その先に待ち構える者
「そういう……ことだったのか」
俺はゲイルと悪の女神カンナの物語、そしてそれに伴う魔界誕生の話を聞いてようやく現在の状況を理解した。
要するに、ここは王城の地下深くに昔建てられた実験施設。恐らくかつてビオラが捕らえられていた地下牢よりもさらに下だ。
そして悪魔たちとビオラを苦しめているのは、天井につけられた魔力を吸収する巨大な装置。
唯一ゲイルだけがあまり影響を受けていないその理由は――。
「悪の女神カンナの加護、その効果は確か『不変の生命力を維持する』だったか」
「……あぁ、その通りだ。カンナのやつ、オレがいつかこうすることを見越したうえでこの能力をくれたんだな」
ビオラが言う話によると、モンスターの生命力はそれすなわち魔力。だから、ゲイルは今平然と立っていられるのだろう。
最初に少し苦しんでいたのは、結界が破壊されたことで記憶の封印が解かれたことによるものだと思われる。
「ただ、俺たちは一体何をすればいいんだ……」
確かに状況は分かった。しかし、ここから抜け出すための方法が分からない。ゲイルの話によれば、ここから外へ転移できるのは《完全転移》をもつゲイルただ一人のようだし。
俺がそう悩んでいた瞬間、一通の電子メッセージが届いた。
《緊急クエスト 囚われた悪魔を救出せよ に情報が追加されました》
俺はすぐにその情報を確かめる。そこには、一枚のマップがあった。それは、王城最下層であるこの場所から王城内の電力を供給している電力タンクまでのルート。
「なるほどな」
要するにここに行って電力を止めて装置を停止させ、その瞬間に《転移》を使って脱出すればいいというわけか。
今は装置が作動しているせいで外に転移できないからこそ、という作戦だな。
「それにしても、女神がこのマップを送るのはかなり違反ギリギリに近い気もするが……」
緊急クエストは、女神がこの世界に干渉したいときにプレイヤーに与えるもの。ビオラを助けた時のクエストが愛の女神エーリルの出したものだったのに対し、今回のクエストを出した女神は……。
「そんなの一人しかいないか」
俺はそう言った後に、ゲイルに得た情報を話して作戦を練る。と言っても、ここから電力タンクまで強行突破するのみだが。
話がまとまると俺は一度深く息を吐いてから、結界が裂けてむき出しとなった天井を睨みつけて叫ぶ。
「行くぞ、ゲイル!」
「あいよぉ!」
俺の言葉に合わせて、ゲイルが結界の割れ目をめがけて飛翔する。俺はそんなゲイルの足につかまった。
少し不格好な姿だが緊急事態なのだから仕方がない。俺とゲイルはゆっくりと上昇すると割れ目を抜けて上の階へたどり着き着地した。
新たなマップによればここは地下4階のようで、地下2階に目的地である電力タンクがあるらしい。そこまでの道のりはマップによってわかるのだが、当然そこまでの道のりを阻むものが出ないはずもなく。
「また会いましたね。今度こそあなたを捕まえます。それが、国王様の望んでいることなのですから」
三階へと上がる階段の目の前で、オレの目の前に現れたのは一人の衛兵。俺はその衛兵に見覚えがあった。
「あの時のやつか……」
目の前にいる衛兵、それはビオラを助けようとしたときに襲ってきた衛兵だった。
「あの時はあと一歩のところで逃げられてしまったのでね、国王様も怒り狂っておられました。ですので今回は容赦しません」
衛兵はそう言うと静かに剣を構えた。
しかし、俺も前とは違う。いろんな敵と戦って強くなったのだ。そして、今もなお苦しんでいて救いたい相手がいる。
「負けるわけにはいかないんだよ!」
純白に輝く剣を構え、俺は向かってくる衛兵と視線を交える。一瞬の静寂が世界を支配したと思うと、次に聞こえるは激しく金属がぶつかる音。
以前のように一方的に攻撃され続けるわけではなく、押されながらもしっかりと剣でガードしながら打ち合っていた。
そして、俺が押し負けている分をゲイルがカバーしていく。
「おいおい、一対一の勝負じゃないんだぜ!」
存在感を見せつけるように、ゲイルは衛兵の背後から火炎の球を放つ。しかし、衛兵はそれをすべて正確に斬り落としていった。
「さすがに強いか……」
そもそもこの地下の存在を知っている時点で、衛兵の中でもおそらく上位であるはずだ。ならば苦戦するのも当然と言える。
「あなた、見違えるほど強くなりましたね。この短期間に、いったいどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか……」
「そいつはどうも!」
衛兵としては、少しでも戦いを長引かせて増援を呼びたいのだろうが、そんなことをされてはたまったものじゃない。
俺はすぐさま剣を構えなおして衛兵に向かって行く。
「確かにあなたは強くなりました。ですが、私に勝つにはあと十年ほど必要ですよ」
衛兵は冷静にそう言いながら俺の攻撃をすべて受け流していった。あまりの綺麗な防御に思わず舌打ちしながら、俺は突破口を探す。
「……このままじゃジリ貧だ。どうすればいいのか、考えろ俺」
俺たちにあって、衛兵にはないアドバンテージ。それは……。
脳細胞を極限まで活性化させる。その末に、俺は一つの作戦を思いついた。
ゲイルを呼び寄せてささっと作戦を伝える。ゲイルはそれに対して頷いてくれた。
「行くぞ衛兵、覚悟しろ!」
俺はそう言うと今度は剣の斬撃を飛ばしていく。《剣術》のスキルを手に入れた時から使えたのだが、いかんせん威力が低いので使ってこなかったのだ。
「そんな弱い攻撃では私には効きませんよ……と、これは私の足を狙った攻撃ですか。おおかた、足を狙えば防御しずらいうえに当たれば機動力をそげると思ったのでしょうが……ぬるい!」
衛兵はそう言って、俺よりも強い斬撃をぶつける。二つは床すれすれで衝突し、激しい振動が伝わった。
しかし、それに怯みもせず俺は衛兵の足元へ執拗に斬撃を飛ばし続ける。ゲイルも火炎の球を足元へ投げ続けた。
それを衛兵は苛立ちながらそれでも丁寧にすべて破壊していく。何度も何度も振動が伝わり、いよいよ衛兵の苛立ちも限界に達していそうなところで、俺は作戦決行の合図をした。
「行くぞゲイル!」
「あぁ!」
掛け声を合わせ、俺とゲイルは特大の一撃を叩きこむ。しかしその先は衛兵ではなく――床だった。
瞬間、無限に衝撃波を与えられ続けた床は瓦解する。それはつまり、俺たちの身が宙に投げ出され真っ逆さまに落ちていくことを意味する。
本来であれば、下の階に落ちるだけで済む。しかし、この下にあるのは……。
「と、止まらない……ッ!」
衛兵の叫び声が下の空間へと響き渡る。地下四階の下にあるのは地下五階ではなく、悪魔たちが住んでいた魔界だった。
結界が壊れ空洞と化したその空間に、落ちていく衛兵を受け止めてくれるものは何もなかった。
俺はゲイルに助けてもらうと、衛兵が気を失ったタイミングでついでに彼も拾ってあげた。この人とは敵同士だが、こんな死に方をされると寝覚めが悪いからな。
「助かったよ、ゲイル」
「礼はいらねぇよ。そもそもお前さんが考えた作戦だ。それよりも急ぐぞ。今もなお、俺の家族やお前の大切なパートナーは苦しんでいるんだ」
「……あぁ、そうだな」
そう言って衛兵を適当なところに置くと、俺たちは再び電力タンクへ向かって行った。その道中にも何度か衛兵や警備ロボットが襲い掛かってきたが、あの衛兵ほど強くなかったため何とか退けていく。
そして、俺たちは遂に電力タンクへたどり着いた。
「……奥に何が待ち構えているかわからない。慎重に行くぞ」
「あぁ」
俺とゲイルは息を落ち着けてから電力タンクの扉を開いた。瞬間、見覚えのある一人の男が姿を現す。
「そなたらを待っておったぞ。我が名は――」
体が硬直する。うまく息ができない。これを絶体絶命と呼ばずして何というのか。
「アルティエーヌ23世。この国の王である」