呪いの獣を救出せよ 下
「俺はライト。君を助けに来た人間だから、安心してほしい」
あなたは何者ですか? と尋ねてきたペガサスに対して、怖がらせないようにできる限り優しい声色でそう言った。
しかし、ペガサスが警戒を解くことはなかった。
ペガサスに巻き付く機械によって体を蝕まれ辛そうにしているにもかかわらず、覇気を込めて俺をにらむ。
「次は、あなたが私を利用したいのですか」
「違う! 利用とかそんなんじゃなくてさ……」
言葉の途中で俺は気が付いた。いったい何に利用されていたのかは知らないが、このペガサスは今までずっと誰かの手で利用され続けてきたのだろう。恐らく、この装置もそれに関係しているはずだ。
ペガサスのことを思うと胸が張り裂けそうで、目がしらが熱くなる。
俺はもうすぐ魔術師が来ることも、早くここから出なければいけないことも忘れて、気が付けばこのペガサスを抱きしめていた。
「辛かっただろう。苦しかっただろう。君の体や心を見ればわかる。でも、もう大丈夫だ。絶対に俺が助け出してやるから」
「え……、えっと」
今まで誰にも愛されたことが無い。ということがその反応一つで分かってしまう。エーリルが言っていた愛を教えてあげてほしいというのは、こういうことだったのかと納得した。
俺は何も言わずにペガサスを撫で続ける。人間の目的のために搾取され続けたその姿は、ボロボロになったその姿は、救いたいという思いを高まらせていった。
「待っていてくれ、今この機械を外してやるから」
俺は全力でペガサスに絡みついている管みたいな機械を取り外す。
事態が急変したのはその瞬間だった。
「緊急警報 緊急警報です。純魔力供給装置に異常あり。直ちに修復に向かってください」
突如王城内を流れる警報が、俺たちのことを言っていると気づくのに数秒もいらなかった。これはまずい。記憶を削除しに来る魔術師を待たずして、この牢屋に衛兵が押し掛けてくるだろう。
「今すぐここから逃げないといけない。動けるか?」
俺がペガサスにそう尋ねるのと、地下牢の中に衛兵が入ってきたのは同じタイミングだった。緊急警報を聞いて駆け付けた衛兵は、俺たちのことを見て事態を察し、すぐさま襲い掛かってきた。
「くそっ、ここで負けたら全部終わりだ! でもおそらく衛兵のほうがはるかに格上。どうやってここから逃げればいいんだ……」
俺が必死に頭を働かして思考していく中、俺に向かって言葉を発したのはペガサスだった。
「……30秒間耐えてください」
俺の思いが届いたのか、それともまだ届いていないのかはわからない。ただこのペガサスは、ここから逃げようとして俺を頼ったのだ。
「あぁ。絶対に耐えてやるよ!」
体格差もレベル差も関係ない。あんな声で懇願されたら意地でも頑張るしかないだろう。
「勇者様――いえ、たった今からここであなたは犯罪者となりました。国家反逆罪の罪であなたを捕らえます」
衛兵は強く踏み込みを入れると、一気に俺との距離を詰める。
今の俺が持っているのは、初めから身に着けていた短い剣と木製の盾。対して相手は一式が鉄製の鎧の騎士。
条件は絶望的だが、そもそもこれは耐久戦だ。敵の攻撃を受け止め躱せばそれでいい。
俺は衛兵から振り下ろされた剣を木製の盾で受け止めてダメージを防ぐ――はずだった。
「ぐはっ……」
衛兵の剣による一閃は俺の持つ木製の盾を真っ二つにしたうえで、その力の余波が俺を壁まで吹き飛ばした。
しかし、そんな俺に対し容赦なく近づいて再び剣を振り下ろす。それを寸前で転がることによって何とかよけるが、衛兵は執拗に攻撃を加えようとする。
今回はよけられそうもない程に速い一閃。それが俺に当たりかけたその瞬間、剣の軌道がそれてほほをかすめる程度で終わった。
「いったい何が起こったんだ」
俺がちらっと衛兵の足元を上ると、そこには体をよじ登ろうとするネズミの姿があった。ミストたちがいなければここで死んでいたと思うと、彼らには感謝してもしきれないな。
「ちっ、鬱陶しいんだよ!」
衛兵はネズミに耐性があるのか嫌がる程度で終わる。さらに何かの魔術か、全身から強風を外側に吹かせて、ネズミをすべて体から引きはがした。
そして怒りをあらわにしたまま、衛兵は俺に照準を定めて斬撃を飛ばす。俺はそれを剣を使って受け止めようとするが、当然その威力を抑えきれずに斬撃は体を貫いた。
「ク、ソっ……」
あと少しだったのに。このままだと今までのすべてが水の泡だ。そして、あのペガサスは再び終わりの見えない地獄に戻ることになる。
「それだけは……絶対にダメだ!」
今にも倒れそうな体で、意識を失いそうな状態で。それでもまだ倒れるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
「絶対に……守るんだ!」
俺は震える声を張り上げながら、ペガサスに近づく衛兵との間に割って入る。
「ちっ。往生際が悪いですね」
衛兵をにらみつける俺に対し、衛兵は余裕の表情を浮かべる。それはここにある絶対的なレベル差によるものだろう。
その余裕が失敗だったと衛兵が察した時には、すでに手遅れだった。彼は余裕ぶらずにすぐにライトを殺してペガサスに機械――魔力吸収兼魔法拘束装置を付けなければならなかったのだ。
「対象設定――完了。魔力充填――完了。不確定転移を起動します」
ペガサスが発したその言葉とともに俺とペガサス、そしてミストたちネズミ軍団はまばゆい光を放つ。その次の瞬間、衛兵の目に移ったのはもぬけの殻となった地下牢だった。
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「助かったのか……」
まばゆい光に包まれたかと思ったその直後、俺の視界に映ったのはさっきまでいた牢屋とは別の風景だった。
今にも崩れそうなボロボロの壁に、いまから何十年も前に使われていたのかと思わせる棚や机には、蜘蛛の巣が張ってある。踏んでいる床はミシミシと音を立てており、天井には少し穴が開いている。
「ここはおそらく廃屋だな」
まばゆい光に包まれる直前に、ペガサスがランダムワープと口にしていたことから察するに、おそらくあの30秒間は転移までの必要時間でありここはその転移先なのだろう。
「とりあえず、まずはみんなの無事を確認しないとな」
そう思ってあたりを見渡すと、すぐ近くにミスト率いるネズミの群れがいた。どうやら俺と共に無事転移できたようだ。
「ミスト、さっきは助けてくれてありがとう」
「我らが好きでやったことだ。感謝されるいわれはない。それに――」
「それに?」
「我らもあのペガサスを助けてやりたかったのだ。もとより最大限手を貸そうと決めていた」
そうか。言われてみればミストたちは、あの牢屋の中でずっと苦しんでいる姿を見続けてきたのだ。
だからこそやけに献身的に俺を支えてくれたのか。
「さて、じゃああのペガサスを探すか」
俺はミストたちと共に廃屋の中で探した。そしてすぐに発見することはできたが、その様子が明らかにおかしい。
「大丈夫か!」
俺はすぐさまペガサスに駆け寄る。ペガサスは俺に気が付くと弱弱しい声で返答した。
「安心してください。ただの魔力不足……です。わたしのような幻想種を含めたモンスターは魔力こそが生命力の源ですから」
安心してください、とは言いながらもその姿は弱っていてとても安心できるような状態ではない。しかし、だからといって俺に何ができるわけでもない。
無力な自分に唇をかみつつ、ペガサスが落ち着くまで話すのをやめた。
廃屋の中に静寂が戻る。誰もしゃべることなく、ゆっくりと時だけが過ぎていく。それからしばらく経って、転移で消費した魔力分が回復した頃合いで、ペガサスは話始めた。
「助けていただいて、ありがとうございました」
最大限の感謝を表しているが、その顔はまだこわばっている。おそらく助けるふりをして利用してくる輩がたくさんいたのだろう。
完全に心を開いてはいないが、少し前進したことに喜びを覚えながら俺は言葉を返す。
「君を助けられて本当によかった」
俺は本心で言葉を口にする。隣を見るとミストもそう思っていたのか、小さな頭をうんうんと縦に振っている。
ただ、問題はここからだ。
まずここがどこかもわからなければ、俺がどの程度のことをしでかしたのか未だにわかっていない。
それに、このペガサスと俺はどうするのが正解なのだろうか。
俺としてはこれからもこのペガサスを捕まえてこようとする人から守るため、そして何よりも愛を知ってもらいたいから一緒にいたいのだが、それを本当に望んでいるのかがわからない。
そう思って俺が悩んでいたが、この傷だらけのペガサスを見ているといてもたってもいられなくなった。俺はペガサスのほうを向いて、真剣な面持ちを浮かべる。
「なぁ、俺と契約しないか?」
俺がそういうと、ペガサスは残念そうな表情を浮かべた。
「やはり、あなたも今までの人間と同じだったので――」
「違う!」
俺はその言葉を全力で否定して、真剣にペガサスを見つめる。
「俺は君に近づくすべての敵から守る。そして、君を心から愛する。ただその代わり君に一つお願いしたいしたいことがあるんだ」
「私の魔力を提供することですか?」
どこまでも疑い深いペガサスに対して、俺は静かに首を横に振った。
「俺の、友達になってくれないか?」
俺の告白は静かな廃屋の中に響いた。ペガサスは信じられないといった表情を浮かべたが、じっくりと悩んだ末に一つの結論を出した。
「……まずは、知り合いからよろしくお願いします」
少し恥ずかしそうに、ペガサスはうつむいた。
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