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悪魔の契約

「……つまんないの」


 それが悪の女神カンナの口癖だった。悪の女神である自分の仕事は、生きるものに悪なる心を植え付けること。

 しかし、当然その仕事は褒められるものではない。むしろ、仕事をあまりしないほうが褒められたりするのだ。


 結果として、カンナは何もすることが無くなって退屈な毎日を過ごしていた。

 そんな時だった。天界から一匹の悪魔が見えたのは。


「何だろう、あれ」


 すさまじい速度で世界中を飛び回っている一匹の悪魔に、カンナは興味がわいた。つまり、最初はただの暇つぶしだったのだ。


 ――暇つぶしだったはずなのに。


「……何よ、この子」


 その悪魔の名はゲイルというらしく、彼は信じられないぐらい酷い境遇にいたようだった。彼の発する言葉一言一言が興味を引き付ける。


 話を聞き終わると、カンナの心の中にとある感情が生まれた。それは、悪の女神にもっともふさわしくない感情。

 ゲイルのことを助けたいと思って、彼なら自分を退屈な世界から解き放ってくれるんじゃないかと信じて。


 だから、カンナは提案したのだ。「私と契約する気はない?」と。



●●●



 ゲイルは契約を誘われるや否や、すぐさま縦にその首を振った。彼女を楽しませられる自信はこれっぽっちもないが、みんなを救ってくれるというならどんなことでもやるつもりだ。


「あぁ、わかった。その契約を結ぼう」


 ゲイルが真剣なまなざしでそう宣言した瞬間、カンナはニカッと笑った。


「契約成立ね。それじゃあ……先に私から力を貸してあげる」


 刹那、あたり一面を埋め尽くすほどの巨大な魔方陣が姿を現す。木々がざわめき近くにいたモンスターは散り散りになって逃げだしていく。


「いったい何が……」


 ゲイルがあまりの出来事にそんな言葉を漏らす中、カンナは静かに目を瞑って言葉を紡ぐ。


「座標特定――調整(セットアップ)。法則変換――順応(アダプト)。矛盾除去――完了。被害想定――計測。反動計算――確認」


「……おい」


 その問いかけに、カンナは答えない。魔法陣はどんどん巨大化していき、幾重にも重なっていく。


 そんな中で、カンナは言い放った。


「全行程――完了(クリア)。女神特権を使用して、天地創造(ワールドクリエイト)を発動」


 一瞬の出来事だった。光が集約したと思えばすぐに霧散していく。ゲイルの目には、何が起こったのか全く分からなかった。


 きょとんとしているゲイルに対し、カンナは笑いかけた。


「行くわよ、あなたが生まれた場所へ」


 とりあえず頷いて、カンナを連れてあの場所に転移する。そんなゲイルの目に映ったのは――。


「な、なんじゃこりゃ!」


 そこはかつての地獄とはかけ離れた世界だった。むき出しの機械が見えていた天井は暗闇が覆っていて、何もなかったはずの地面にはたくさんの建物が立っている。まるで、人間の街のように。


 そして、今までと一番違う点。それは悪魔のみんなの顔が明るい点だった。


「えぇ……」


 驚きのあまり声も出ない。それをカンナが見ると、にこにこと笑った。


「いい表情するわね。写真に収めたいくらいよ。……と、まぁ冗談はこれくらいにしようかしら」


 カンナはそう言って一度咳ばらいをすると、まじめな顔で答えた。


「女神にもいろいろあってね。制約をかいくぐって何とかした結果がこの防御結界よ。不可視の壁と漆黒の天井に囲まれたこの中にいる限りは、あの装置に生気――魔力を吸われることはないわ」


「そう……なのか」


「えぇそうよ。あ、ちなみにこの結界がある限り苦しんでいた過去の記憶は思い出せないようになっているから。ゲイルも、私が満足して別れた後は……記憶を消すわ。つらい記憶なんて、ないほうがいいからね」


 まるで悪の女神らしからぬ言動だが、その配慮はとてもありがたい。そのおかげでみんなの顔に光が生まれているのだから。


「ただ、もしどうしてもこの狭い世界から出たいと思った時のために、最後の手段を残しておくわ。あそこに見える城の最上階にあるスイッチを押せば、この結界は壊れるようになってるの。もちろん、軽はずみに押せるようにはしないけれどね」


「いや、あの結界を壊すなんてことするわけないだろ。待っているのは地獄だ」


「そうかしら? 同じ世界にい続けると、だれしも外を渇望するものよ」


 そう言ってカンナはウインクをする。ゲイルは、そんなカンナに精いっぱいの感謝を伝えた。


「本当にありがとう。オレ達を助けてくれて」


 ゲイルはまっすぐ見つめてそう伝える。その思いは、カンナの心を動かした。


「……別にいいのよ。それじゃあ、そろそろこの魔界から出るわよ。つぎはあなたが頑張る番よ、ゲイル!」


「あぁ、そうだな。……って、魔界? なんだその単語」


「ここの新しい名前よ! 悪()を守る結()。略して魔界ね」


「……ネーミングセンスはないんだな」


「うるさいわね! さぁ、早く転移しなさい!」

 

 カンナが少し笑いながら睨んでくる。ゲイルは肩をすくめて転移を試みる――が、その直前思い出してしまった。


「ちょっと、何しているのよ?」


 カンナが不思議そうな顔で眺めてくる。それに対して、ゲイルは正直に答えた。


「そういえば、この場所は中から一緒に出ようとしても《完全転移》を持っているオレ以外出られないんだ。試しに他の奴らと一緒に転移しようとして失敗したんだった」


 ゲイルがそう言うと、カンナはどこか納得した顔で口を開く。


「なるほどね。王国の技術力も相変わらず底が知れないわ。ほとんど穴のない鳥かごを作れるなんて」


 少し怖い雰囲気でカンナはそう言ったが、次の瞬間には明るいいつもの表情に戻っていた。


「それじゃあ私は別の方法で帰るから、さっきの場所で合流するわよ!」


 次の瞬間にはカンナはいなくなっており、ゲイルは魔界に取り残されていた。以前とは真反対の活気にあふれたこの場所と悪魔たち。


「本当に……よかった」


 誰もがつらい過去を忘れ、明るい表情で生きている。こんなに素晴らしいことがあるのだろうか、とゲイルは心の底から思った。


「さて、それじゃあオレもそろそろ行くか」


 ゲイルの言葉は真っ黒に染まった天井へと消えていった。



●●●



 初めてカンナと出会ってからどれほどの年月が経っただろうか。軽く十年は経っているだろう。

 世界のいろんなところを回った。

 雄大な自然も、見たこともないような生き物もたくさん見れた。どこまでも続く真っ青な海も、雲すら突き抜けるほど高い山にも行った。


 もちろん大変なこともあったし、辛い時もあったけれど。

 それでも、カンナと過ごした時間はゲイルにとって楽しかった、と言い切れるものだった。


「本当にこれで終わりっていうのかよ、カンナ……」


「……えぇ、そうよゲイル。残念だけれど、ついにこの世界が本来の役割を果たす時が来て、私の仕事も忙しくなるのよ」


「本来の役割?」


「これから、この世界に勇者と呼ばれるたくさんの来訪者がやってくるわ。私は他の女神と一緒にそれを管理しなくちゃならないのよ」


 沈みかけた夕日があたりを橙色に照らす。心地よい風の吹く海岸沿いで、カンナはゲイルに別れを告げていた。


「……オレとの旅、満足してくれたか? 退屈しなかったか?」


 始まりはただの契約関係だった。望みをかなえてもらったお礼として、彼女を楽しませる。ただそれだけの関係だったはずなのに、ゲイルは今確かに別れたくないと思っていた。


 カンナは、泣きそうになっているゲイルをぎゅっと抱きしめる。


「えぇ。とても楽しかったわ。少なくとも、今まで生きてきて一番と言えるくらいにはね」


「……そうかよ。そりゃあよかった」


 プイと顔を背けるゲイルにカンナはクスリと笑うと、急に真剣な顔をした。


「私、今からこの世界に逆らってみようと思う。多分、私がこの世界に干渉できる最後のチャンスだから」


 そう言った刹那、ゲイルの目の前に謎の電子メッセージが浮かび上がった。


《スキル『世界停止(ワールドエンド)』と『悪の女神カンナの加護』を手に入れました》


「あーあ、野良のモンスターに加護スキルを授与するなんて、運営に怒られるんだろうな~」


 ゲイルには何のことを言っているのかさっぱりわからなかったが、危険を冒してまで自分にこれをくれたことだけは分かった。


「ゲイル、私はあなたにただ生きていてほしい。でもいつの日か、あなたは狭い魔界から仲間の悪魔たちを解放しようするかもしれないわ。なんてったって、あなたは優しいからね。その時にきっと、その二つのスキルは役に立つはずよ」


「……え、おい! もう行っちまうのかよ、カンナ!」


「これで契約終了ね。あなたとの旅は楽しかったわよ、ゲイル」


 カンナの言葉にゲイルは何も返せなかった。カンナはウインクをして、そのまま消えていった。瞬間、ゲイルの視界が黒く染まる。


 次に目を覚ました時、ゲイルはすべてを忘れて魔界に佇んでいた。

次回からは主人公視点に戻ります。

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