旅立ちには別れを添えて
《緊急クエスト 呪いの獣を救出せよ》 推奨レベル??
王城の地下に囚われた黒き獣は、果たして何故囚われ何を思っているのか。それらを調べ自体の真相を暴き、黒き獣を救出してください。
発生条件:黒き獣に出会う〔完了〕
達成条件:黒き獣を救出する〔完了〕
クエスト達成により、成功報酬である経験値とエクストラスキル《愛の女神エーリルの加護》を入手しました。
無事俺とペガサスが契約を交わすことに成功した瞬間に、クエスト達成の電子メッセージが届いた。これはつまり、エーリルの目から見てもこのペガサスを助けてあげられたという判定になったということだ。
俺は軽くガッツポーズをすると、入手したものに目を通す。
「まずは経験値1000ってどのくらいなんだ……。って、レベルが15もあがってるな。いくら序盤のレベルが上がりやすいとはいえ、このゲームにおける経験値1000はかなり多い量なのだろうか。まだここまで一度もモンスターを狩っていないから、いまいち相場が分からないが」
このゲーム『イルミス・アルテリア』には残念ながら能力ステータスがマスクデータになっているので、レベルが上がっても数値として強さを実感することは難しいが、代わりにレベルが5レベル上がるごとに表示された取得可能なスキルの中から一つを取得できる。
その取得欄に出現するスキルはこれまでのゲーム内での行動によって増えるので、例えばレベル5になるまで剣で戦い続ければ、取得可能欄は剣に関するスキルばかりとなるわけだ。
「さて、俺は15まで一気に上がったから3つのスキルを取得できるわけだが、何にしようか」
俺は取得可能スキル欄をじっくり眺める。これまでの経験といったら牢屋に入って脱出しただけだが、いったい何が取れるのだろうかと期待しながら物色すること5分。
俺はようやく3つを選んだ。
それはスキル《剣術》と《盾術》、そして《不屈》。剣術と盾術は文字通り剣と盾の扱いがうまくなるといったもの。不屈は致命的な一撃を戦闘中一度だけ耐えて、さらに一時的に身体能力を向上させるものだ。
この三つはおそらく衛兵との戦闘が理由でスキル候補に入っていたのだが、なぜもともと強さを重視していなかった俺が戦闘系スキルに全振りするのか。それはこれから先、あのペガサスを守ってあげられるようになりたいからだ。
もう二度と、あんな思いをさせたくない。そしてそのためには追手から守る戦闘力が必要だ、と判断したのだ。
スキルをとり終わって、次に俺はクエストで手に入ったもう一つのスキル《愛の女神エーリルの加護》を見る。
「いやクエストの成功報酬って、ここまで女神の裁量が大きいのかよ」
と驚きながら、その効果を確認する。このスキルの効果は職業別に分かれており、契約者用の内容は次のようになっている。
「えぇと……、契約したモンスターの永続的強化と絆の上昇度向上(中)か。まさにおあつらえ向きって感じだな。あと一つは伏字になっているけど、今は気にしなくていいか」
強化に関してはいまいち度合いが分からないが、絆の上昇度向上はありがたい。何せ、一刻も早く仲良くなりたい相手が目の前にいるからな。
俺は向き合ってペガサスのほうを見る。魔力吸収装置によってずっと苦しめられてきていた分、とても気持ちよさそうに寝ているのを起こせずにいたが、ペガサスはようやく起きたのか眠そうな目をこすった。
「改めて、これからよろしくな。ところで俺は君を何て呼べばいい?」
そう。今まで名前を聞くタイミングがなくてまだ聞けていなかったのだ。これからは共に過ごすのだから、名前は知っておきたい。
俺はそう思って聞いたが、ペガサスからは予想外の返答が飛んできた。
「……私に名前はありません」
瞬間、俺は察してしまった。このペガサスが愛を知らないという本当の意味を。
「黒いペガサスって、もしかして……」
「はい。突然変異で生まれる黒いペガサスは、仲間内に不幸を招くとされて生まれてすぐに群れを追い出されるのです」
何も言えなかった。要するに生まれてすぐに親に捨てられ、そのあと人間につかまり利用され続けたということだ。
怒りや悲しみがとめどなく押し寄せるが、当の本人が一番つらかったはずだ。
俺はもう何も考えずに抱きしめて撫でていた。それでこれまでの愛が取り戻されるわけではないが、でもそうしなきゃいけない気持ちになった。
「ち、ちょっと……」
流石にそろそろやめようと思い俺はそれをやめると、真剣な顔に戻ってペガサスに尋ねた。
「じゃあさ、俺が名前をつけていいか?」
このままだと何て呼んでいいかわからないし。
「……それでは、よろしくお願いします」
「そうだな。それじゃあ……と、その前に一応聞くけど、君は女の子だよね?」
「はい。性別としてはメスに分類されます」
言ってから少しデリカシーのない尋ね方だなと思ったが、本人はなんだかやけに機械的な答え方をしていて意に介していないようだ。
危なかった。現実ならセクハラで訴えられて、もしかしたら……いやこの話はやめよう。
「それじゃあビオラなんてどうだ? 綺麗な花の名前からとったが」
「ビオラ……いい名前ですね」
よかった。満足してもらえたようだ。名前を決めるのって緊張するなと思いながら、俺は改めてビオラのステータス画面を見る。
名前 ビオラ
レベル 48
種族 幻想種
スキル 《不特定転移》 《××》 《××》 ……
少し信用してくれたのかレベルは明かしてくれたが、まだ俺の知らないスキルを開示してくれることはないようだ。ここから少しずつ打ち解けていこう。
「さて。ビオラの件はとりあえずこれでひと段落ということで、次はミストたちだな」
俺はそう言って今度はミストのほうを向いた。ミストは俺の顔を見て、少し笑った。
「そんな固い顔をしなくてもよい。別にもう二度と我らは会えないというわけではないのだからな」
「やっぱり、契約を終了するのか?」
ミストと契約するにあたって、ミストたちが外に出られるまでという条件付きだった。そして俺たちは無事ビオラを助け出して地上に出た。
つまり、もう契約は終了なのだ。
「我らは総勢百名以上の大所帯だ。そなたたちの冒険についていくにはいかんせん数が多すぎるだろう。それに、この廃屋はとても居心地が良いからな」
「……そうだな。いつかいろんな場所を訪れてたくさんの冒険をしたら、またここに戻ってくる。そうしたらお土産話を夜通し聞かせてあげるから、楽しみにしていてな」
「うむ。それは楽しみだな」
別に永遠の別れではないのだ。また必ず会える。
「それじゃあ、契約を終了するぞ」
そう言うと、俺はミストとの間にあった契約を終了させた。しかし、これは破棄ではない。破棄は一方的に終了ボタンを押すとなるが、終了は俺とミストが同時に終了ボタンを押すことで完了する。
パーティからは外れてしまうが、ミストの表示名は通常の敵モンスターの赤ではなくパーティの時の表示である緑であり続けるのだ。
これによって、いつかまた会ってもすぐにお互い気づくことができる。
《契約終了 鼠族の長ミストとの契約が終了しました》
「それじゃあ、俺たちはそろそろいくよ」
「またいつかな、ライトとビオラよ」
そう言うとミストは俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で言葉を続けた。
「ビオラにたくさんの世界を見せてほしい。そして彼女を――」
あぁ、任せてくれ。と、俺は手を振りながら告げるとビオラと共に廃屋から出た。そこに広がるのは広大な山々や大自然。
俺たちの冒険は、ようやく幕を開けたようだ。
「さて、どこに行きたい? ビオラ。海か? 山か? それとも空か?」
「とりあえず、まずはその撫でる手を止めてから話しあいましょう」
スキンシップは今後控えようと、俺は心に誓った。
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「本当によく、よくぞ彼女を救出してくださいました……」
そこは世界を統べる天界。その中に、とてもAIとは思えないように感情をあらわにする女神が一人。
彼女の名はエーリル。八柱のうち愛を司るとされる女神だ。
「おそらく、彼女――ビオラと共に行動することでライトさんには様々な困難が待ち受けてるでしょう。もしかしたらこのゲームをやめてしまう日が来てしまうかもしれない。だからこそ私は、彼らが楽しい人生を送れるように全力でサポートしなければいけませんね」
群れの中でさえ周りに不幸を与えてしまうと思われている黒きペガサス。
なぜか王に関係するものだけに言い伝えられている黒き獣の呪い。そしてビオラにつけれていた魔力を吸収する装置とその使い道。
「まだ彼らには解いてもらわないといけない謎がたくさんあり、戦わなければいけない場面もたくさん出てくるでしょう。他の女神のさじ加減で、ライトさん対その他すべてのプレイヤーという構図すらできかねません」
数奇な運命をたどることになるであろう彼らに、自分はどれだけの援助ができるのだろうか。表立って行動はできない。
それでも何とかして彼らを助けよう。それは彼らのためであり、同時にこの世界のためでもある。
「どうか、この世界が愛に包まれますように」
彼女の祈りは、だれにも届くことなく彼方に消えていった。