『魔王』の意味
そも、魔王とは何か。
人間の王に言わせれば、滅ぼされた悪神の怨念による害悪。罪のない何億もの人間を虐殺した。
魔族の四天王によれば、偉大なる神が生まれ変わった救世主。不当な侵略に対して立ち上がった正義。
人間と魔族の融和が試みられた時期にこの辺の論争が持ち上がり、決着することはなかった。歴史論争など首を突っ込むだけ損なので、現在の事実だけを述べる。
ランダムに抽選された一体の赤子が魔王としての『名前』と対応する『力』を授けられる。大地の2割を水没させた『トラロック』、一時は人間界全土を支配した『イスカンダル』あたりが有名か。
抽選対象には哺乳類以外にも、虫の幼生や植物の種子も入るので、魔王に選ばれる確率は宝くじで三億を当てるのと比べ物にならないくらい低い。よっぽどの幸運か...あるいは不幸の持ち主でなければ選ばれないだろう。
同時に存在しうる魔王は一体までで、死亡すれば、長い期間を置いて次代の魔王が抽選される。そのため、成長途上の魔王を討伐できれば人類にとって大きい利益になる。
魔王は十四歳になるまでに地上最強の生命体へ成長し、精神汚染を受け、人類を憎み、魔族を率いて攻撃を仕掛ける。歴代魔王は全て戦死、あるいは自死しているため寿命は不明。そのため、対となる存在である『勇者』の介入がない限り、成体となった魔王は殺戮を続けるだろう。そんな、惨禍を呼び起こすための生命。
今代の魔王『バンダースナッチ』には人間の赤子が選ばれた。無力なうちに殺されるはずの彼女は、魔族の四天王であるファフニールが救い出し、その親や討伐軍は皆殺しになった。
慣例なら魔王城に運ばれ、魔界中の民から祝福を受けながら育つのだが、ファフニールは自分一人で育てると言い出した。魔王救出の功績がある彼に意見できるものはいない。彼は魔王に何も...名前すら教えず、自分を親と思うように教育した。
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神無が去ってから、『ファフニール』あるいはお義父様が帰ってくるまで、『バンダースナッチ』あるいは『私』は呆然と佇んでいた。我が家の惨状を見たお義父様は誰が来たのか一目で察したようだ。
『新入りの狸か!どうやってこの場所を掴んだ!?お前怪我はないか!?フェンリルも無事だな!?』
「私は大丈夫です。それよりも、聞きたいことがあります。...お義父様...。」
その先を言葉にするのは躊躇いがあった。
「私は魔王なのですか?」
何も知らないと言ってくれればそれでよかった。あの狸女とお義父様の言葉、どっちが信頼に値するか比べるべくもない。
お前を育てているのに何の邪意もない、ただ親として愛しているからだ...そう力強く言ってくれれば。あるいは、一言知らないと言ってくれれば。余計なことは忘れて、私たちはきっと元に戻れた。
期待しているような返事はない。息の詰まるような沈黙が周囲を満たす。布団で小便をするフェンリルが今はありがたい。何か茶化すようなことを言おうとして、喉が震えて声が出なかった。
『すまない。』
お義父様は目を大きく見開き、鱗の隙間から汗を流し、何事か必死に思案していた。そして観念したように、震える言葉を絞り出した。
『そうだ。お前はいずれ魔王化する宿命のもので...隠していた方が良いと思った。』
みじかめ