いつかまた会うその日まで
「助かった……」
そこは魔王城の最上階。たくさんの悪魔たちが避難していたその場所に、俺たちは電力タンクを破壊した直後に転移できたのだ。
周りの悪魔たちは、電力タンクが破壊されたことによって装置が停止し苦しくなくなったらしい。
これでようやく一安心だと思いながら周りを見渡すと、ここにいるはずの魔王がいないことに気が付いた。ここから悪魔たちを全員一斉に転移させるには一度ビオラを回復させてあげる必要があるので、そのクールタイムの間に俺は魔王を探す。
そしてこの部屋の巨大な門が開いていることに気が付き、俺は部屋の外を覗くと――そこには返り血を浴びた魔王の姿があった。
「……すべて、終わったのだな。何よりだ」
「あぁ。それに、魔王様もありがとうな」
よく見ると、魔王の周りにはたくさんの衛兵が転がっていた。つまり、ここまで来た衛兵たちを魔王が返り討ちにしていたということだろう。
これも悪の女神カンナが想定してダンジョンに組み込んでいたプログラムのうちの一つに違いない。まったく彼女の先見の明には驚かされてばかりだ。
「ライトさん、転移準備が完了しましたので部屋の中に来てください」
魔王と談笑しているとビオラがそう言ってきた。俺は魔王に「ありがとう」とだけ告げて別れた。ダンジョンモンスターはダンジョンから出ることができない。
だから、魔王とはここでお別れなのだ。
「ここにたどり着いたのが、お主らで良かった」
魔王はそう言って去ってしまった。俺は一礼すると部屋の中に戻っていく。中に入るとゲイルが遅いぜとでも言いたげな顔で見てくる。
俺は肩をすくめると、全員の無事を確認してビオラに魔術行使を頼んだ。彼女は静かに頷くと、ゆっくりと口を開く。
『対象設定――完了。魔力充填――完了。不確定転移を起動します』
刹那、眩い光があたりを包み込む。その光はどこか懐かしささえ感じた。
●●●
暖かい日差しが俺たちを照らし、爽やかな風が吹く心地よい草原に俺たちは転移した。どこまでも澄み渡る真っ青な空を見て、周り中から歓声が聞こえる。
「本当にありがとう!」
「この景色を……どれだけ待ち望んでいたことか」
「太陽って大きいんだね!」
そうか。思えば悪魔たちは一度も外に出たことが無いんだった。だからこそ、この景色は新鮮でどこまでも待ち望んでいたものだったのだな。
喜ぶ悪魔たちの中には、俺が魔界に初めて行った日に話しかけてきた子供の悪魔もいた。その子は、気持ちよさそうに草原に寝転びながら、太陽の光を一身に浴びている。
悪魔が気持ちよさそうに太陽に浴びている光景は少しイメージと違うかもしれないが、この幸せそうな姿を見たら些細な事でしかない。
隣にいるビオラはさすがに魔力を使いすぎたのか、横になって眠っていた。俺はそんな彼女を撫でながら独り言をつぶやいた。
「いつも負担をかけて、ごめんな……」
何処まで行っても、俺だけでは出来ることに限りがある。そのため救いたい何かがあった時に、どうしてもビオラに頼ってしまっているのだ。本当は、俺がビオラに頼られるほど強ければいいのに……と唇を噛む。
そんな俺に対して、ビオラは少し意識があったのか言葉を返してくれた。
「私の方こそライトさんにいつも助けられていますので、お互い様ですね……」
あぁ、なんて優しい子なのだと。
俺はそう思わざるを得なかった。彼女の幸せのためならばなんだってできるだろうと、この瞬間確信したのだった。
俺はしばらく彼女を撫で続けるとその場を離れ、近くの悪魔たちと交流を始めた。どうやら、これから先は王国に見つからないようにひっそりと森の中に住むらしい。
新しい家の構想や未知の食べ物への期待などを考えており、開放的になった世界で悪魔たちの顔は春の空のように晴れていた。
そんな悪魔たちの集団とも別れ、俺はあたりをぶらついていると見覚えのある二人の会話が聞こえてきた。
「これが……外の世界なのじゃな。いい場所ではないか」
初老を迎えていそうな悪魔は、そうしみじみと言葉を紡ぐ。そんな悪魔を見て、満足そうに笑っている悪魔――ゲイルがいた。
「……いいもんだろ。開放的って言うかさ」
「そうじゃのぉ。終わりが見えずに苦しみ続けたあの日々の中で、なんどこの景色を見ることを夢見てきたか」
そうか。あの結界が壊れたことで、ここにいる悪魔たちは記憶が戻っている。つまり、魔力を吸い取られ続け死んだような眼をして生きてきた時間さえも、思い出してしまっているのだ。
「ゲイルよ」
老いた悪魔は、ゆっくりと話しかける。
「なんだよ、爺ちゃん」
「お主は世界を旅するのが好きであろう?」
「まぁな」
「ならば、あの人間たちについていくのはどうじゃ?」
「……はぁ? いや、まぁ確かにあいつらは恩人だけどよ。そもそもオレとあいつらはお互いの利害の一致で契約しただけって言うか……」
ゲイルは口でそんなことを言いながらも、ある一人の女神のことを思い出していた。
「……まぁ、あいつとも初めはこんな関係だったっけ」
あなたを助けてあげるから、自分を助けろ。そんな契約から始まった関係に、過去が重なる。
「優しいお主のことだから、ここに残って一緒に街の再建をするなんて言い出すじゃろうな。でも、お主が一番したいことをすることこそが、一番大切なんじゃよ」
「オレは……」
一番したいこと、それは――。
「ほれ、そこに丁度いるではないか。ゲイル。お前さんの思いを伝えてくるんじゃ」
そう言って、初老の悪魔はライトを指さす。ゲイルは、覚悟を決めると一度深呼吸してから近づいていく。
そしてゲイルはライトの目の前まで行き、ゆっくりと口を開いた。
「オレはお前さんたちの命を助けたんだぜ? 魔界のみんなを助けてもらったくらいじゃあ、少し足りないと思わないか?」
「そ、そうか⁈ ……なら、ゲイルは何を求めるんだ?」
「オレを……」
言葉がのどに引っかかってうまく言えない。変な気恥しさが、ゲイルの心の中にはあった。
しかし、どうしても叶えたい夢があった。
もう一度会いたい――相手がいた。
故に、ゲイルは一歩前に踏み出す。
「オレをいつか天界へ連れていけ。仕方ないから、それまでの旅路は付き合ってやるよ」
「あぁ、分かった。それじゃあ契約更新だ。これから先もよろしくな、ゲイル!」
「……ま、よろしく」
そう言ってゲイルとライトは握手を交わした。ゲイルは少し、そっぽを向きながら。
●●●
「ふふ、早く来てよね。楽しみにしているんだから」
そこは女神の住まう世界――『天界』。そこで、地上での光景を見ている女神が一人。彼女の名は悪の女神カンナ。悪をつかさどる女神だった。
しかし、いま彼女が浮かべている表情を見て、彼女を悪の女神だと言う者はいないだろう。ほんの少し涙を流しながら、きれいな笑顔を見せていた。
「カンナですか。珍しく地上を見ていますが、いったい何を――ってライトさん⁈ いったいどうしてカンナがライトさんを見ているのですか?」
「別に、あのプレイヤーのことなんて見てないわよ。確か、あなたのお気に入りの子だったっけ?」
カンナに話しかけるのは、愛の女神エーリル。エーリルは一度咳ばらいをするとそれに答えた。
「いえ、お気に入りというよりは……恩人ですかね。それより、だったらカンナは何を見ているのですか?」
そう言うと、カンナは珍しく少し恥ずかしそうな表情を浮かべて、空を見上げた。
「……大切な、友達よ」
カンナはしみじみとそう答える。エーリルはその雰囲気に自分の感情と似た思いを感じ取ると、一緒に空を見上げて言葉を紡いだ。
「地上にいる者たちを、私たち女神は陰ながら支えて応援することしかできません。それが、たまにもどかしく思ってしまいますよね……」
「……めずらしく、気が合うじゃない」
二人の女神はそう言いながら、互いに大切な相手を思いやる。その思いが、相手に届くことはないと知っていながら。
ご愛読ありがとうございました。
この物語は、ここで完結となります。また次作でお会いできたら嬉しいです。