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広がるセカイ

 たまに、獣の遠吠えが星空に響く。そう大きい声でもないけど、どこか寂しく、決まって私だけは目を覚ましてしまう。


 外で吹き荒ぶ風の音、寝る前より濃くなった雨の匂い。そしてお義父様の寝息。そういったものを確認すると安心して眠れる。


 いや、最近はもう一つ加わった。私の太ももを枕に狼が寝息を立てている。フェンリル、という元々の世界ではとても付けられない名前になった。あの森から連れ帰ってきた新しい家族だ。



 夜明け。僅かに差し込む陽射しを受けて、他の家族より一足早く目を覚ます。


 お義父様の翼とのしかかるフェンリルから抜け出して、一日はお風呂と共に始まる。巣穴の奥らへんに湧いた鉱水は暖かく、ついつい長湯して考え事をしてしまう。


 あの後、お義父様の傷も治ったし、取るに足らないことばかりだけど。たとえば、少し胸が膨らんできたとか。別に痛くも重くもないけど、足元を見るたび膨らみが目に入るので気になってしまう。


 目が覚めてきたら湯船から出て、外出の時間だ。出入り口は連なる山脈の標高200mぐらい、急な斜面にぽっかりと開いた穴だ。斜面は角度が急なところだと80度くらいあるので、鹿や鳥以外の魔獣に注意する必要はほぼない。


 斜面を滑り降りると、象が入りそうなくらい巨大な鍋が、それに見合う大きさのかまどの上に置いてある。


 料理がしたいと言ったらお義父様が岩石からどこからか持ってきてくれたやつだ。細かな仕上げは私の謎に鋭い爪牙で行った。


 ちなみに、この爪牙で前世に居た神様とかキャラクターの像を彫っている。うまく彫れるようになったらお義父様フィギュアを作ろう。目指せ神彫刻師。


「さて、今日も健康的な朝ごはん作るぞ!」


 積んである丸太をかまどに投げ込んでゆく。狙い通りの位置に収まるとちょっとだけ嬉しい。かまどの中にはあらかじめマグマ石がセットされているから、衝撃を受けてメラメラ燃え始める。


 鍋が熱くなる前に下拵えを済ませよう。


水属性の巨大芋を三二分割、熊肉は適当に薄く切って鍋に乗せる。どちらも少々クセがあるがジューシーな味わいになる。


 絹鳥の巣から盗み出してきた卵二つを割って、殻は薪の中に(意味はない、ただの自己満)。バランスボール大の大きさで、淡白だが上品な味わいがする。


 晴れの日だけ獲れる黒い海藻は生でも普通に美味しいが、焼くと海苔のようなパリッとした味わいになる。これは最後に投入する。


 この順番で熱された鍋に投入してゆく。熊肉の油のおかげで、あらかじめ何か塗っておく必要はない。


 海苔っぽい香ばしい匂いがあたりに漂うころが食べ頃だ。異世界ベーコンエッグと(ベーコンないけど)と名付けよう。細かい技術は要らない上、最高にうまい。


 匂いに釣られてお義父様とフェンリルが起きてくる。


『おはよう、今朝も早いな』と降り立つお義父様。


 ヘッヘッ、と走ってきたのか、舌を出していフェンリル。


「おはようございます!今盛り付けますね!」

『…ありがとう。』


 当初、お義父様は私に家事をさせるのをかなり嫌がった。『お前はただ遊んでればいい、労働をするべきじゃない』と。十年ぐらい前にかけてもらったならスゴくありがたい言葉だ。


 ドラゴン的常識では子供に家事をさせると虐待みたいな感じなのだろうか。一緒に風呂に入ろうともしないし、ドラゴンの親子感覚は欧米的かも。


 しかし十分に休養でき、精神年齢はとっくに成人ずみ(幼児化している節はある)な身からすれば流石に忍びなく、朝食ぐらいは作ることにしている。これだけしかしない分、手間暇かけて。


 気合のこもった大皿を三つ、食卓という名の比較的地表が整った地面に置く。


 そんな努力が身を結んでいるのは、読み取れるようになった二…人(?)の表情を見れば明らかだった。熱々の卵と肉、とろとろの芋。味覚がある程度一致していて良かった、本当に。お義父様も私に朝食を任せて良かったと思っていることだろう。


『やはり、美味しい。毎日頑張っているな。』

「でしょうー!昨日一日かけて集めたんですよ!」


 いつもより朗らかな空気が食卓を包む。そうだ、あの話題を切り出す時かもしれない。何となく気まずくて言えなかったんだけど。


…というのも、『お義父様』にも『私』も名前がない。少なくとも知らない。


 それはある意味必然的なことだ。二人だけで完結しているセカイに、『I』と『you』以外は要らない。誰かと誰かを区別するための名前など不要で、意識する機会も無かった。フェンリルが来るまでは。


「お義父様にも名前ってあるのですか?」

『…一応、ファフニールと呼ばれている。』

「え…かっこいい!」

『捨てた名前だよ。私もお前も名前を持ってはならない。名前とは『宿命』だからだ。』

「ふーん…。」


 お義父様は基本、分からないことがあればいくらでも、辛抱強く答えてくれる。でも、頑として進めたがらず、ぼかそうとする話題がある。これはそういう種類だった。


 なら私からもこの話題を掘り返すことはすまい。きっと何か理由があるのだろうし。それよりも、楽しい話題にしよう。


「そういえばね、お義父様...。」


 私たちはまた、何気ない会話を紡ぐ。同じ朝などもう2度とやってこないとつゆ知らず。

明日が月曜だという事実に絶望

もう少し日曜を過ごしたいという気持ちで投稿ですわ


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