暗黒の使者 -マスター・オブ・アビス-
日付はまた変わって部活の時間となった。
また昨日のように皆が各々の鍛錬を...
という訳ではなく、
今回は俺の能力の発展についてを議題として、会話が行われていた。
「まさか、かおるちゃんの能力にそんな使い道があったとはね〜」
ペロちゃんはどこか感心したように俺を見ている。
にしてもいきなり『ちゃん付け』って...
「まさか幼馴染に空き巣の才能があったとは」
「誤解を産む言い方をするな!」
端的に言うと【パッケージパージ】には密室の部屋の鍵を開けることが出来る力があったのだ。
とてつもない能力の飛躍のはずだが、有効利用しようとすると、どうも犯罪が頭によぎる。
「それにしても俺の2段ジャンプも発展したし、神楽の開封の能力も発展したし、
この部活、マジで効果的なのかもな〜」
羽柴はそう言って感心していた。
確かにそうだ。今までは1人で暇つぶしの道具にするくらいだった俺の能力が、
仲間と少し共有するだけで大きな気づきを得た。
特殊効果と真面目に向き合う時間を作れるというのは、予想以上に能力の向上に役立っているようだ。
「そもそも能力の指定が『梱包された物体』だったから、『箱』とは言ってなかったんだよな。
だからって『部屋』がそれに当てはまるとは思わなかったけど...」
「うーん、そうだな。じゃあどこまで『梱包された物体』に当てはまるのか試してみないか?」
珍しく羽柴がまともな意見を言ったので驚いたが、確かにそれもそうだ。
俺はそこら辺にあったダンボール箱を平面から立体に組み立て、ガムテープで封をした。
「まずこれは行ける。」
俺は《カタヒラレイコ》と心の中で呟いた。
すると俺の貼ったガムテープはペリペリペリとひとりでに剥がれ、箱の上部が鳩時計の窓のように勢いよく開いた。
「そして次だ。」
持ってきていた水筒の蓋が閉まっていることを確認し、机の上に置いた。
《カタヒラレイコ》
水筒はぐぐぐと力がかかったようにカタカタと揺れ、次の瞬間、タガが外れたように蓋はひとりでに勢いよく回転し、くるくるとそのまま緩みきって水筒の飲み口で止まった。
「水筒も箱、か。」
コウジは今まで見てきた通りだとでも言わんばかりに、そう言い放った。
次に、俺は例の『呪文』を空き箱に対して唱えた。
しかし、当然空き箱は何も反応しない。
俺の能力で言うところの『梱包された物体』の定義は、四方が塞がれたものなのだ。
流石に完全密閉する必要は無いが、とにかく四方が覆われているものである。
「コウジは昔から見てるから分かるだろうけど、結局、一般常識で言うとこの『箱』の定義なんだよな。」
「うーん、なんか部屋以外にも『箱』と捉えられそうなものがあると思うんだがなぁ。」
羽柴はそう言って暫し逡巡したが、答えは得られなかったようだ。
ちなみに、先程『呪文』と言ったが、これは《カタヒラレイコ》と心の中で言っただけで、開封能力が発動してしまう為、心の中でも濁して喋っているのである。
「パカッ」
ほら、また箱が開いた。
見るとそれは先程、部屋に持ち込んだ目安箱だった。
「あ。」と椿が中を見て驚いていたので俺もそれに続くと、中からはらりはらりと1枚の洋封筒が落ちた。
「あ!手紙来てる!」と俺が言うと「まじかまじか」と皆が寄ってきた。
俺が封筒を手に取って差出人を確認すると、そこには《暗黒の使者より》と記されていた。
「...暗黒の使者?」
思わず、手紙を取り囲む皆の顔を見回すが、誰も心当たりが無いようだった。
「取り敢えず読んでみよう。」
と、俺は赤い封蝋を剥がして中の便箋を取りだした。
―――――――――――――――――――
陽と闇の交わる刹那。
この報が汝達の眼に触れるだろう。
だが、汝達であろうと、何人であろうと、我が魂が既にそこに居ることに気がつかないのであろうな。
《我が魂》は既にそこにいるというのに...な?
汝達の見える次元に《我が肉体》を顕現させるのは容易だが、肉体に縛られた生命は汝達だけでは無い。
《肉体の声》でしか聞けぬものに、
《魂の声》で応えろと言うほど、汝達も酷では無いだろう?
『内なる真実を見ろ』
汝のこの《こえ》は何方のものだったか...
この書が証と嗤うのもいいだろう。
否、地獄の宣教が我が魂の波動と共鳴し、筆となり墨となったのであったな。
―――――――――――――――――――
「...は?」
俺の理解力では何度、行を読み返しても理解出来る文は存在しなかった。
手紙から向き直って俺たちは顔を見合せたが、その顔から察するに、どうやら皆同じ様な感想を持ったらしい。
「《魂の声》は...届いたか?」
その声の方向を見ると、いつの間にか腕を組んだ少女がドアにもたれかかっていた。
俺たちは皆「あ〜。」と何処か腑に落ちた様な声を上げた。
小さなハットのついたカチューシャ、内向きに緩くカールしたミドルの黒髪、黒のフリルのついた右目の眼帯。
左目には、今にも闇に引き込まれそうなほど深い隈がある。
セーラー服の面影が無くなるほどのクロスや装飾品を始め、
全身がゴシック調に彩られたその少女。
常人の理解できない語彙。
登校する度にその姿が目立つ、あの人だ。
「ひひ、まずは名乗れと?礼儀を尽くすのは此方の方であったか、これは失礼した。」
「いや、別に...」
「吾輩の名は『廻神あんこ』
めぐりちゃんとでも、あんこちゃんとでも好きに呼ぶといい。」
「急に親しみやすい。」
「右の眼に綴ざされた、我が能力の封を解ける者を探している。
ひひ、汝達がそれであるならば、
ひひ、良いがな。」
不気味な笑みを含みながら、彼女は手紙と変わらぬ意味不明な語彙で俺たちに語りかけた。
「え、えーとつまり?」
「私の名前は『廻神あんこ』です。
私の能力を開花させて欲しいです。」
「椿ちゃん、よく分かるな...」
「同じクラスだから、慣れた。」
どことなく椿ちゃんからも、似て非なるが、同じ様な匂いを感じるので2人は意外と気が合うのかもしれない。
「えーと、それで自分の能力についてはどれくらい知ってる?」
あんこちゃんはまた不気味な笑みを浮かべると、スマホを取り出して、見覚えるのあるウィンドウが写った写真を見せた。
「鹿島さんの能力診断は受けてるのか...
しかも1万円コースだ。」
「どれどれ。」と俺はその文面を読み込んだ。
―――――
廻神あんこ
【効果名:異界の扉】
使用条件:
魔界から来た設定で生活している時
効果:
自分の使用するドアと、指定したドアの先の空間を接続して移動できる。
―――――
「魔界から来た設定って...」
能力を発動する為にそんな格好をしているのか...
と思ったが、本人はこの格好にノリノリな様なので、この能力が有っても無くてもこんな感じだったと思う。
「ドアの先の空間を接続するってのはどういう事だい?」
コウジはそうあんこちゃんに問いただした。
確かに効果内容が一瞬では頭で処理できなかったが、一体どういうことだろうか。
「ひひ、見せてやろう。
吾輩の最強の能力を...な?」
あんこちゃんはそう言うと先程まで寄りかかっていたドアに近づき、開いたままだった引き戸をピシャリと閉めた。
そしてもう一度戸を開いた。
何の気なしに引かれたドアだったが、その奥の空間は和室に変わっていた。
「...は?」
意味がわからなかった。
白い廊下の反射光が遮られ、再度扉が開かれたかと思えば、暗く落ち着いた雰囲気の畳の空間が広がっていたのだ。
「...え、なんだこれ」
驚くコウジに続き、皆はぞろぞろとその和室に入って同じ様な驚嘆を漏らしていた。
「ちょちょ、ちょいちょいちょい!!
勝手に土足で入るな!!」
「ふ〜暖かいぜ。」
「勝手にコタツに入るな!!」
「くちゃくちゃくちゃ。」
「勝手にミカンを食べるな!!」
あんこは皆を和室から追い出し、教室に叩き出した。
「こら!ここは吾輩のお家だぞ!!
ふほーしんにゅーだぞっ!!」
「え?あんこちゃんの実家?」
あれだけ魔界だのなんだの持ち出しておいて和装なのか...
「なるほど、要はどこへでも行けるドアか。」
「そんな未来の道具っぽい名前で呼ぶな!
【異界の扉】だ!!」
「はー、それにしてもすげー能力だな。
ネコ型ロボットと違うのは、『現在地』と『行きたい場所』にドアがないといけない。ってとこか。」
羽柴は感心したように教室からドアの奥を覗いている。
「それで...?」と俺は切り出した。
「もう充分凄い能力だと思うんだが、これ以上俺たちに何をして欲しいんだ?」
するとあんこちゃんは「ひひ」と笑って顔に手をかざして右目を抑えるような仕草をした。
「この能力を進化させたいと考えているのだ。つまるところ、
....『必殺技』を作りたいのだ!!」
「ひ、必殺...?」