邪龍の祠と不可解な謎
「……これ、凄くおいしいです」
村に来てから半日が経過し、時刻は七時を回ったあたりだろうか。すでに日が落ちたこの村を照らすのは、家の中からあふれる光と祭りに使われている提灯だった。
「それはよかった。じゃあ次はこれも食べるか?」
「で、では食べさせていただきます」
酒に酔っぱらい楽しげに笑う村人に囲まれながら、俺はビオラにお祭りの料理――ではなく生野菜を食べさせていた。
どうやら加工された料理よりも生野菜のほうが好きらしい。そして、この村のとれたて野菜は口にあったようだ。
最初は少し遠慮気味だったビオラも、気が付けば次々と野菜を食べていた。村長さんが生野菜をたくさんくれて本当によかった。
「それじゃあそろそろ俺も、何か食べるとするかな」
そう言いながらテーブルに並べられた食事を堪能すること一時間。
ようやくおなかも満たされてきて、周りの村人も騒ぎ疲れたといった感じで閑散とし始めた頃合いを見計らって、村長は俺の座っていた席の隣にゆっくりと腰を掛けた。
「やはり、祭りというのはよいものですな。勇者殿」
「そうですね。あと、俺のことはライトって呼んでください。こっちのペガサスはビオラって言います」
俺は二度同じ轍を踏まない。前に愛の女神エーリル相手に手厳しい返しをくらったからこそ、今回は自分の名前から先に言った。
地味にショックだったからな。あれ。
「ほうほう。ライト殿にビオラ殿ですな。私は村長のシェパードと申します。村長とでもお呼びください」
「わかりました村長さん。それじゃあ、そろそろ始めましょうか」
「そうですな」
静かになった頃合いを狙って村長が隣の席に座る。これがあらわすことは一つしかない。今から聞くのは彼らの抱える大きな問題。
祭りの余韻にいつまでも浸っているわけにはいかないな。
村長さんは一度咳ばらいをすると、真剣な顔で話し始めた。
「まずはこの地図を見てください」
村長さんはそう言うと一枚の紙を俺たちに見せてきた。そこに書いてあったのは、真ん中に位置する大きな黒い丸と、それを東西南北の四方向から囲んでいる四つの白い丸。
「この白い丸のうちの一つ。黒い丸からみて西にあるものがこの村となっています」
「つまり、残りの三つは他の村ということですか?」
「そうです。そしてこの黒い丸こそ、今回の問題の元凶である邪龍の祠です」
邪龍の祠、か。名前からして邪悪な感じがするが、いったい何があるというのだろうか。そしてもう一つ気になるのは、ここに書かれた北の村だ。
なぜか、北の村を表す白い丸にはバツが引かれている。
村長は俺の疑問に対して、一つ一つ丁寧に教えてくれた。
「我々四つの村には、邪龍が封印されていると言い伝えられた祠を守る役割があるのです。と言っても特段何かするわけでもなく、一年に一度手を合わせに行くだけの、いわば慣習的なものです」
なるほど。現実世界でいう初詣に近いものだろうか。
「しかし一年前のことでした。突然村に仮面をつけた男がやってきて言ったのです。邪龍は封印から解かれ自分はその使者であり、邪龍の機嫌を損ねないように守手である四つの村は半年に一度一人の生贄を捧げなくてはならないと」
「そんな……」
なぜ突然邪龍が復活した? それに、使者は本物なのか? そもそも、邪龍は本当に復活したのか? それに何故生贄を欲するんだ?
信じがたい情報を順番に整理しながら、様々な仮説を立てては推測をしていく。しかし、答えにたどり着くことはできない。
「我々は非常に悩んでいました。そんな中、北の村の住民はその使者を疑って洞穴に調査に入りました。邪龍が復活する理由がないと。よって偽物であると」
「……結果はどうなったのですか?」
聞かなくても予想はできていた。それが地図に書かれたバツ印であることもなんとなくわかっていた。しかしそれでも一縷の望みがあるかもしれない。
そう思った俺が、間違っていた。
「結果は壊滅です。洞穴に入った住民は帰ることなく、北の町は燃えカスも残らないほどに蹂躙されました。もとより私たちは一介の村人。そのためこの結果は当然でした。なぜなら、蹂躙していたシルエットは間違いなく本物の龍だったのですから」
そう言うと、村長さんは悔しい顔を浮かべて唇をかんだ。恐らく四つの村は昔から協力関係にあったのだろう。
そんな村のうちの一つが蹂躙されているのを黙ってみることしかできないのが、どれだけつらいことかを分からないはずがない。
「それで村長さん、俺たちに頼みたいことはもしかして……」
「はい。もうすでにこの村からは二人の生贄を出しました。そして三日後の満月の夜。私たちはまた生贄を出さないといけないのです。ですがもう誰も失いたくないのです。ですので、勇者様。どうか悪しき龍を倒してほしいのです」
やはりか……。でも、俺はただの始めたての初心者。まして、ここはレベル65のモンスターが生息する森を超えた先の村。
おそらく、推奨レベル70ほどのクエストになるんじゃないか……と、そう思っていた刹那。
電子メッセージには驚愕の内容が映った。
《ノーマルクエスト 災いの邪龍を討伐せよ 》推奨レベル25
村を苦しめる悪しき龍を討伐し、村の平和を取り戻してください。
発生条件:村長シェパードと話す〔完了〕
達成条件:邪龍を討伐する
達成報酬:経験値〔450〕
:アイテム《龍殺しの指輪》
「推奨レベル25? 一体どういうことだ」
おかしい。これは確実におかしい。いかにもボスである龍よりも森の野良モンスターのほうが強いなんて、バカげている。
「ビオラ、このクエストどう思う?」
俺は隣でずっと真剣に聞いていたビオラに対して尋ねた。しかし、彼女もまた困惑していたようだ。
「本来、龍はレベル25程度の人間が勝てる相手ではないはずです。よって、確実に何か裏があると思います」
「やっぱりビオラもそう思うか……」
とはいっても、推奨レベルがおかしいからと言ってクエストを断るつもりはない。今の俺よりは少しレベルが高いが、せっかくこの村を救えるのだ。
むしろ都合がよくて怖いという感じだしな。
「俺はこのクエストを受注しようと思う。これを断ったら、ここらの村はこれからもずっと苦しみ続ける。それを見過ごしてはおけない」
俺の言葉を聞いて、ビオラは少し笑った。
「あなたらしい答えですね。私も協力しますので、一緒にこの村を救って差し上げましょうか」
「ありがとうな、ビオラ」
俺は覚悟を決めると、はいと書かれているボタンを押した。瞬間、ありがとうございますと村長が深く頭を下げてきた。
「や、やめてください村長さん!」
と俺は言いながら無事クエストの受注に成功したわけだが、さらに不思議なことが起こる。
「な、なんだこれ……」
クエスト受注をした途端、俺のステータス画面にあるスキル欄のうちの一つ《愛の女神エーリルの加護》が光りだした。
いや、正確にはその説明欄に書かれていた伏字の部分が光り輝いていたのだ。
「どういう事だ?」
わからない。ただその光は妙な吸引力があり、俺の指は吸い込まれるようにその文を押した。
刹那。そこに現れたのは一つの電子メッセージだった。
《女神クエスト 災いの邪龍を討伐せよα》推奨レベル??
村を苦しめる悪しき龍を討伐し――
発生条件:不明
達成条件:開示不可
達成報酬:経験値〔1000〕
:アイテム《真実の指輪》
そこに、はい・いいえの選択画面はなかった。
代わりにあったのは、《P.S あなたの旅路を心より応援しています》という一文。
「……」
目の前の現象に、俺の理解が追い付いていなかった。