、隣はやっぱり、同級生だった。

ありえないほど荷物が乗っている。さっきよりに増えたようにさえ見える。

そして、ありえないが、電車が直角に曲がる。

かくん、かくん、と奇妙な揺れを感じながら、あれ?と私は同級生に聞いてみた。

「これ、どこに行くんだっけ?」

「………あれ? 知らんの?」

少し悪戯っぽく、その同級生にからかうような感じで聞き返された。

「うん。何で、私こんな電車に乗ってるんやろう」

唖然。そう表現するほど、同級生は驚いていた。

沢山の荷物を大切そうに抱え、同級生は私を見た。

そして、ああ、と一人納得した。

「知ってる?」

納得するくらいなのだから、知っているだろうと思ったのだ。

「すぐに……わかるよ」

まるで、子供の悪戯を許すような顔だった。

何だか、それ以上聞いてはいけないような気がして私も口をつぐんだ。

トンネルは無くなり、深い緑が途切れること無く続く。

いつのまにか、曲がり角が無くなっていた。



「休憩やって」

いつの間にか寝入っていた私を、同級生が揺り起こした。

当然の様に外に出るのに、着いていく。

「うわぁ」

連れて行かれたのは、かなり大きな、コンクリートで固められたダムのような川だった。

よくテレビで見るような放水するところのすぐ下の、貯水池の、岸というのだろうか。

とにかく、その貯水池で遊んでいいということで、私と同級生は水に入った。

深い。足が着かないほど深いのに、全く溺れない。

ちゃぱちゃぱと取り留めないことを話しながら泳いでいると、一隻のボートが進んできた。

釣り糸を垂れている少年と、妹らしき幼女、そして両親。

少年と少女が仲良く一本の釣り糸で釣りを楽しんでいて、父親が難しそうな真剣な顔で反対側に釣り糸を垂れていた。

「あなた、~~と~~に釣果で負けてるからって、臍曲げないの」

「けどなぁ」

「ビギナーズラックよ。二人とも、今日が初めてじゃない」

宥める奥さんに、拗ねたようなお父さん。

「とうちゃん、とうちゃん!!」

少年が、藍色の大きな魚の口に引っかかった釣り糸を引っ張っている。

リールが無い釣竿なので、糸を手繰るしかないようだ。

魚が大きくて、ボートから少年が落ちそうになる。

母親は血相を変えて息子を支え、ホッと一息ついてから魚を見て大きな声を上げた。

母親が、まぁ、と声を上げた。

「だめじゃない!」

父親も少し血相を変えて、魚の口にかかる釣り針を外す。

「ごめんなさ、あ!!」

私たちの目の前で、魚の口から魚より大きなゴミがくぷくぷと吐き出される。

箱。バケツ。ペットボトル。色々あるが、すべて、中身が見えず閉まっている。

母親がボートの上から手を伸ばし、ゴミを拾って、ぱくぱくと口を開く魚の口に押し込んでいる。

「何してくれるねん!!ワシは 今年の、お供え役やねんぞ!!」

魚が、口汚くボートの家族を罵った。

「おい、そこのんも見とらんと、集めるのん手伝えや!!」

私たちのことらしい。

遠くに行ってしまったゴミをあつめると、短い鰭を駆使して魚が必死にゴミを食べた。

見える範囲すべてのゴミを集めると、魚がけぷっとげっぷした。

「悪かったな。ワシも必死やったモンで、疑似餌に気付かず喰らいついてもうてん」

魚に感謝された。

「おとうちゃん」

魚の後に、魚によく似た藍色の、半分ほどの魚が顔を出した。

ひん曲がったように見える父魚の顔と比べると、似ているがどこか純朴な感じがする。

「せがれ、お前、あがってきたらあかん言うたやろ!!」

怒られて、息子魚がびくぅ、っと小さく跳ねた。

小さくなっていたがそれでも小さく訴える。

「でも、おとうちゃん、心配やってん」

それに、ともじもじと泣きそうな様子で魚が続ける。

「おとうちゃん、お供え役やもん。忙しいの分かってるけど、遊んでほしかってん」

せがれ!!と魚が二匹、抱き合って号泣した。

うーーん、いまいち貰い泣きは出来ない感動の場面だった。



「お供え役は、大変だものねぇ」

「かあちゃん、今度のお祭はいつ~~?」

「俺たちはもう、お祭には参加しないんだ」

「あう~~??」

「そうね、参加しないわね。一回きりだもの」

「え~~?」



視界の端、岸の上、紫の服を着た老婦人が見える。

あれ?おばあちゃん?

ブロックに腰掛け、ぴんと背筋を伸ばしたまま、何かは分からないが本を読んでいる。

おばあちゃんもあの電車に乗っていたのか。

最終目的地がどこだとしても、家族が1人いるなら、おかしなことにはなるまい。

そう思ってそろそろ岸に上がろうとした。

しかし。

「は?」

貯水池の水位がどんどん減っていく。

「馬鹿モン!!」

父魚は、電車が止まった辺りにある貯水池を仕切るロープを引っ張って遊んでいたらしい子供の一団を怒鳴った。

よくプールであるようなロープの仕切りみたいになっていたのが、切れていたのだ。

たった一本のロープが、この貯水池の水を遮る役割をしていたというのだろうか。

栓でも抜けたように、ありえないスピードで、貯水池の水は流れていった。

底の高さに差があったのか、逃げるように泳いだ父魚とは違い、息子魚はぴちぴちと水の無くなった場所で跳ねる。

ああ、と思って息子魚を水のあるほうへ運ぶが、ふたたび父魚に一喝された。

「馬鹿モン、早く上に上がらんか!!」

今度は、私に対しての言葉だった。

同級生は、既に岸に上がっていて諦めたような顔をしていた。


水音が大きくなり、あたりに影が差す。

え?と上を見たときには、遅かった。

減った水は、どうやら上から足されるらしい。

ダムの放水を真下から見上げる。あれが降ってきたら、どれだけの衝撃があるだろう。


思わず目を閉じ、身体を硬くした私の脳裏に、何故かこんな文字が浮かんだ。

『BAD END』


ぱちっ。

背中を流れる冷や汗と、嫌な感じに逸った心臓の音がうるさい。

異様なほど冷たい手足に、思わず部屋の電気をつけて一息ついた。

現在午前五時十二分。

気持ち悪いほど鮮明に記憶に残る夢。

あのまま、電車に乗り続けていたらどうなっていたのだろう。

心に何ともいえない嫌な感情を押し込め、私は再び布団を被って目を閉じた。

今度は見ない。夢など見ない。

そう決意したせいか、すっきりと眠ることが出来た。


(あんな夢は、二度と見ない)


数日後。

中学時代の同級生から、念願だった職業に就いたと報告があった。

高校時代の恩師は、とある過去の教え子が何かえらい賞をもらったとかでテレビに出演していた。

そして、祖母は。 趣味だった競馬で、ありえない確立の万馬券を引き当てたそうだ。




あのまま、あの電車に乗り続けていたら。


ぼんやりと、沢山の花が飾られた中で、私はふっ、と息を吐いた。


あのまま、あの電車に乗ることが出来ていたら。

………こんな狭い棺の中に白い着物を着せられて入れられる事も、無かったのだろうか。


宙に浮かんだまま立ちすくむ私が見える人は、いない。


私の死因は、溺死だそうだ。

どこか見覚えのある風景の、穴場だという川辺のキャンプ場。

付き合っていた人とその友人たちとキャンプに行って、川で遊んでいた際に溺れ、肺に水を湛えて、死んでいたのだ、そうだ。



最後に見たのは、親子連れと、子供たちの集団だった。


だが、可笑しいことに、私は、キャンプに行くどころか、誘われた覚えも無いのだ。

付き合っていた人など居なかったし、友人だという人たちも見覚えが無い。

何故死んだのか。 

溺れて死んだというが、その、私は少々というにはあまりにも水に浮きやすい、はっきり言うととても太っていて、人前で水着なんか着れたものじゃないし、着たくもないし、泳ぐのは苦手だ。

Tシャツで、と思わないわけでもないが、季節は秋。空気も水も、あまりにも冷たい。

納得できないが、こうも綺麗にお葬式をされてしまったのでは、諦めもつく。

死人総てがそうなのかは知らないが、今の状態は間違いなく浮遊霊。

天国に行けると胸を張れる訳ではないが、悪いことをしているかといわれるとそうでもないと思う。

早々に、私は諦めて目を閉じた。

土気色の自分の顔なんて、見たくも無い。


嗚咽と低く抑揚の無いお経が響く中今度の私は何の荷物も無く、再び、あの、バス停の前に立ってた。

今度は、同じような服を着た、沢山の人の、群れのに。





かねてから1度やってみたかったWEB小説、初投稿です。

途中まで本気で見た夢(さすがに死んでないけど)をアイデアに書いたやつです。

登場人物も変えてますが、魚が喋るとか、おかしすぎる。我が夢ながら夢見がち過ぎる。

何処までが夢だろうね~~(笑)なんて一人ほくそ笑んでいたりして。

ほかにも、何故か普通の一戸建てでキリンを飼う夢だとか。

『最新式の家に引っ越したよ~』とオトモダチにお呼ばれした先が、地下鉄の車両で、突然ブレーキが壊れて暴走したりと、可笑しな夢には事欠きません。


ゆっくり長編も書いていくつもりなのでもしよかったら読んでみてください。

夢で閃いたネタがあったら、また短編にしたいと思います。

ただ、きっと、不定期でしかも鈍足だと思います。現実でも足が遅い上に体力ゼロなので。


最後になりましたが、こんな下手の横好き小説を読んでくださって心から御礼申し上げます

 

虎桃ことう 点虎てんこ 

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