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1と0の組み合わせだとしても

 状況が理解できず困惑した俺は、とりあえず村長と別れてビオラと共に村の外れに行って二人きりになった。


「さて、何がどうなっているんだ?」


 とりあえず現状を整理しよう。

 俺は村長さんから『災いの邪龍を討伐せよ』というクエストをもらった。これ自体も推奨レベル25という謎は残っているが、今とはなっては小さなことだ。

 それよりも大きなこと、それは言うまでもない。女神クエスト『災いの邪龍を討伐せよα』だ。


「何だよ、女神クエストって……」


 ゲームを始める前に基本事項はすべて確認したつもりだが、こんな文字はどこにも書いていなかった。

 それに、仮に女神クエストが女神から直接依頼されるクエストだったと仮定しても、俺がビオラを助けた時みたいな緊急クエストとの違いが分からない。


 そもそもスキル欄の伏字を押して受注というのも聞いたことが無く、さらに発生条件が不明で達成条件が開示不可なんてもうお手上げだ。

 謎なんて考えていてもドツボにはまるだけだし、とりあえず頭の片隅に置く程度にとどめておこう。


「ライトさん。色々悩まれているところすみませんが、お客さんがいらっしゃいましたよ」


 そうビオラが言うので、俺はその方向を向いた。また質問攻めにあうのか……とため息をつきながら、誰が来たのかを確かめる。


 そこにいたのは、一人の少年だった。


「僕も邪龍と闘いたい!」


 開口一番、少年は声高らかに宣言した。俺はおろか、ビオラまで呆然と少年を見つめる。当たり前だ。少年は年齢にしておそらく十二歳程度。

 まだあどけなさが残る彼は、明らかに戦闘とは縁がなさそうな子供なのだ。


 とりあえずここはダメだと言わなければならない。ただ、直接的ではなくやんわりと断りたいが、さてどうしたものか。

 俺がそう考えていると、少年の母親のような人が少年を追って走ってきた。


「申し訳ありません! うちの息子がご迷惑をおかけしました……」


「いえいえ。別に迷惑はかかっていないですよ。それよりも少年、君はどうして邪龍と闘いたかったのかな?」


 おおよそ、かっこよさそうだからとかの理由が返ってくるのだろうと思っていた俺に対し、少年は真剣な表情を浮かべて言った。


(かたき)を……討ちたいんだ」


 瞬間、俺は察した。敵という言葉の意味を。この少年や母親の悲しそうな顔を見れば誰だってわかるだろう。


「生贄……ですか」


 俺のつぶやきに、母親は静かに頷いた。


「はい。私の娘……つまり彼の姉は一年前に邪龍の祠へ連れ去られました」


 何も言えなかった。

 この村の村長さんの性格から考えるに、おそらく特定の誰かというよりはくじ引きなどでランダムに決めたのだろう。


 運が悪かった、と言われればそれまでの話だ。ただ本人やその家族からしたら、一生心に傷を負う。


 そしてこの少年もずっと姉のことを思っていたのだろう。邪龍を心の底から憎んでいたのだろう。だから、俺が討伐すると聞いて居てもたってもいられなくなって来たわけだ。


「ライトさん。彼を戦場に同行させてくれないでしょうか?」


 俺が迷っていた中、唐突にお願いしてきたのはビオラだった。恐らく過去に囚われた経験のある彼女だからこそ、少年のこういった感情に弱いのだろう。


 彼女はとても心が清らかで優しい。俺もそれが彼女のいいところだと思っている。ただ、今回に限っては彼を連れていくことが正解なのか微妙なのだ。


 それは、少年が死んでしまう可能性があるから。


「そうだな……」


 悩む。俺だって彼に敵を討ってほしいし、それで前を向けるなら良いことだ。ただ……。

 俺が頭を悩ませていたその時、少年は勢いよく頭を下げた。


「お願いします! 僕を……連れて行ってください!」


 瞳に涙を浮かべ、声が上ずりながら少年は叫ぶ。それは魂の叫びだった。そんなものを見せられたら、答えは一つしかない。


「……わかった。ただ絶対に生きて帰ってくること。危ないと思ったら俺たちをおいてでもいいから一人で逃げるんだ。約束してくれるか?」


「ありがとう! お兄ちゃん!」


 少年は、年相応の明るい笑顔を見せる。たとえその笑顔が敵討ちのためだったとしても、やはり子供の笑顔はいいものだなと思った。


「ありがとうございます、ライトさん」


「いいんだ。もとより俺も彼を同行させるつもりだったからな」


 そのあと、俺は帰ろうとした少年を少しだけ引き留め話を続ける。


「まだ名前を聞いていなかったな。俺の名前はライト。こっちのペガサスはビオラだ。君の名前は?」


「僕はダイ! 弓と剣の練習をしててね、いつか立派な冒険者になるんだ!」


 弓が使えるのか。それなら多少は安全そうだな。と、俺は胸をなでおろすと少年の頭を撫でた。


「きっとなれるさ。ただ、一番大切なのは武勲でも名誉でもなく命だからな。それだけは忘れるなよ、ダイ」


「うん! わかった!」


 娘さんをなくしたことで、あの母親はダイに愛を傾けていることだろう。もしそんな彼までもが亡くなってしまったら?

 気が狂うレベルでは済まないだろう。だからこそ、俺は彼が生きたままクエストをクリアしないといけない。

 必ずだ。


「それじゃあな、ダイ。討伐決行は三日後の日没だから、忘れずにここに来るんだぞ!」


「うん! 頑張ってそれまでに強くなるね。じゃあまた!」


 そう言うとダイは急いで母親の後を追って行った。それを見届けると、ビオラが俺に話しかけてきた。


「いい子でしたね。ダイ君」


「そうだな」


 メタ的なことを言ってしまえば、彼はこの電脳世界のNPCに過ぎない。どれだけ本物に近い感情を持っていても、彼は1と0の組み合わせでしかないのだ。

 それは――ビオラでさえも。


 ただ、だから何だというのだ。確かにここは地球ではない。本当の生き物ではないかもしれない。でも。それでも、ここには確かにあるのだ。

 

 喜びも、悲しみも、悔しさも、希望も、絶望も。


 そして、愛も。

 その感情だけは紛れもなく本物なのだ。


「現実って、いったい何なんだろうな」


 もし仕事に押しつぶされて人間関係に苦しみながら、あがく様に生きることしかできない向こうの世界が偽物で、こっちの世界が現実ならばどれほどよかっただろうか。


「私にはよくわかりませんが、私にとっては牢獄での生活も解放された今も、すべてが現実です。……ちなみにもし現実に優劣がつけられるのなら、あなたと旅をしている今のほうが好きです」


 その言葉を聞いて、俺は自然と笑みがこぼれてしまった。


「ちょっと、なぜ笑っているのですか?」


「いや、ごめんな。自分がばかばかしくなったんだ」


 俺が見た景色、生きている時間。そのすべてが現実(リアル)であるという考え方。あぁ、面白いな。最高だ。


「俺も現実に優劣がつけられるんだったら、ビオラと一緒にいられる今が一番好きだな」


「……ありがとうございます」


 ビオラは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。その姿を見て俺がにやけると、ビオラからジト目で見られてしまう。


 慌てて話題を変えようとして、俺は近くにあった草むらに寝転がった。


「それにしてもさ、ここの夜空はきれいだな」


「そうですね。夜空を見たのは……いつぶりでしょうか」


 そうか。思い返せば脱獄してから初めての夜だ。俺の冒険もようやく半日経ったというわけか。


 あぁ。ログアウトしたくない。永遠にこの世界で生きていたい。と、心の底から願う。

 ただし、それは叶わぬ夢。


 俺は溜息を吐きながら、すべてを忘れるように目をつむった。







 



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