裏・飼育委員会
「それで...?そんな大層な計画を俺たちに話してどうしたいんだ?」
俺はそう春日井に聞いた。
しかし彼は俺の想像を超えた回答を寄越した。
「もちろん...その計画を頓挫させてくれ。
だってそういう部だろ?」
「...は?」
俺は思わず、そう口を開いた。
「な、なんだって...?
お、俺達が...?」
羽柴も俺と同じような顔で硬直している。
「だから、そうだって。」
「ムリだろ!!
相手は公的な機関とも癒着のある大組織だぞ!?
一介の高校生で太刀打ちできる相手じゃない!!」
コウジがズレるメガネも気にせずにはやし立てた。
「手立てはあるさ。」
……………
春日井に連れられたのは3年1組の教室だった。
2つも上の上級生なんぞに何の用かと思ったが、ドアの窓から覗くと、そこには1年から3年までバラバラなメンツが行儀よく並んでいた。
教室に並ぶ後ろ姿の中には見知った者がいた。
藤井さんだ。
黒板には大きく飼育委員集会と書かれていた。
どうやら放課後に飼育委員が集められている用だ。
ボサボサの茶髪を長く伸ばした少女が何やら眠たそうな眼で教壇の上で喋っている。
どうやらあの三年生が飼育委員長の様だ。
隣には真面目そうな出で立ちの副委員長が次々と現れる委員長の誤字を訂正し、後から後から書き直していっている。
暫く後ろの窓から覗いて待っていると、本日の議題については終了したらしく、殆どの生徒たちは待ってましたと言わんばかりにそそくさとその場から立ち去ってしまった。
しかし、藤井さんを含む数人らは教室に残ったままだった。
前髪を七三に分けた真面目そうなメガネが、キビキビとした動きで何かを伝え、周囲の生徒はふむふむと頷いている。
「おう、ちょっと邪魔するぜ」
春日井はそこに飛び入った。
真面目そうなメガネのメガネがキラリと光った。
「な、なんだ貴様は!!
邪魔だとわかっているなら邪魔をするな!
今は大事な会議中だ!!
貴様らの乱入によって既に飼育委員五名の貴重な時間を10秒もロスした!
あ、もう11秒だ!
12、13、14!!
あぁあ何秒私たちから時間を奪えば気が済むのだッ!!」
七三の男が何やら唾を飛ばしてカンカンに怒っている。もはや風紀委員の様な出で立ちですらある。
「お前たちの正体は知っている。
『裏・飼育委員会』...だろ?」
七三メガネは思わずたじろいだといった様子で後ずさった。
「な、何故...その名を知っている!」
「そこに」
春日井の指さす黒板には大きく
『裏・飼育委員集会
〜ヤバいぜ!!文字食い虫の謎を追え!!の巻〜』
と書かれている。
「な、なんということだ...!
我々が秘密裏に画策していた計画が、こんなにもあっさり知られてしまうとは...」
……………
その七三の男は自らを『千田ヨシノリ』と名乗った。
「私の名前は『千田ヨシノリ』!
表向きは飼育委員会、『副飼育委員長』!
だが、裏の顔は...そう!
貴様らが知っての通り、
裏・飼育委員会、『裏・飼育委員長』であるッ!!」
キリッとした出で立ちで千田はボサボサの髪の少女を指さした。
「さァッ!次は貴様の番だッ!!
今すぐ!5秒以内にッ!
5、4、3、2、1、0ッ!!
0、0、0、0、0ッ!!
なぁあああにをしているぅぅぅうううッッ!!!
私のカウントはもう-5秒を過ぎているぞぉぉぉぉ!!!!」
「あ...
私の名前は『熊野クマミ』。
表向きは、飼育委員会、『飼育委員長』...
だが、その裏の顔は...」
そう言うと、熊野は言葉を噤み、
視線を一点に集中させた。
皆はその視線の先に何があるのかと、熊野と黒板の間で顔を振ったが、そこに特筆すべきものは無かった。
「...裏・飼育委員会、『裏・副飼育委員長』。」
「ッだぁあああああああ!!!
無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!!!!
言葉を途中で区切るなぁああああッ!!
貴様の話を聞くのに10秒ッ!!
貴様の視線を辿るのに1秒ッ!!
貴様に視線を戻すのに1秒かかったわッ!!」
熊野は千田に再び向き直って言った。
「...裏・飼育委員長。」
「なんだッ!!?」
「.......................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................ごめん。」
「ッだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!!」
……………
「それで『裏・飼育委員会』さんにはどんな御用が有るんだ?」
俺は春日井に聞いた。
この飼育委員会のめんどくさいヤツらの残りカス達が裏・飼育委員会とはどういう意味なのだろうか。
そもそも『裏・飼育委員会』とはどのような活動をする団体なのか。
遮って千田が答えた。
「ふん、貴様らに手短に説明してやろう。
表向きの飼育委員会が日頃行っている活動は知っているな?」
「ああ確か、昔焼却炉があったとかいう場所の近くのケージ。あそこに居るウサギとか、職員室の前の水槽とか、保健室に居るハムスターのお世話とかをする...」
「その通りッ!
だが、それだけでは無いぞ。
貴様らの教室でもやったはずだ!!
『どうぶつとふれあう会』をなッ!!」
「あぁ...
そう言えば入学したての時来たなぁ...
この人...」
という間に俺はその時の出来事を思い出していた。
……………
「おいッ!!貴様らッ!!
良い報せだ!!
ウサギさんを連れてきたぞッ!!」
ほら、弁当は片付けろ!!毛玉を食うぞ!
ほらほらほら、
そこの貴様と貴様と貴様と貴様ッ!!
席をくっつけて島を作りたまえッ!!
ほーら、よしよしよし可愛いだろう!
貴様らも遠慮なく触れ。
ほら、何をしている!
ウサギさんは他の教室にも予定があるのだッ!
秒刻みのスケジュールだッ!!
そうだ!来い!来い!
よし、いいぞ!優しく触れ!
おい!コラ!何をしているッ!!
そこは触っちゃダメって普通わかるだろッ!!
あ、も〜う、どうしてそうするかなぁ〜。
ホラ、先生もどうぞ!
この青二才共にお手本を見せてやってください。
ホラ!
え、嘘でしょ。
貴方、動物の命をなんだと思ってるんですかッ!!」
……………
うるさい人だったなぁ...
「だが、所詮飼育委員には、普通の生物をあやすことぐらいしか出来ない。」
「普通の生物...?」
コウジが怪訝な眼差しを向けた。
「そう。
私達『裏・飼育委員会』が管理するのはただの生物ではない。
...【効果生物】だ。」
「こ、効果生物だぁ!!?」
驚く群れの中から、羽柴が声を荒らげた。
「知ってる者も居るだろうな。
いや、知らなくとも字面で分かるだろう。
効果遺物の生物バージョンだ。
もっともこの言葉の定義が、特殊効果を使う生物だったり、特殊効果がかかった生物だったり、特殊効果で生まれた生物だったりと、色々と曖昧ではあるのだが。」
千田はわざとらしく咳をしてこちらに向き直った。
「まぁ、そんなこんなで当時一年の私が立ち上げたこの秘密組織が、『裏・飼育委員会』なのだ!」
「な、なるほど...」
特殊効果の産物である生物、【効果生物】。
その【効果生物】を取り扱う秘密の委員会、それこそが『裏・飼育委員会』という事か...
「ん?そうか、だから藤井がいたのか」
羽柴の声で俺も気づいた。
そうか、藤井さんの特殊効果【タツ巻きノコプロ】は、風を育てられる能力。
先程から挨拶の機会をソワソワと窺っていた藤井さんは、待ってましたと言わんばかりに会釈をした。
その藤井さんの背負うカバンから、ビュービューと吹く風切り音。
それは藤井さんの能力によって生まれた風の子が鳴らしているのだ。確かタツ子と呼んでいた。
今まで知らなかったが、このタツ子こそが、かの効果生物に該当する存在であると言えるであろう。
「その通りです!
タツ子は【効果生物】らしい、のです!」
「...らしい?」
「実は、この前裏・飼育委員にスカウトされたばかりで、よくわかってないんですよね...」
「ふん、我々は完全秘密組織の『裏・飼育委員会』だ。貴様らは当然知らぬだろうが、この委員会は私による完全スカウト制なのだよ!」
「...はい。そのせいで竜巻飼育係もそれに統合されちゃって無くなっちゃったんです...」
そう言えばあったな...
そんな名前の藤井専用の係...
猫背に、茶髪にロングヘアー。
以前と変わらぬなんとなくおっちょこちょいな印象だ。
「当然だ!そんな下らん係よりも、私たちの委員会で存分に働いてもらおうじゃあないかッ!!」
ことある事に体をビシッと屹立させる千田は、またもや背筋をピンと伸ばした。
「こんな感じでここにいる5人は集められたみたいなんです...
どうやら皆さん、私みたいな【効果生物】』にまつわる特殊効果を持っているそうで...」
七三メガネの『千田ヨシノリ』。
眠たそうな眼の『熊野クマミ』。
おっちょこちょいな印象の『藤井ももか』。
残る生徒に視線を移すと、2人の男女が面倒臭そうな表情で黙っていた。




